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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第一話 くちづけ

この章はラブストーリー色が強く恋愛表現が多く入りますが、R18ではありませんのできわどい表現等はありません。

読んで頂けると幸いです。

 最初にアドラン・ディラス・ブライデインの前に、それ(・・)が現れたのは、今から二十六年前、十三歳の誕生日を迎えた日の事だ。《ソムレキアの宝剣》が、目の前に出現したのが発端だった。


 その日、彼は母イーリア正妃の敵であり、可愛げのない義弟セルジンを生んだ女エルザを毒殺すべく、父アルス国王の側近を買収して、後宮の彼女の部屋に刺客を送った。アドランは後宮の一室に忍び込み、暗殺が成功するかを見届けるつもりで、友人エネス・ライアスと共に、普段使われていない部屋に忍び込んだ。


 その部屋の真ん中に、薄ら紫の光を帯びて、《ソムレキアの宝剣》が浮かんでいた。見つけたのは、エネスの方。


「アドラン、変な物が浮いているぜ」


 そう言って、美しくも禍々しく光る剣を取ろうとしたが、剣は彼の手を回避し、アドランの元へ飛んでくる。


「ふん、俺は嫌われているらしいな」


 エネスの周りに、黒い渦が薄っすら湧き出る。その渦を心地良く見ながらアドランは、目の前に浮かぶ魔法の剣を取ろうとした。その途端、彼の手の先に黒い渦が現れ、徐々に大きさを増した。暗闇が彼を取り囲むように渦巻き、姿が見えなくなるほど増大する。


「アドラン! 大丈夫か?」

「ああ」


 落ち着いた声でそう(つぶや)くが、こんな塊になるのは初めてだ。


「なんだ、お前は?」


 暗闇は、醜く(うごめ)く。


『その剣に触れれば、お前は殺される』

「……殺される? 誰に?」

『……』


 暗闇は言い淀むように、大きく蠢く。


「ふん、言えないのなら消えろ。私は忙しい」

『守ってやろう』

「ふ、あはははは……。お前に何が出来る? せいぜい私の嫌いな連中を遠ざけるくらいだろう? 得意の黒い渦で脅しをかける、そんな程度だろ?」


 暗闇は急に凝縮して密度を増し、人の形を取り始め、徐々にその姿はアドラン―――彼の形になった。


「何の冗談だ? 悪趣味だな」

『守ってやろう。天界の使者から』

「……天界の使者? ありえないな、《王族》は彼等に見捨てられている。今さら、何のために?」


 黒い渦は壮絶な笑い声を上げ、(あざけ)りながら言い放つ。


『セルジン・レティアス・ブライデインに、水晶玉を与えるためだ。最強な魔力を、奴は手に入れる』

「……水晶玉を? 最強な魔力……、あの愚弟が?」


 心の奥底から不快な(わだかま)りが、猛烈な勢いで湧き起る。父と周りの愛情を独占する彼を、幼い頃から殺してやりたいと思ってきた。


 最強の魔力を手に入れる……、奴が?

 そんな事は、絶対に許さない!


 アドランの憎しみが増幅すればするほど、もう一人の影は暗さを増し、彼そのものとなった。


『私を受け入れれば、お前は守られる。簡単な事だ、奴に水晶玉が渡る前に、お前が水晶玉の主になればいい。そして、お前以外の《王族》を殺せばいいのだ』

「《王族》を殺す? 何を言っている! そんな事をすれば、国が滅ぶ。私だって、《王族》だ! 王太子の私が、そんな事を望むと思うか?」

『父王は、お前を廃太子にする』

「何だって? ……父がそんな事を、するはずがない!」


 もう一人のアドランは、嘲り笑う。


『まだ、あの男を信じているのか? 気の弱い王は、あの愚弟の思うままに動いている。廃太子の話は、王の心を占めている』

「馬鹿な。そんな事……、許さない!」


 アドランは身を縮め、頭を抱えた。魔法の剣が暗黒の中から浮かび上がり、アドランの目の前に再び現れる。


『私を受け入れれば、天界人の思い通りに事が運ばなくなる。お前はどうする?』


 暗闇は勝ち誇ったように誘惑する。


『これは《ソムレキアの宝剣》といって、水晶玉の魔力に身を染めた者を、葬り去るための魔剣だ。お前は天界の意志と魔界の意志、どちらを取る?』

「……廃太子になるのは、嫌だ!」

『そうだろう。だがお前は、もうすぐそうなる』


 《ソムレキアの宝剣》は暗黒の中に、異様な紫色の光を放っている。紫は、《王族》の色だ。アドランは毛嫌いするその色を、心の中で黒一色に塗り替えた。


『天界人はお前を、《ソムレキアの宝剣の主》に選んだ。お前は彼等の目的を果たすために……、セルジン・レティアス・ブライデインのために殺される運命だ』

「そんな事、させるものか!」

『私を受け入れるか?』


 アドランは暗闇の自分を見た。


「受け入れる? お前は、私そのものじゃないか。元々、私の分身……、そうだろ?」


 暗闇は彼に近寄り、同じ顔をして微笑みながら彼にくちづけた。そうしてアドランは時間をかけて、徐々に魔王へと変わっていったのだ。






 何かが顔に触り、僕は目を覚ました。長い黒髪が、頬に触れている。


「あ……、陛下? えっ、ええっ?」


 僕は王に横抱きに抱き上げられ、運ばれている事に気付き真っ赤になった。降ろしてもらおうと身動きする僕を、王は笑いながら小声で制した。


「何を驚いている? そなたは毎晩、私に運ばれているのだぞ。騒ぐな、皆を起こす。それに落ちるぞ」

「あ……」


 王の天幕は不夜城のように煌々と明かりが灯り、会議はいつも夜遅くまで長引く。その会議中に僕は、また寝てしまったようだ。


 しかも、毎晩?

 陛下に運ばれていたのか?


 毎朝、僕の天幕のベッドで目を覚ます。誰に運ばれたのか気にはなっていたが、まさか毎晩セルジン王とは思わなかった。恥ずかしさに、鼓動が激しく主張し始める。




 メイダール大学街が屍食鬼に襲われ、わずかに生き残った者達を、レント領へ向かうアルマレーク人と、ソル・トルカを含めた数人のレント騎士隊に託し、国王軍は広大なトレヴダール領内へと分け入った。


 あれから、二十日あまり。上空に渦巻く屍食鬼達の群に襲われる事なく、ここまで来られたのは国王セルジンの放つ強力な魔力のお蔭だ。エステラーン王国は天界人によって、滅ぼされる運命にあるという。万が一の生き残る可能性を議論しなければならず、王の会議は長時間を費やすようになった。




 あちこちに掲げられた松明の灯り、不寝番と王の側近や近衛以外の、皆が寝静まっている中、王に抱かれ運ばれる状態で、歩く音、松明の爆ぜる音よりも、大きく聞こえるのは鼓動の音だ。僕は小声で、王にお願いする。


「あの……、降ろして下さい。自分で歩けます」

「もうすぐ、そなたの天幕だ。このまま、運ぶ」


 は……、運ぶって……。


 運ばれる先の事を考えると、身体が震えるのを感じる。期待と不安の入り混じった感情に動揺し、鼓動はますます速く大きく全身を支配した。


 王の来訪に慣れている天幕前の護衛が、入り口の幕を上げて待っている。王が身を屈めて、僕を抱きながら入り口を通った。中では侍女達が王に礼を取りながらも、僕が目を覚ましている事を確認し、微笑みで迎えた。恥ずかしさも頂点に達して、身を捩りながら王に訴える。


「降ろして下さい、国王陛下!」


 王は聞く耳を持たず僕をベッドまで運び、ようやく優しく降ろした。身を横たえさせられて、僕は身構える。その様子に王は微笑み、やがてクスクスと笑い始めた。僕も侍女達も、王の珍しいほどの楽しげな笑いに驚く。


 笑ってる、陛下が……。

 やっぱりオーリンと似ている、親子だから当然だけど。


 オーリンは、セルジン王と彼の愛妾アミール・エスペンダとの子で、この世に生まれる前に、母親と一緒に死を迎え天界人となった。〈ありえざる者〉である彼には翼があり、オッドアイの瞳は王とは違うものの、二人はとても似ていた。


 オーリンはメイダール大学図書館で姿を現してから一度も現れず、僕の意志に介入もしない。僕はどことなく、この似た者親子に少し腹が立ってきて、頬を膨らませて王を睨んだ。


「僕の事を、からかってますか?」

「いや、すまない。そなたの反応が、あまりにも正直で。くくく……」


 僕は恥ずかしさのあまり真っ赤になり、毛布を被って丸くなる。セルジン王は、増々声を上げて笑った。僕に気を使った侍女ミアが、やんわり進言する。


「あの、国王陛下……」

「ああ、解っている」


 王は笑いを収め、僕の被った毛布を優しく取り除く。僕は顔を枕に埋め、()ねたように王を無視した。金色の僕の髪を、王は優しく撫でる。


「笑って、悪かった。そなたといると楽しくて、自分が影である事を忘れるな」


 僕はむくれた顔を上げて、視線を逸らす。


「どうせ、僕は子供です! 笑いたければ、いつでも笑って下さい」

「大人になられても、影の私には対応出来ない。この身は所詮、魔法で作った幻影。そういう点では私はそなたを、からかっているのかもしれない」

「……陛下」


 王は影、生身の人間ではない。寝る事も食べる事も必要なく、その姿は半透明で体温も感触も全てが魔法で作られた虚構。その王を人間に戻したいと、僕は思っている。―――自分の命と引き換えにしても。


 王はベッドに腰掛け、僕の頬に右手を添えた。


「この先、私の事はセルジンと呼ぶのだ」

「え?」


 僕は身を起こし、王を覗き込む。


「そんな、(おそ)れ多い! ……出来ません」

「そなたは私の妃になる身だ、その資格がある。申してみよ、セルジンと」


 僕が本当に望んでいた事だ。それが実現しているのに、なぜこんなに尻込みしてしまうのか、王の顔を見つめながら不思議に思った。


「……セル……ジン……様」

「それでは、ルディーナと同じだ。様は必要ない」

「ルディーナさんは……、お妃候補ですか?」


 あっさり心に引っかかっている疑問をぶつけて、自分でも驚いた。


「……聞いてないのか、本人から? 彼女は人形だ」

「え?」

「私と同じ魔力で出来た幻影だ。十年ほど前、トール領での戦いで死んだカリスマ的な女騎士がいた。強力な魔力を持ち合わせ、人々を率いた《王族》の血を持つ女傑」

「……」

「ルディーナが死ぬ直前に、私が魂を、人形の中に収めた」

「人形……、信じられない! だって、生きている人に見えます」

「オリアンナ、私の側にいるという事はそういう事だ。全てが魔法で構築され、実体がない。水晶玉の魔力はこの国を支配している、その半分は私が構成している」

「……」

「すべてが虚構かもしれぬ。この姿も、王という身分も、《王族》である事も……。この国は水晶玉で守られているのではなく、水晶玉の中に囚われている。国民は魔法にかけられ、水晶玉の言いなりに動く」


 僕はセルジン王が、まるで魔王のように見えた。


「偽りに満ちた王国……、エステラーン王国はそんな国だ。昔から国民は騙されている。《王族》もそうだ」

「陛下は……、陛下はエステラーン王国が、嫌いになられたのですか?」

「……」


 僕の言葉に、王は一瞬言葉を詰まらせた。そして悲しむように微笑む。


「嫌いになれれば良いのだが……、それが出来ない」 


 僕は微笑み、無意識に王の頬に手を添える。


「……セルジン」


 自然に王の名を口にする事が出来た。王は頬に当てられた手の上に、自分の手を添える。


「……立場が逆転したな。私は、そなたを失うのが怖い。たった一人のブライデインの《王族》として、永遠を生きるのが怖いのだ。すまなかった。死を願いどれだけそなたを傷つけていたか、今ならよく解る」


 僕の目から、涙が溢れ出す。


「セルジン……、セルジン」


 王は僕を抱きしめ、くちづけする。それを許される時間が限られてでもいるように、王は僕を離そうとしなかった。

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