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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第二章 メイダール大学街
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第二十一話 ウロボロス -循環する輪-

 魔王アドランに痛めつけられた身体を引きずるように、僕は四階の入口をくぐり抜け謎の部屋に入った。窓一つないその部屋は、真っ暗で何も見えない。暗闇から何かが襲いかかって来そうで、僕は腰鞄から月光石を取り出した。でも、月光石の光だけでは、部屋の中の様子が分からない。


 階段を上り切り床に足を掛けた時、下の階から光が、まるで泉が湧き起るように上り暗闇を追い払う。分厚い埃に覆われた宝物庫を想像しながら振り返ったが、そこに置かれていたのは、埃一つ被っていない膨大な量の巻物だった。どことなく拍子抜けしながら、巻物が並ぶ棚に近付く。


 当然か。

 ここは大学街になる前からあった、大昔の図書館なんだから。


 巻物の一つを取ろうとした時、足元から声が聞こえた。


『そなたはベイデルか?』

「うわっ」


 僕は足元に何かが(うごめ)いているのに気付き、飛び上がり驚く。よく見ると足元の床下が水面のように光を帯び、その中に大きな竜か蛇が分からない者がゆっくり泳いでいた。


『違うな……、そなたは天界の住人。なぜ地上にいる? 〈ありえざる者〉が追い払う竜は、今はいないであろう?』

「……あなたは、誰?」


 僕は棚に背を付けながら爪先立った。床を踏んでいるのが、失礼な事に思えたからだ。


『わし等はウロボロスとベイデルが言っていたな。ここを守る二頭の蛇だ。そなたは誰だ?』

「僕はオリアンナ・ルーネ・ブライデイン。ベイデルじゃないブライデインだ」


 僕は本当の名前で答える。どことなく《聖なる泉》の〈門番〉と接している感覚があったからだ。《王族》名も訂正した。


『それは女性名だ。もう一人いるであろう? 男が……』

「……オーリン・トゥール・ブライデインの事?」


 戸惑いながら、僕の命の光となった王の子の名を告げる。


『オーリン殿、その娘に姿を見せてはどうかな? ここでは、それが可能だ』

「え?」


 僕の周りに光が浮かび上がった。光は僕の目の前で凝縮し、一人の翼のある人間の姿を形作る。僕は驚き、逃げ腰になる。


 少し背の高い彼は僕より少し年上で、僕と同じくらいの短さの黒髪に、右は緑、左は紫の印象的なオッドアイの瞳を持っている。白いドレープのある服は優雅に彼の身体に纏わり付き、大きな白い翼は彼を包み込み柔らかく光り輝いていた。


『いらん事をするなよ、ウロボロス。最後まで姿を見せる気はなかったのに』

『ははは……、その娘には知る権利があると思うてな。天界の住人に翻弄(ほんろう)されているように見えるからな』

『翻弄ね。この娘と父の願いを叶えるだけだよ、心外な言葉だ』

『人間とは、弱いものよ。不死の我らとは違うのだ』

「………」


 僕は会話について行けない。


『やあ、オリアンナ姫。僕の事は、名乗らなくても判るだろう?』


 優しく微笑んだオーリンは、目の色を除けばセルジン王にそっくりで、僕は親しみを覚えて頷いた。彼は急に、僕の額に人差し指を当てる。


『その姿は、姫君に相応しくないよ』


 彼がそう言った途端、僕の髪は伸び、着ていた騎士見習いの服は長いレースが重なった緩やかなドレスに変わる。縦ロールになった金髪が、ふんわり揺れた。僕はなぜか抵抗なく、その姿を受け止める。


『今は僕の意志が君の中にいないから、ドレスに抵抗はないだろう?』


 不思議に思いながらも頷いた。確かに抵抗は全く感じない。


『それが、本来の君の姿だよ』


 そう言って僕の手を取り、指にくちづけをする。まるで若くなった王にくちづけされたようで、僕は頬を染めた。


「不思議だね、会えると思わなかった、オーリン」

『本当は会うべきじゃないんだ、僕と君は一心同体だからね。君の探し物はあそこにある』


 そう言って、図書館の奥を指差す。僕はオーリンに手を引かれて、ドレスの裾を少し持ち上げながらゆっくり移動した。横を歩く彼は神々しい程美しく、夢を見ているのかと思えた。導かれた先には、大きな木製の二匹の蛇が円を描きながらお互いの尾を食べる姿が飾られている。


 これがウロボロスの姿なのか?


 足元にいるウロボロスは大きく、巻物を収めた棚が邪魔をして全体像が見えない。彼等はゆっくり輪を描くように動いている。木製の像の円の中心に、ぽっかり浮いている黄金の本の首飾りがあった。オーリンはそれを手に取り、僕に渡した。


『ベイデルの《王族》は、マルシオン・ティエム・ベイデルが最後の王となった』


 聞いた事のある名だ。


「……その人、水晶玉に囚われた人? じゃあ、やっぱり死なずに済む方法があるんだ!」


 希望が湧いてきた。

 オーリンは無表情に、黄金の本の首飾りを差し出した。


『ここに、全てがある』


 僕は微笑みながら黄金の本の首飾りを、本当の本に戻した。そしてセルジン王に教えられた通り、本を開き床に放った、映せと念じながら。






 現れたのは三十歳ぐらいの男。長い金色の髪は緩やかに肩にかかり、髪と同じ金色の目を持つ。強い魔力をその身に纏わり付かせ、(いにしえ)の王は真直ぐ僕を見ていた。


 誰かに、似ている……。


 誰に似ているのか、すぐには思い出せない。


 《私はマルシオン・ティエム・ベイデル。エステラーン王国、最後の王である》


 僕は驚き、オーリンを見る。彼は何でもないという風に微笑んだ。


 《我が国はもはや修復の出来ない程の被害を受けた。山系の竜は王都メイダールを焼き尽くし、私は水晶玉の中で暗黒の王として国中を破壊した》


 古の王は苦悩に顔を歪ませた。


 《兄セイエンは竜との戦いの中で焼死し、業火に焼き尽くされる王宮を抜けて、我妻ロレアーヌが、《ソムレキアの宝剣》を使って、私を水晶玉から解放した》


 僕はセイエン王の言葉を思い出した。


 《戦いは終わったが、《ソムレキアの宝剣の主》の我が娘ロレアーヌが亡くなった》


 ロレアーヌという《ソムレキアの宝剣の主》は、亡くなったんじゃないのか?


 マルシオン王は懐からある物を取り出した。それは〈抑制の腕輪〉だ。僕は、全身が総毛だった。


「あ……、ああ……」


 マルシオン王が誰に似ているのか、よく判ったのだ。マール・サイレスの髭を取り除くと、彼になる。


 《私は彼女が運んだ〈ありえざる者〉の命の光で、不死の命を手に入れた》


 僕は頭が熱くなり、マルシオンの言葉が耳に届かない。オーリンにしがみ付き、荒い息で混乱する頭を必死に整理しようとした。


 《ロレアーヌは《聖なる泉》の精霊と取引していた。彼女は《聖なる泉》を構成する一員になり、会う事も叶わない》


 マルシオン王は深い溜息を吐いた。


 《私は〈ありえざる者達〉の意志により、水晶玉の〈管理者〉として、この世から水晶玉が消え去る日まで、永遠に生きる事を受け入れた。山系の竜の牙を抜く事を条件にだ》


 僕は涙を流しながら、古の王……、昔のマール・サイレスを見た。


 《この伝言を見る者よ。《王族》よ、気を付けるがいい。〈ありえざる者達〉は《王族》を復活させるだろう、水晶玉は二つあるのだから……》


 セルジン王の姿が、僕の心の中に浮かんだ。



 死を望む王に、こんな運命を強いる事は出来ない………、絶対に!



 《私と同じ運命を辿りたくなければ、あれに触れてはならぬ。そして〈ありえざる者〉に関わるな!》


 そう言って、マルシオン王は消えた。




 僕はオーリンを突き飛ばし、彼から飛び退いた。


「君は……、〈ありえざる者〉なのか!」

『ふ……、何を今さら。君と父上が望んでいた事じゃないか』

「違う!」


 僕は《ソムレキアの宝剣》を抜いた。


『君は面白い娘だね。残念だけど、それは僕には効かないよ。水晶玉の魔力以外には、効果が無いからね』


 オーリンは腕を組みながら、楽しむように告げた。白い翼が興じるように、ゆっくり動く。僕は無駄と解っていながら、宝剣でオーリンに切りかかる。彼は翼を羽ばたかせ、ゆっくり天井近くまで飛んだ。


『天井が高くて助かるな。オリアンナ姫、君の命がもうわずかしか無い事に、気がついてないの?』

「え?」

『僕が父上の命の光になったら、《聖なる泉》の精霊と取引してない君は死んでしまうんだよ』

「……」

『君は、本当は死んでいるんだからね。水晶玉の〈管理者〉はどうしても、もう一人必要なんだ。父上はマルシオンに匹敵する能力者だからね。彼以外の適任者がいないから、彼を普通の人間に戻そうと思っても無理だからね』


 僕は泣きながら(くずお)れた。ドレスの(ひだ)が広がり、長く巻いた髪は森の中の木漏れ日のように煌めく。上からオーリンは、無感情にそれを眺めていた。


『君は僕を運ぶ役割を終えたら、可哀そうだから仲間に頼んで天界の一員にしてもらうよ。地上にいるより、幸せだと思うよ』

「陛下を永遠に地上に繋ぎ止めておきながら、僕がそんな事を望むと思うのか!」


 怒りを込めて叫ぶ。


『まあまあ、娘さん、こう考えないかね。自分達は循環する運命の輪の、外に解れてしまった糸だと』


 それまで黙っていたウロボロスが、光る床下に円を描いて泳ぎながら言う。


『糸は運命の輪に弄ばれて、ゆっくり循環する輪にしがみ付かないといずれ引き千切れてしまう』

「僕はただ王を、普通の人間に戻したいだけだ……」


 僕の頬に、涙が伝い流れ落ちた。


『果たして魔力に身を染めたあの王が、それを望むかね? 真実を知った時、王がどんな風に変わるかを、輪にしがみ付きながら見届けるのが娘さんの役割のように、わし等には思えるがのぉ』

「……王が、変わる?」

『そうじゃ。人間は短い命を、自分を変化させながらしっかり生き抜く。それはわし等には出来ぬ事じゃ。のお、天界人よ』

『まあね』


 そう言ってオーリンは、僕の前に降り立つ。僕の手を取り、立たせた。


『父上が来るよ。オリアンナ姫、彼を今の絶望から助け出したいと思わないのか?』


 オーリンは微笑みながら、スッと僕に同化する。髪は元の短さに戻り、服も国王軍の騎士見習いの姿に変わった。


 僕は涙を、振り払う。

 そして入り口に現れた、セルジン王を見つめた。


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