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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第二章 メイダール大学街
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第十四話 《聖なるメイダールの泉》

 僕は《聖なる泉》へ向けて、駈け出す。レントの《聖なる泉》では物珍しさもあり、ゆっくり観察しながらの入場だったが、トキの言葉通りならそれどころではない。ここが魔界域の闇に呑まれてしまったら、大変な事になる。


 そして何よりエランの事が、心配でたまらなかった。〈門番〉に入場を拒否されたのは、ハラルドに掛けられた呪の魔法のせいだ。混乱を来たして自暴自棄になるエランではないが、テオフィルスの言葉もあり苦しむ事は確かだ。少しでも早く、彼の側に戻って支えたい。


 門をくぐろうとした時、何かが聞こえて立ち止る。見上げるとレントの《聖なる泉》では僕の身長の五倍近くあった門が、半分ぐらいの高さになり一番上の楔石を明確に見る事が出来た。存在を主張する不思議な楔石は、大きな花の中に女の人の顔が浮き彫られた物だ。その浮彫は生きているように、僕を見下ろしている。


 気にはなったが行こうとした、その時……。


(マ……シ オン……)


「え?」


 浮彫の想いが、僕の心に響いてきた。


 誰かを待っている、ずっと昔から……。


 浮彫を見直したが、目に映ったのは唯の白い石の像。僕を見下ろしている気配は消えていた。


「…………」


 気を取り直して《聖なる泉》へ、足を踏み入れる。レント領の《聖なる泉》では、広大な庭園や、バラ園が一足ごとに入れ替わり現れたのに、この闇に染まりかけた《聖なる泉》で現れたのは、徐々に荒廃していく風景だ。


 枯れた庭園、崩れた城壁、汚泥の(あふ)れた泉、ひび割れた大地、渦巻く暗雲、城が砂のように崩れる。一歩踏み出す事にそれらを目にしては気持ちが萎えるので、見ない事にして駆け抜ける。


 どのくらい走ったのか判らないが、一向に水の流れる音が聞こえない。僕の焦りは、徐々に恐怖に変わり始める。このままの状態が続き、《聖なる泉》の外に出られなくなる恐怖に、僕は立ち止った。目の前には無数の壊れた石像が、まるで戦いに敗れた戦士達のように地面を覆っている。巻き上がる石の塵、僕の頬をなぶる荒廃の冷たい風。耐えられなくなって叫んだ。


「泉の精、いるんだろう? なぜ、出てこない? 僕の入場を許可したんなら、声ぐらい聞かせろ!」


 すると、目の前の景色が不意に揺らめく。

 微かな声が聞こえた。


『……水……を……』


 水?


 僕は咄嗟に、腰に提げていた水袋を取り出し、栓を外して水を足元に垂らした。すると足元から強烈な光が出現し、僕は目を庇う。何かが取り除かれるような気配がする。荒廃の冷たい風が止み、繁茂の圧倒的な熱気が上昇した。


『ありがとう、オリアンナ姫。あなたを待っていました』


 僕は手を離し、ゆっくり目を開いた。放射状に伸びる階段庭園の途中に、僕は立っていた。レント領で見た物より、幾分大きい。水が緩やかに上に流れていく音が、心地良く僕の耳に響く。僕はホッとして階段を降り、中央の泉に辿り着いた。(ひざまず)いて水袋に水を入れようとして手を止める。


「泉の精、なぜ姿を現さない?」

『オリアンナ姫、私達は水の中に存在する者。(かたち)があって無い者です。仮初の姿が必要ですか?』


 僕は泉の中を覗き込んだ。清らかに湧き起る泉は激しく揺らぎ、僕の姿も、誰の姿も映さない。


「あなたは、ただ清らかな泉なんだね。出来れば、姿がある方が話しやすいけど」


 泉の精の涼やかな笑い声が聞こえた。覗き込む水中に、魚とも人とも思える透明な形が現れ、水面から顔を覗かせた。


『さあ、エドウィンの伝言を受け取りなさい』


 僕は頷き、水袋で水を汲んだ、すると……。


 円形の泉の上に、十一年前の父エドウィン・ルーザ・フィンゼルの姿が現れたのだ。レント領で見た時は、驚きの方が強く余裕がなかったが、今回は二度目のせいか、僕は十一年前の父を観察した。


 緩やかな長い金髪は、僕の髪の色そのもの。浅黒い肌と真青な瞳はテオフィルスを連想させる。父の姿は、最初に見た時よりも、少し元気がないように見える。彼は未来の娘に語りかけた。


「オリアンナ、ここまで無事に旅する事が出来ただろうか? 君は今、セルジン国王陛下と行動を共にしているのだろう? 成人の君は、おそらく陛下の婚約者と目されるだろうな」


 僕の心臓が跳ね上がった。本当はまだ成人ではないが、既に婚約破棄されているから、父の予想を上回っていて少し悲しい。僕をまた王の婚約者にと、望む者は多くいる。エランという王配候補がいながら、心の中では僕自身が、一番それを願っている。


「だが、セルジン王は水晶玉に取り込まれた段階で、人間ではなくなったのだ。《王族》同士は惹かれあうというが、私は君が国王の婚約者となる事には反対する!」


 僕は驚きに身を硬くして、父を信じられない思いで見た。父はただ前を見て話し、僕を見る事はない。時間という壁が、二人を阻んでいた。


「成人の君がどんな気持ちでいるのか、私には量り兼ねるが、親として反対する」

「父上……」


 僕は項垂れた。過去の一方的な父ではなく、今を生きる父と話がしたい。王に惹かれていく気持ちを、止める術があるなら教えてほしかった。親に反対されたからといって、気持ちを変えられる程、単純な問題ではない。


「君にはアルマレークに婚約者がいる」

「え?」


 知っている……、父上が?


 《王族》は国外に出る事は禁じられている。父がその事を知らないはずがない。


「この婚約は七竜が定めたもの。君の半分はアルマレーク人で、七領主家に生まれた以上は、君自身に作用する」


 何の事だ?


「いずれ〈七竜の王〉テオフィルス・ルーザ・アルレイドが、君を迎えにエステラーン王国へ来るだろう。君達は出会った瞬間に、自然に惹かれあう」

「ええっ?」


 僕には、父の言っている事が理解出来ない。ただ驚き、父を見つめる事しか出来なかった。


 惹かれあうって……。


 突然、僕の心にテオフィルスの真青な優しい瞳が思い浮かび、首筋の毛が逆立つような感覚を覚えた。僕は激しく首を横に振って、その感覚を打ち消す。


「七竜の定めた一対(いっつい)は、運命そのものだ。君達は国を越えて、結ばれる。私は君を、セルジン王に渡す気はない!」


 驚愕の表情で、父を見た。僕が生まれた時にエステラーン人として認めておきながら、今更アルマレーク人としての運命を告げる父が信じられなかった。頭を抱えて地面に座り込み、激しい怒りに拳を握りしめた。


「勝手な事を、言うな!」


 父に対する反抗心が、メラメラと湧き上がる。


 アルマレーク人である父の目的は、エステラーン王国の征服にあったのではないかとすら思えてくる。《王族》の姫君を奪い取り、王国に戦乱の嵐を巻き起こす。そして百年前に果たせなかったアルマレーク共和国の領土拡張のために、国力の落ちた王国に攻め込む。


 半分自国の血を引く《王族》を、傀儡(かいらい)の女王として据え、〈七竜の王〉を王配にして、エステラーン王国の《王族》の血を、アルマレーク共和国の血統とする。そうして、強大な魔力を秘めた二つの水晶玉と領土を、完全に共和国の一部としてしまうのだ。


 僕は十一年前の父を、憎悪を込めて睨みつけた。


「この事は、オアイーヴも承知している。私達が果たせなかった夢を、君に託す。愛する、オリアンナ……」

「……夢?」


 父エドウィンは、優しく微笑み消えた。

 僕は父が消えた水面を、ただただ見つめた。


 ―――私達が果たせなかった夢?


 母を思った。《王族》である事を捨てた母。娘をエステラーン人として育てた母が、アルマレーク人としての運命も承知していたとは。《王族》の血が他国に流れる脅威を、一番理解しているはずの母が、水晶玉の魔力を一番知っているはずの母が、……承知したとは。


 《……私達が果たせなかった夢を、君に託す。愛するオリアンナ……》


 父の館に今も並ぶ、二つの紋章旗が思い浮かんだ。故国を捨てた父の想いは、あの紋章旗に示される、両国を結ぶ夢――――――。


 僕の頬に涙が伝い、流れ落ちた。

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