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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第二章 メイダール大学街
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第十七話 守りの風

 僕は不安な気持ちを抱えながら、《聖なる泉》の門を抜けた。濃い霧の中で〈門番〉は身動きもせず、生きているのか死んでいるのか判らない状態で、黒い渦を(まと)っている。先程エランに襲いかかったのが、信じられないくらい静かだ。


 レントの《聖なる泉》の〈門番〉は、水を所望してきた。

 ひょっとして、この〈門番〉も……?


 恐る恐る近付き、汲み取った《聖なる泉》の水を投げかける。すると〈門番〉に纏わりついていた黒い渦が一瞬で消え、息を吹き返すように動きだした。


「退場を許可する」


 厳格にそう言うと〈門番〉が消え、風が吹いて霧が段々薄くなり周りの景色が見渡せるようになった。なんとなくその景色に違和感を覚えたが、すぐに僕を迎えたセルジン王に気を取られ、気にならなくなる。


「無事戻ったな、オリアンナ。(しるべ)はしっかり受け取ったか?」


 優しい王の笑顔に、不安が消えかける。


「はい、〈堅固の風〉を頂きました」

「〈堅固の風〉か。では、急に霧が晴れてきたのは、そなたの魔力のせいだな」

「え?」

「マール!」

「はい」

「その腕輪の抑制力はどのくらいか?」


 腕輪を手にした薬師マールは、首をひねる。


「……完璧に抑制するのは難しいと思います。ある程度は、というところでしょうか」

「では、腕輪を()めるのだ、オリアンナ」

「…………」


 マールに渡されて腕輪を手にしながら、《聖なる泉》で見た女を思い出し恐怖感を覚える。本当にこの腕輪を嵌めて大丈夫なのか、不安は拭い去れない。マールに対する不信感が、心の中に(わだかま)りとなり居座り続ける。


「マールさん、奥さんは長い濃い金髪の方ですか?」

「そうです」


 おそらくマールの妻だ。


「僕……、あなたの奥さんに会いました。この腕輪を嵌めている、濃い金髪の女の人」

「え? 会えたのですか、どこで?」


 僕は《聖なる泉》の門を見た。マールはすぐに門へ向かおうとして、王に止められる。《聖なる泉》へ入れるのは〈成人の儀〉を行う者と、泉の精と命を懸けて取引する者だけだ。


「馬鹿な真似は止せ。〈門番〉に殺されたいのか?」

「妻が……」

「マール、ここがどんな状態か言ったはずだ。一刻を争う!」

「……はい」


 マールは苦しむように項垂れる。その様子を見て、僕は疑いを持つ事を止めた。少なくとも妻に会いたがっているという事は、彼女の持っていた腕輪に疑いを持っていないという事だ。彼に悪意があって、僕に腕輪を渡した訳ではないと思える。


「オリアンナ、早く腕輪を嵌めるのだ」

「……」


 僕は頷きながら、恐怖感を振り払い思いっきり腕輪を嵌めた。すると消えたはずの霧が、まるで生きているみたいに緩やかに薄く辺りを覆い始める。


「エランは、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。エラン!」


 王に呼ばれて、彼が薄い霧の中からこちらに近づいて来る。僕はエランの元に走り寄り、王が見ているのも構わず彼の首に両腕を回して抱き付いた。幼い頃から何かある度に、僕達はそうして寄り添ってきた。彼は遠慮がちに僕を抱きしめる。


「王様が見ているよ」


 小声で言う。


「いいんだ。心配した、君の気持ちを思うと。早く《聖なる泉》を出たくてたまらなかったんだ」

「僕は……、君に近づかない方がいい。君を、苦しる」


 彼はそう言って、僕を引き離す。


「エラン?」

「しばらく、会わない方がいいんだ。僕達は……」

「どうして? 僕は苦しんだりしていないよ。君がいない方が嫌だ!」

「……僕は、苦しい」


 顔を歪めて、彼が言う。僕は訳が判らず、エランの腕を掴んで揺さぶった。彼の言葉が信じられない程ショックだ。セルジン王がエランに呪の魔法の内容を伝えたのだと理解出来たが、彼が離れていくとは思っていなかったのだ。


「どうして? エランと会わないなんて、僕は嫌だよ! ねえ、そんな事言わないでくれよ、エラン!」


 僕は必死に、溢れ出しそうになる涙を堪えた。そんな僕の手を、彼は払いのける。記憶に無い状態で黒い渦を出し、僕を苦しめた事が彼の心を傷付けているのだ。だから僕と距離を置こうとしている。


「僕は、君を苦しめる。だから会いたくない!」

「嫌だ!」


 僕は癇癪(かんしゃく)を起こしそうになった。彼に精神的に完全な依存をして生きて来たのだ。その事を嫌という程思い知らされ、ますます混乱が増す。離れ離れになる等、考えられなかった。見兼ねた王が、二人の間に立つ。


「オリアンナ、エランはモラスの騎士に組み込まれる。呪を解くための努力は、惜しまないだろう。いずれそなたの元に戻る、しばらくの辛抱だ」

「モラスの騎士……」


 僕は王の側に控えていたルディーナを見た。彼女は恥ずかしそうに頷く。呪いに支配されそうになった時は、モラスの騎士達といる方が彼は安心出来るのだろう。それは解るがエランを取られたような気がして、僕は腹が立った。考えてみると、彼と離れ離れになるのは、レント城に部屋を設けられた時以来だ。僕の目から涙が、溢れ出した。


「本当に戻ってくる?」


 涙で彼が見えない。エランは僕の顔を見ずに頷いた。


「戻るよ、必ず……」

「…………じゃあ、待ってる」


 僕は泣きながら、そしてルディーナに腹を立てながらも、全て一任する意志を伝える。


「エランを……、お願いします」


 ルディーナはおずおずと僕の前に来て、そっと手を差し出した。僕はまた大人の彼女の意志を伝えられると思い、躊躇しながら手を出す。つないだ手から伝わってきたのは、柔らかく包み込むような意識だ。《王族》の血を引く者達が使う魔力。彼女に対する苛立ちが、優しい気持ちに包み込まれ溶け出す。


「あなたも、《王族》みたいだね。義母上(ははうえ)やマールさんみたいだ」


 僕はそう言いながら、増々子供みたいに泣いた。ルディーナは僕の頭を、優しく撫で慰める。エランは厳しい顔付きで僕の側を離れ、数名のモラスの騎士と共に霧に紛れた。そうして僕の涙が止まる頃、王が冷静に指示を出す。


「さあ、大学街へ急ぎ帰ろう。図書館の探索をせねばならぬ」






 国王軍は僕が出せる最高速度の馬脚に合せて、急ぎ大学街へ戻った。セルジン王がなぜこんなに急ぐのか、僕には解らない。


 大学街は相変わらず、深い霧に沈んでいた。僕の到着と同時に、深い霧が薄れ始めたように見える。〈堅固の風〉の影響だと感じたが、僕を驚かせたのは王の言動だ。


「まずい、このまま図書館へ直行せよ!」


 王は何かを焦っている。霧が晴れる事で、何か不具合が生じるのだ。それに兵達が城門内に、入ってきている事も気になった。通常兵は人数の多さから、城門内に入れない。アレイン率いる前衛部隊が、図書館へ向けて先に動く。学生やここに住む人達が、驚いてしまうのではないかと心配になる。王のいる本隊も前衛部隊に続いた。不思議な事に、大学街に人の気配がない。


 どうしたんだ?

 あんなにいた学生達の姿が無い。

 授業の時間なのか?


 国王軍を導いているのは、この大学の出身の騎士だろう。深い霧が覆う迷路のような大学街の道を、迷う事なく馬で突き進む。僕は自分の通った後の霧が薄れていく事に興味が湧いた。この霧は何を隠しているのか、周りを見回す。すると上空に黒い影が飛び交っている事に気が付いた。


 あれは……、屍食鬼?


 そう思った途端、前方に何かが燃えながら落ちてくる。そして大きな翼の羽ばたき。


「気にするな、急ぎ図書館へ」


 王の指示に、止りかけた騎士達が再び速度を上げる。その後二度三度と燃える物体が落ちて来て、それが屍食鬼である事が解りかけた時、獣の叫び声が聞こえた。


 竜だ!


 僕は慣れぬ駈歩(かけあし)を必死に(こな)しながら全力で王の後を追い、馬を走らせる。


「国王陛下、竜が……」

「判っている、しゃべるな、舌を噛む。レント領へ行くように伝えたのに、残ったのだ。屍食鬼に出くわしたのだろう」


 その時、僕を乗せた馬のすぐ前に燃える屍食鬼が落ちてきた。馬は棹立ちになり、僕は馬から落ちる。無意識に魔力を使ったのだろう、旋風が落下する僕をゆっくり押し上げ、怪我する事なく地面に舞い降りた。


 何か異常な事態が目に飛び込んでくる。王が隠したがっていた事が明らかになる。旋風が僕の周りの霧を完全に追い払い、現れたのは乾いた血に塗れた武具と、引き裂かれた血まみれの衣類。あちこちに散らばる戦闘の痕だ。


 僕の背に、戦慄が走る。

 そして、屍食鬼が降りてきた。

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