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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第二話 招かざる来訪者

「……アンナ様。オリアンナ様……、オーリン様、お起きになって下さい! 大変です、オーリン様っ」


 侍女ミアの声が甲高く耳に障り、僕は重い目蓋を上げた。ぼーっとした頭に、いつもの天幕内の景色とミアの姿が見えた。無理やり起こされて、気分が良くない。昨夜はセルジン王と共に過ごした。それを思い出した瞬間に、はっきり目が覚め、僕は飛び起きる。あまり、王との記憶がなかったのだ。


 寝てしまったのか?

 陛下といたのに?

 そんな大切な事、覚えてないのはおかしい!


 周りを見回して、王の姿を探す。王の痕跡は、何処にもない。身体に残る抱きしめられた感触だけが、胸を締めつけた。


「陛下は?」

「外においでです。それよりも、早くお支度を! 竜が天幕の前にいるのです」

「竜?」


 戦衣の下に着る衣服のまま寝ていると思っていたが、起き上がってみるとレースの施された綺麗な絹の肌着一枚の姿に気付き、僕は狼狽えて真っ赤になる。


「……ミア。陛下は昨日、お泊りになられたのか?」

「いいえ、オリアンナ様。陛下は姫君のお身体を気遣われて、お眠りになるよう仕向けられたのです。身支度は私が致しました」

「……そう」


 安心したのか、残念なのか……、ミアから差し出された服に着替えながら、どことなくがっかりした。王はどこまでも大人で、僕は彼に翻弄される子供、その構図はきっといつまでも変わらない。溜息を吐いていると、ミアが僕の首にストールをかける。


「え、どうして? 暑苦しいよ」

「首筋に(あと)が付いております。おかけになった方が、よろしいですわ」


 ミアはにっこり笑って言った。


「痕って?」

「決まっております、くちづけの痕ですわ。陛下がお付けになられた」

「くちづけの、痕ぉ……」


 僕は頭が真っ白になり、恥ずかしさに全身真っ赤になって固まった。ミアの成すまま暑苦しいストールを首に巻き、半分人形のように意識の固まったまま、入り口までミアに誘導された。天幕の入口の幕が上げられ、目の前に見えたのは固い(うろこ)


「竜だ! どうして?」


 僕が驚きの声を発した途端、その鱗の塊が動き始め、左上空の位置から凶暴な竜の頭が現れた。細い金属的な甘えるような声を出し、顔を僕に近づけようとした時、低い大きな怒声がした。


[イリ! 動くなと言ったはずだ!]


 聞き覚えのあるその声とアルマレーク語に、僕は嫌な予感を覚える。メイダール大学街を出る時に別れて、もう会う事はないと思っていた男。


 テオフィルス・ルーザ・アルレイド!


 七竜が定めたと父エドウィンが言っていた、僕のアルマレーク共和国での婚約者だ。


 どうして?

 せっかく陛下の名前を呼ぶ事が許されたのに……、あの男がいる限り呼べないじゃないか!


 泣きたくなってきた。父と僕、そしてレクーマの竜の指輪を探しているアルマレーク人には、オリアンナは死んだ事になっている。彼等の前で、またオーリン王子として存在しなければならないのだ。


 テオフィルスは、僕がオリアンナ姫である事を知っているはず。僕の女装姿での偽名エアリス姫へ、「愛のハンカチ」を渡すよう預けてきた。その事をセルジン王に知られれば、大変な事になる。絶対に、一つの隙も見せられない。


 僕の顔は引き締まり、オーリン王子としての意識に自然と変わった


「ミア、アルマレーク人は何時(いつ)からいた?」

「判りませんが、朝には天幕の前に、これが……」


 そう言って、竜イリを指差す。テオフィルスの命令に不満そうなイリは、その細い瞳孔を僕に向け、長い舌をチロチロ見せている。僕に触れてほしそうだ。


「オーリン! お前には竜騎士の装備一式を渡してある、それを身に着けろ!」


 まだお互い姿を見た訳ではないのに、命令口調の彼にムッとしながら、僕は天幕を出てイリの横を通り過ぎる。ところがイリが顔を動かし、僕に触れようとする。


[イリ! 命令が聞けないのかっ!]


 テオフィルスの怒鳴り声が、事態の緊迫度合いを高めた。僕のすぐ目の前に、イリの顔がある。


「イリ、久しぶりだね」


 僕は微笑みながら竜に手を伸ばすが、その手は急ぎ駆け付けたテオフィルスによって掴まれた。僕を守る護衛達とモラスの騎士達が、彼を引き離そうとしたが、イリが威嚇したため怯む。彼は僕の手を右手で掴み、もう片方の左手をイリに向けて突き出した。その左手の中指には、リンクルの指輪がはまっている。


[イリ、俺の命令が聞けないなら、七竜リンクルを呼び出すぞ! いいのか?]


 竜イリは怯み、蜷局を巻いた身体の中に頭を埋めた。僕は意味が解らず、彼に食ってかかる。


「何だよ、それ! イリが、怖がっているじゃないか!!」

「怖がって、当然だ! 竜騎士の命令が聞けなくなった竜は、七竜によって排除される。それはアルマレーク共和国の、徹底された法律だ。そうでないと、竜によって国が滅ぶ!」


 僕はハッとした。竜によって滅ぼされた(いにしえ)のエステラーン王国、ベイゼルの《王族》最後の王マルシオンの言葉が脳裏をよぎる。


 《私は〈ありえざる者達〉の意志により、水晶玉の〈管理者〉としてこの世から水晶玉が消え去る日まで、永遠に生きる事を受け入れた。山系の竜の牙を抜く事を、条件にだ》


 僕は茫然とする。


 その結果が、今のアルマレーク共和国だ。

 山系の竜は、七竜によって完全に支配されているんだ。


 テオフィルスは僕を振り返り、憤りをぶつけるように言い放つ。


「イリがこうなったのは、お前のせいだ! お前がイリの背中であの宝剣を光らせてから、竜騎士の言葉を受け付けなくなった!」

「え?」


 僕は戸惑った。彼の心の焦燥が、表情になって現れている。


「俺は、イリを殺さなければならない!」


 僕の心に、まるで刃物で切り付けられたような衝撃が走る。



 イリが殺される!



 僕と初めて心を通わせた、可愛い竜が殺されようとしているのだ。


「止めろ! そんな事は、許さない! イリは悪くないっ。殺すなんて…、そんな事、絶対にさせない!」

「だったら、イリを制御しろ。竜騎士として!」

「……竜騎士?」


 彼は僕を引き寄せるように、掴んだ右手に力を入れた。


「そうだ。イリはお前の言う事なら聞けるかもしれない。それもダメなら、俺はイリを殺す」

「……」


 イリは彼を怖がり、蜷局に頭を埋めたまま動かない。竜を警戒する国王軍の兵士と騎士達が竜を囲み、アルマレークの竜騎士の一団も自分達の竜と共に、イリを警戒し配置に付いていた。イリがアルマレークで、どれだけ問題になっているかが(うかが)い知れる。そんな中、セルジン王がテオフィルスを見つめながら、ゆっくり歩いてくる。


「事情は分かったが、我が国の王太子を巻き込むのは止めてもらいたい。テオフィルス殿」


 王は彼の手を僕から引き剥がし、庇うように前に立った。


「オーリンはアルマレーク人ではない。我が国にとっては宝にも等しい存在だ。竜騎士の素養はあるのかもしれないが、そのように育ってはいない!」

「彼が必要です!」

「許可は出せぬ。竜を始末するのが一番平和的な解決と、私には思える」


 テオフィルスの顔が、苦痛に歪んだ。僕は茫然として、王の後姿を見ていた。


 イリを……、殺す?


 心臓が締め付けられるように痛んだ。セルジン王は僕を守るためにそう言ったのだ、それでも心が反発する。イリは怯えて身動き一つしようとせず、頑なに殻に篭っていた。僕が王に進言しようとした時、セルジン王はゆっくり振り向く。


 彼の重いマントが揺れ、長い黒髪が流れるように動く。振り返る表情は涼しげでいて優しく、緑色の瞳に魔法を掛けられたように魅入られる。逆らえないのだと、初めて実感した。


「そなたはどう思う、オーリン?」

「僕は……」


 王は僕の思考の全てを奪ってゆく。それは不快ではなく、むしろ心地よく、頭の芯を熱くさせた。


「王のご意思に、従います」


 僕の様子に愕然としたテオフィルスは、激しい怒りを露わにする。


[イリを殺していいのかっ、オーリン!]


 アルマレーク語での彼の叫びは、僕の心を現実に引き戻す。僕を睨みつけるテオフィルスに、恐怖を感じた。イリを殺す事に賛同したのだ、彼が怒るのは当然だが、どうにもならない。どうしても、セルジン王に逆らう事が出来ないのだ。王は僕の肩に手を置き、彼に微笑む。


「早く問題を解決して、ご帰国願おう。世の平和を願う使者としての役割には感謝するが、我が国に竜騎士の立ち入りを、許可した覚えはない!」


 王の言葉に従い、近衛騎士達が彼と王の間に割って入った。テオフィルスは王と僕を睨みつけたまま、リンクルの指輪をまるで僕に見せるように、顔の位置まで持ち上げた。


「承知した。イリを処分する」


 僕はまるで雷に打たれたような衝撃を受けた。彼は本気で言っているのだ。



 イリが殺される!



 まるで自分が殺されでもするような恐怖を覚え、身体が震えはじめる。


「オーリン、どうした?」


 僕の肩に手を置いていた王は驚き、震えを止めるように抱き寄せた。テオフィルスはイリの前に立ち、左手にはまる指輪を高く掲げた。


[出でよ、リンクル!]


 指輪から上空高くへ、黒い影が飛び出す。影は屍食鬼に覆われた空に、ひときわ大きな黒い竜の形を取った。七竜リンクルの影は羽ばたき、地上に強風を巻き起こし、枯れた木々の枝を吹き飛ばす。竜に慣れない国王軍の兵達が、警戒しながら目を覆った。


 王は僕を守り、自分のマントの中に隠す。僕は震え続け、まるでイリの恐怖心が乗り移ったように涙を流していた。イリはピクリとも動かない。


[リンクル、イリを排除しろっ!]


 僕は、悲鳴を上げた。

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