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第五話 異国の婚約者 

 父が竜騎士だとは、僕も知っていた。

 エステラーン王国の危機に、母と僕を守るため、レント城に保管されていた多くの浮彫を研究し、百年前のアルマレーク戦での対空戦法と防衛方法を、自分の竜を敵に見立てて、レント騎士隊に体得させた。

 この領内では、アルマレーク人でも父は英雄的な存在だ。おかげでレント領は、今も屍食鬼の侵入を防いでいる。侵入されたのは、八年前に魔王アドランが《王族狩り》に来た時だけだ。


 竜騎士……、僕が?

 父は僕に、竜騎士の運命を名づけていた!


 僕は動揺した。上腕と大腿が長いのは、アルマレーク人の特徴だと思っていたけど、竜騎士の特徴なのだ。テオフィルスはすかさず僕の腕を掴み、引き寄せる。


「俺の従者にしてやる。お前は、竜騎士になるんだ!」

「な、何を……。そんな名前、付いてないって! 僕は竜騎士じゃない」


 彼は構わず、僕を支配するように、その強い眼光で射抜く。


「異国人でも竜騎士になれるよう、俺が後ろ盾になってやろう。俺に、ついて来い! お前に、世界を見せてやる!」


 鮮烈な驚きに、彼の印象的な青い青い瞳に魅入られる。



 ―――お前に、世界を見せてやる!―――



 感動する反面、心の片隅で「アルマレークへ、連れ去られるぞ!」と警鐘が鳴る。彼の腕を振り払い、僕は飛び退いた。


「僕は竜騎士にはならない。アルマレーク人は敵国人だ、城のこんな場所に入り込むなんて怪しすぎる。君は、密偵か? それとも、魔王の手先か?」

「本名を名乗る密偵が、どこにいる? まして魔王の手先では、絶対にない! 俺はレント領主に会いに来た、アルマレーク共和国からの特使だ」


 そう言って首から下げている共和国の国章を見せた。山と竜が刻まれている。アルマレーク共和国は山系の国、エステラーン王国の西方より遥か先に見えるトルカンディラ山脈の中にある。


「争いは百年以上前の事、今はお互い手を取るべきじゃないのか?」

「……」

「俺はあの屍食鬼の群を、打ち破る! だから竜騎士を集めている。お前は奴等に、支配されたままでいいのか?」


 彼は、本気で言っているのだ。共に戦うために、他国が手を差し伸べている。竜が味方になれば、大きな戦力になるだろう。でも、協力を受け入れるかは、セルジン王が判断する事だ。


「打ち破る? 竜騎士にそんな事が出来るのか? 百年前に、エステラーン王国に大敗した国が?」

「ああ、出来る! 今は、俺がいる」


 強気な発言に、僕は不信感を覚える。

 この男は、何者なのか?


「…………君は竜騎士隊の隊長なのか? ずいぶん強気だな」


 テオフィルスは不敵に笑い、背を屈めて僕の顔を覗き込む。


「そのような者だ」

「竜騎士を受け入れるかは、国王陛下がお決めになる。今、この城に滞在中だから、僕に話すより陛下に直接話すべきだ」

「ああ、そうする」


 彼は微笑み、頷いた。


「お前は領主家の人間だな、オーリン・ボガード。その身なりと物言い、お前なら知っているだろう」

「……」


 話過ぎだと気付き、僕は緊張が増す。テオフィルスが確信を突いてくる。


「人を探している。名前はオリアンナ・ルーネ・フィンゼル。レント領で生まれた、お前ぐらいの歳の姫君だ」


 アルマレークだと、フィンゼルの家名が付くんだ。なんだか、変な感じ……。


「オリアンナ姫? 誰それ? 聞いた事がないよ」

「レント領にいるはずだ。お前が、オリアンナ姫じゃないのか?」


 ほら、来た!

 当然、他人のふりを決め込み、自然に呆れる演技をする。

 

「僕が女に見えるのか? 失礼だな。僕は男で、親は二人ともエステラーン人だよ! 確かに体型は、変わっているかもしれないけど、エステラーン人!」

「それじゃあ、捜すのを手伝ってくれないか。オリアンナ姫は、俺の婚約者なんだ。連れ帰らないと、大変な事になる」

「ええっっ?」


 驚きのあまり、思わず飛び退いてしまった。



 婚約者!



 他国で勝手に婚約者を決められている事に、驚き以上に猛烈な反発心が湧き起こるが、それを表面に出してはいけないと、理性が必死に止める。

 テオフィルスは僕の反応に一瞬目を見開き、その後何でもないように無表情。僕は気付かれたかと、必死に冷静さを取り繕う。


「会った事もない婚約者を、こんな危険な国まで捜しに来るなんて、馬鹿じゃないのか?」

「ああ、捜しに来た」


 嬉しそうに、彼が笑う。僕の心臓が勝手に暴走を始め、顔が真っ赤になっている事を恐れ、心の中で自分を(ののし)る。

 しっかりしろ、悟られるぞ!


「協力してくれるのなら、お前にいいものをやる」

 

 そう言って彼は空いた方の手で、腰に着けた鞄から見慣れた物を取り出し、僕に差し出す。それは馬に取り付ける二つの(あぶみ)、馬の乗り降りや騎乗時に足を入れて安定させる馬具だ。

 なぜこんな物を持ち歩く?


「魔法の(あぶみ)だ。これがあれば、どんな馬でも乗りこなせる」

「はぁ?」


 どう考えても、ただの鐙にしか見えない。僕をからかっているのか? 

 月光石の灯りに映し出された彼の顔は、皮肉っぽく映る。


「竜騎士の体型を持つ者は、これがないと馬に乗れない」

「いらない!」


 僕は鐙の受け取りを拒否して、視線を逸らす。テオフィルスが冷たい目で、値踏みするように睨み付けてくる。


「尖がった奴だな、反抗期か? 馬に乗りたくないのか?」

「乗りたいさ! でも、いない姫君を、どう捜せって言うんだ。協力出来ないから、いらないよ」

 

 彼は不満を露わにしながら、無理やり僕の手に鐙を押し付け、顔を近付けて(ささや)く。


「それじゃあ、お前は一生、馬にも乗れないな。せっかく竜騎士の体型で生まれてきたのに、俺の従者になればそれが生かせるのに、自分の才能を無駄にするなよ!」


 月光石の灯りに照らされた、目の前の彼の顔は、少し拗ねた表情をしている。

 僕の心が妙に騒いでいるのは、なぜだろう?

 美形は、危険だ!

 その感覚を振り払うように、僕は突っぱね、鐙を彼に押し戻す。


「しつこいな。君に協力は出来ないし、従者にもならない!」

「お前は竜騎士だ、いずれ竜の呼び声が聞こえるだろう。その時まで、せめて馬に乗れるようになっておけ。協力はしなくていいから、これはお前にやるよ」

「……」


 僕は鐙を手にしながら、怪訝な顔で彼を見つめる。

 これが本当に魔法の鐙で、本当に馬に乗れるようになれるなら、僕には絶対に必要な物だ。王太子が行軍参加するには、馬に乗れないと話にならない。思わず鐙を握りしめた。


「ありがとう、これは受け取るよ。でも、僕は竜騎士にはならないよ」

「お前の意志は関係ない、竜の意志が、お前を選ぶ。その時が来れば解る」


 彼の真剣な眼差しに、僕は背を向け、拒否の意志を伝えるように歩み去ろうとした。


「ふん、ヘタレ小竜め。そんなに竜に乗るのが、怖いのか?」

「……なんだよ、ヘタレ小竜って?」

「まともに飛べない小竜の事だ。お前はヘタレ小竜にそっくりだ」


 あまりの侮辱(ぶじょく)に僕は振り返り、彼を睨み付ける。

 こんな口の悪い男が婚約者だなんて、絶対にごめんだ!


 彼の向こうに、秘密基地に向かう明り取り用の縦長窓が見えている。呼び出しの合図である板に付けられていた紐が、その窓の中に消えていた。そこから、エランの助けを借りて設置した、縄梯子が下がっている。


「あの、紐を引いたのは君なのか?」

「え? ああ、俺だ。人が通った跡と、そこだけ埃が被ってない紐があれば、引いてみたくなるだろ? ここはお前だけの秘密通路だな」


 秘密を見破った子供のように、彼は不敵に笑う。訳の分からない理屈で、僕を呼び出したのかと思うと、ますます腹が立ってきた。エランが熱の出ている僕を、簡単に呼び出したりしないのは、解っていたはずだ。

 医師がそろそろ到着するし、あの近衛騎士も別の侍女を連れて、開かない扉に困っているだろう。僕は急いで引き返そうとした。

 

 次の瞬間、テオフィルスが僕を引き寄せ、彼の唇が僕の頬に触れた。


「なっ……!」

「おっと、大声を出すと、内緒で抜け出したのがバレるぜ」


 僕は彼に後ろから抱きしめるように捕らえられ、身動き出来ない。


「放せっ!」


 彼は僕の要求を無視して、右手で暴れる僕の身体を押さえ、左手は僕の左手を捕らえた。

 すると、彼の左手の何かが、柔らかい光を放ったのだ。


「え……?」


 それが何を意味するのか、僕には解らない。

 テオフィルスは楽し気に笑いながら、僕を放した。

 意味か解らないまま、今の接触で女だと知られたかと不安になり、僕は急いで彼から逃げた。

   

「じゃあな、ヘタレ小竜!」


 そう言って彼は、僕とは反対側の通路の暗闇へと消えた。

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