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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第二章 メイダール大学街
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第二十二話 王の決断

 光で構成された螺旋階段を上って姿を現した影であるセルジン王は、部屋の光に薄れ半分以上透明に見える。優しい緑の瞳は僕を探し部屋をさまよい、床下に(うごめ)くウロボロスに気付く。


「なるほど、貴殿がこの図書館の守り主か? 確か……、ウロボロスと伝えられているな」

『ふぉっふぉ、わし等の事を知っておるとは光栄じゃな、エステラーン王国の最後の王よ』

「最後か。王国の命運は私で尽きるという事か? この世が滅びるという事か? 貴殿のような永続性は、どこにもないと?」


 王は眉間に(しわ)を寄せ、苦しむように言った。


『さて、それはどうじゃろう? お前さん次第じゃないかのぉ』

「私、次第? ……どういう意味だ?」


 僕は黄金の本の首飾りを見ながら、これを王に見せるべきか迷った。「見せろ!」と、心の片隅でオーリンが言う。マールの言葉が、僕を苦しめる。


 《陛下は死を望んでいらっしゃる。生きる方法が見つかっても、握り潰す可能性があります》


 その言葉はそのまま彼……マルシオン王の、心の声ではないか。セルジン王とは別の意味で、死を望んでいるのではないか。セルジン王は自分が魔物になる恐怖に耐えかねて、マルシオン王は無限に続く〈管理者〉としての使命に耐えかねて、それぞれが死を望む。どちらがより過酷な状態か、僕には想像も出来なかった


 〈管理者〉……。

 なぜ〈管理者〉がいるのに、《王族》が水晶玉に入り込んでしまったのだろう?

 〈ありえざる者〉が、セルジン王を〈管理者〉にするために仕掛けたのか?

 エステラーン王国を滅ぼしても?


 マールに会って話を聞かないと、解らない事ばかりだ。僕が視線をセルジン王に戻した時、彼も黄金の本の首飾りを見つめている事に気付いた。何も知らなければ、王はこのまま死を願い続ける……、それは良い事ではないだろう。


 《彼を今の絶望から助け出したいと思わないか?》


 オーリンの言葉が、僕の背中を押した。王に、戸惑いながら微笑む。


「大丈夫か、オリアンナ? 怪我はないか?」

「大丈夫です。陛下」


 王は足早に僕に向けて、光る床を歩いて来る。僕の心に、王への愛情が湧き起る。


 あなたを、助けたい。

 これを見て、どうか……、どうか絶望しないで。


 僕は黄金の本の首飾りを、王に差し出した。






「……確かに、私次第だな」


 古の王マルシオンの伝言を、セルジン王は冷静に受け止めていた、表面上は……。 


「だが、永続性にも程がある」


 そう言うと、入口の方へ歩いて行く。僕は王が怒ったのかと思い、彼の後を追い腕に縋り付く。


「国王陛下?」

「心配するな。大丈夫だ」


 王は安心させるように、僕の頬に手を添えた。そして螺旋階段を下りて行った






 階下では近衛騎士達が呼び寄せたマールの弟子達が、倒れて意識の無い者達を外に運び出そうとしていた。命に別状は無さそうだが何が起きたのか分からない以上、ここに寝かせておくのは危険と判断されたのだ。そこにマールの姿は無かった。


 外での戦闘は屍食鬼達が突然消えた事で終了し、図書館の周りには大勢の兵士達が警戒態勢を崩さず待機していた。マールは外で負傷者の手当をしているのかもしれない。そう思いながらセルジン王は、近衛騎士隊長トキ・メリマンに指示を出す。


「マール・サイレスを、今すぐ連れてまいれ!」

「はっ」


 トキの指示で部下が、足早に階下へ下りて行った。それを見届けた王が階上へ行こうとした時、残ったトキが呼び止める。


「マールは、おそらく居りません」

「なぜ、そう思う?」

「これを、陛下にと……。それから私に、「死ぬな」と一言」

「……」


 トキが差し出したのは薬草茶の配合を書いたメモで、下部に走り書きで「トレヴダール侯爵邸で待つ」とあった。王はそのメモを、握り潰す。


「勝手な事を!」

「後を、追わせますか?」


 後を追うという事は、国王軍が逃亡者と見なし制裁を加えるという事だ。王は握り潰した、マールのメモを見つめた。


「ならぬ! 追手の方が危険に晒される、マールの事は放っておけ。弟子達が全員残ったか確認しろ。次の薬師を決めねばならぬ、人選はエネスに任す」

「はっ」


 王は螺旋階段を上りながら、自嘲気味に薄笑いを浮かべる。


 今さら別の薬師等、必要ない。

 マールだから身近に置いたのだ。


 額を押さえ、熱くなった頭を冷やすために上を向く。階上からオリアンナが心配そうに見つめていた。


「マールさんは?」


 その姿を見てまるで心を洗われるように感じ、それが《王族》の魔力である事を承知しながら、彼女の必要性を再認識する。これまでの彼女と、立場が逆転したように思えた。オリアンナの死と同時に〈ありえざる者〉オーリンが自分の命の光となり、水晶玉が葬り去られるまでこの世に生き続ける。永続的な時間を《王族》のいない状態で生きる事が不可能に思えた。永遠の孤独を想像すると死を選んだ方がましに思える。


 私に選択の自由があるのか?


 相手は天界人、神々の決定を覆すのは不可能に思えた。なによりオリアンナを失う事が、心を傷つけている。


 彼女を失わないで済む方法はないのか?


 警戒し抑えていたオリアンナ姫に対する感情が、俄かに輝きを増し彼の心を満たし始めていた。エランの姿が、心を掠める。


 許せ、エラン……。






 階段を上ってくる王は優しく微笑み、先程の怒ったような様子は消えていた。最初のショックが和らいだのだろう。


「マールには逃げられた。自分で判断しろという事だ」

「……じゃあ、マールさんが運び入れた他の書箱の中身は? この巻物の中から、捜し出すんですか?」


 僕は後ろにある、膨大な量の巻物を見て途方に暮れた。王を助け出す他の方法を探し出したい欲求が湧きおこっていた。三階に上った王は僕の肩を抱き寄せ、ウロボロスの木像のある方へ導く。


「最初からそんな物は、存在していなかったのだ。これをそなたと私に見せるために、仕組んであったのだろう」


 その言葉で、微かな希望は消えてなくなった。王が生き、僕は死ぬ……、それを受け入れなければならない。王は二つの黄金の本の首飾りを手にした。それは十六年前から仕組まれていたという事になる、エステラーン王国の王都ブライデインが陥落する前から。


「〈ありえざる者達〉は……、最初からエステラーン王国を滅ぼすつもりで?」


 僕は肩を落として呟いた。王は僕の額に右手を当てた。


「私もそれが聞きたいな。オーリン、我が子よ。いい加減、意志のない振りをするのは止めよ!」


 僕から柔らかい光の束が飛び出し、再び翼のある人間の形を取る。


『何だ、ご存じだったとは……、面白くない』


 少し不貞腐れ気味にオーリンが、宙に浮き王を見下ろしながら言った。セルジン王は笑いながら、我が子を見つめる。


「そなたはオッドアイなのだな、珍しい」

『僕は天界で生まれたからね、もっとも天界でも珍しいみたいだけど……』

「〈ありえざる者〉とは、そなた達の事だろう?」

『そうだよ。長い間人間界との関わりを持たずに来たけど、父上が生まれた時に天界が動いたんだ』

「……王国を滅ぼす事を、決めたのか?」


 オーリンが含みを込めて笑う。


『元々、二つの水晶玉を封じ込めるためだけに創られた国だからね。あれは武器としては強力過ぎて、天界でも持て余す代物だよ。不思議と人間には悪影響はない、だから天界人と人間の能力両方併せ持つ《王族》が創られた。その中から、完全なる〈管理者〉が現れるのを待っていた。それまでは国の中に封じ込める、そう決めたんだ』

「……神代の話か、竜と神の戦い」

『ふふ、そうだよ。二つの水晶玉は、竜を滅ぼす最高の武器だからね。もっとも、今の竜は七竜に治められている。水晶玉に近づくと、逆に支配が及ばなくなって先祖返りしてしまうんだ。だからオリアンナ姫、アルマレーク人に近づいちゃダメだよ』


 急に話題を向けられて、僕は戸惑った。僕の半分はアルマレーク人なのに、オーリンはその事をどう思っているのだろう。そんな疑問が心に浮かぶ。


「竜の牙を抜くのを条件に、マルシオン王は〈管理者〉としての条件を飲んだのか?」

『そう。わずかに生き残った竜が、水晶玉を攻撃に来たからね。神代が終わって竜は滅びたと思われていたのに、どこかに卵が存在していて、いつの間にか人間界で凶悪な竜として(かえ)ったんだよ』

「では、私も条件を出そう」

「陛下?」


 それはセルジン王が永遠の〈管理者〉となるのを、受け入れるという事だ。僕は王に縋りついた。


「死ぬ事が叶わなくなるんですよ、永遠にこの世をさ迷う事になるんですよ、陛下!」

「では、この世と共に滅びるか?」


 僕の目から涙がこぼれた。


「……その方が、きっと楽です」

「そうかもしれぬ。……だが、私はそなたを失う気はない!」

「え?」

『その娘は僕が父上の命の光になった段階で、いずれにせよ死ぬんですよ、父上』

「オリアンナを死なせない、それが条件だ。オーリン・トゥール・ブライデイン」

『………』

「国王陛下、僕は死んでも構いません。陛下が一番いい方法を取って下さい! 僕の事は気になさらずに……、どうか……」


 王は僕の言葉を、くちづけで遮る。僕は驚きに大きく目を見開いたが、やがて王に身を委ねた。


「そなたは私の妃に、なりたくはないのか?」


 僕は真っ赤になりながら、王の瞳を覗き込む。そこに絶望の色はなかった。優しい微笑みが、僕を包む。


「なりたいです……、あなたの妃に」

「では、決まりだ。オーリン、条件を呑むか?」


 オーリンは空中で腕を組みながら、面白くなさそうに二人を見下ろしている。


『僕の一存では、決められないな』

「では、誰の承認が必要なのだ? 神か?」

『………』

『女神じゃよ、人間の王よ。彼女は嫉妬深い、気を付けた方がいい……』


 ウロボロスが床下から教えた。


『黙れ、ウロボロス!』


 オーリンは憤り、ウロボロスの言葉を遮った。苛立つ彼は、まるで何かに怯えるように王を見ながら告げる。


『トレヴダール侯爵家だ、そこに彼女がいる。後は彼女に頼め……、僕は知らない!』


 そうしてオーリンは消えた。セルジン王と僕は顔を見合わせる。


「マールが待つ場所だ。そこに女神がいる」

「陛下……」


 不安が僕の中に(うごめ)く。それは僕の中に消えたオーリンが、感じている不安なのかもしれない。


「ウロボロス、我らが去ってもここの図書館を今まで通り守ってくれるか?」

『当然じゃ。ここは居心地が良い。この世が滅びても、ここは残るよ』

「そうか、ありがとう。聞いたか、ヴァール・ケイディス?」


 王がそう呼びかけた時、霧が四階に上り学長の姿を映す。


「我らの望みを叶えて下され、セルジン国王陛下」

「ああ、メイダール大学街は必ず復活させる。だから……、安らかに眠れ、我が恩師よ」


 ケイディス学長は微笑みを残し、霧散するように消えた。僕は無表情な王が、悲しんでいるのを感じ取る。


「ヴァール・ケイディスは……、私の家庭教師だった」


 僕は王を慰めるように寄り添った。






 僕が図書館の外に出た時、霧は完全に消え屍食鬼の姿も消えていた。後に残るのは、死に絶えた者達の戦った痕ばかりだ。ここは国王軍が到着した時から、死の街だった。情報収集と死者の遺志を汲み取るために、セルジン王が霧の魔法で大学街を守っていたのだ。


「レント領に屍食鬼が現れた時に、ここも襲撃されたのだ。成す術がなかった……」


 僕は、故国を失ったアンとソルの事を思い、胸が痛んだ。上空に夕陽色に輝く鳥の姿が見えた。死者の魂を天へと運ぶシモルグ・アンカが、ゆっくりと旋回している。

 王は図書館を振り返る。ウロボロスによって、結界が再び図書館を覆うのを感じた。


「英知は戦火によって、すぐに失われる。いつの世も、変わらずだ。だから守り受け継ぐ……、それが生きる者の務めだ」


 セルジン王は、水晶玉の〈管理者〉として生きる事を選んだ。

第二章本編完了しました。

長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

引き続き、よろしくお願い致します。

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