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第四話 運命の竜騎士 

 カランという何かが落ちた音で、僕は目を覚ました。身体がだるく、かけられた毛布が重く感じる。熱を出して、倒れた事を思い出した。


 蝋燭の薄明かりから、今が夜である事が分かる。狭い僕の部屋に、三人の大人、ベッドの横に男が一人うたた寝をし、入口に護衛騎士が一人、そして長持ちを確認しようとする女が一人。


「ねぇ、水をくれないかな」


 突然の呼びかけに、女は驚き振り向いた。見た事のない侍女、二十歳くらいの可愛い感じの顔が、にっこり微笑む。


「はい! オリアンナ様」


 水差しから杯に水を移しながら、女は音がした長持ちの方を気にしている。

 警戒心が強いな。バレないといいけど……。


 長持に仕込んである仕掛けは、エランが秘密基地にいる時の呼び出しの合図で、早めに紐を引かないと帰ってしまう。僕の部屋は、改築前の古い城の三階にあり、領主でさえ把握していない抜け道がある。三年前に見つけて以来、たびたび内緒で城を抜け出していた。


 この三人を、部屋から追い出さなきゃ。それとも、合図に気付かなかった事にするか……。

 いずれにしても落ちた板を、元に戻さなければ次の合図が分からなくなる。


 侍女はうたた寝をしている男の肩を揺り起こし、男は飛び起きて反射的に僕の熱の確認をする。服装から医師の弟子なのだろう、看護に慣れていて、すぐに席を立ち部屋から出て行った。


 医師を呼びに行ったな、あと二人。

 女が僕の肩を持って抱き起こし、甘い水を飲ませてくれる。

 キラの蜜入り、美味しい……。

 少し元気が出た。


「見かけない顔だね。国王軍の人?」

「はい。ミア・メリマンと申します」

「え? メリマンって、トキさんの……、妹?」

「いえ、妻ですわ」


 あの怖そうな人に、奥さんがいるんだ。こんなに可愛い(ひと)が? 

 怪訝な顔をしていると、嬉しそうに笑った。


「ふふ、意外でしょ。結構優しい(ひと)なんですよ」

「そう……なんだ」


 想像がつかない。不意に追い払う方法を思いついた。


「あのさ、ベイメって侍女を呼んできてくれない。僕の元侍女なんだけど」

「ベイメさんですか? ……どちらに?」

義母上ははうえの部屋近くの侍女部屋だよ。ちょっと遠いけど……」

「分かりました。お呼びしますわ」


 ミアは礼を取って、急いで部屋を出て行った。ベイメは元侍女だけど、二年前に病死している。入れ替わりの激しい侍女達の間で、ベイメを知る者も少なく、養母サフィーナの部屋はここからは遠いので時間を稼げる。


 あと一人、二十代半ばの近衛騎士が、抜かりない様子で長持を気にしている。

 真面目そうな騎士だな。


 毛布をマント代わりに裸の身体に巻き付け、熱でよろけながら無理にベッドから下りる。騎士は慌てて支えようと近寄ったが、毛布が肩から肌蹴た事でためらい立ち止まった。安易に《王族》の若い女性に触れるのは、不敬罪に問われる危険がある。


「大丈夫だよ、着替えたいだけだ。外に出てくれないかな」


 毛布を肩に掛け直しながら、少し大げさに辛そうにしてみせた。騎士は戸惑いながら、反論する。


「しかし、殿下を守るように命令されております。お一人になるのは危険です!」

「ここは安全だよ。僕の部屋なんだから」

「魔王相手に、安全はありません!」


 その通りだ。良い近衛騎士だが、長引くと医師がやって来る。僕は顔を(しか)め辛そうに頭を抱え、騎士を困らせた。


「あなたがいると、毛布を取る事が出来ないんだ。着替えられないよ」

「…………判りました。外にも騎士達がいますから、何かあれば必ず声掛けして下さい! すぐ別の侍女を呼んできます」


 困り顔の騎士は、慌てて出て行った。


 よろけながらすぐに扉の鍵を掛け、しばらく誰も入れないようにする。急いで着替えて長持の蓋を開け、底板を外した。下には抜け道になる空間が、通路の天井近くの小さい窓から入る月明りに照らされて広がる。


 なんだか、陛下にバレたら怒られそうだ。

 セルジン王の事を考えると、胸が締め付けられた。


 合図になる(ひも)の付いた板が、倒れている。エランの呼び出しの仕掛けだ。

 僕が熱を出しているの、知ってるはずなのに呼び出すなんて、何か急用かな? 王配候補って言われて、変に勘違いしてないといいけど……。


 動いたせいで熱が上がり、だるさが増す。外からは見えない壁の裏側の抜け道に、縄梯子を使って降りようとした。熱のせいで身体がふらつく。なんとか縄梯子にしがみ付き、少し降りたところで眩暈めまいがして、縄梯子から手が離れた。



 しまった!



 後ろ向きに身体が落ちてゆく。床は粗削りな石畳、頭から落ちれば大怪我、運が悪ければ死んでしまう。


 一瞬の恐怖の後、誰かが僕を抱きとめた。人がいるはずのない場所に、人がいたのだ。先程の騎士の言葉を思い出した。


《魔王相手に、安全はありません!》


 僕を抱きとめた者が、耳元に低い声で(ささや)いた。


[この程度の高さから落ちるなんて、情けない奴。まるでヘタレ小竜だな]


 エステラーン語ではない聞き覚えのある言語、僕には意味も解る。 


 ……アルマレーク語だ!


 隣国アルマレーク共和国の言語で、家庭教師以外から聞いたのは、初めてだ。百年ほど前にエステラーン王国とアルマレーク共和国は敵対し、それ以来、両国に国交はない。僕の父の国。


 なぜ秘密の抜け道にアルマレーク人がいるのか、どうやって入り込んだのか、僕は緊張しながら、抱きとめた相手を見上げる。薄明りの中で確認できるのは、背が高い、エランより少し年上の男。腕の筋肉の付き具合から、戦士と分かる。


「お前、熱があるのか?」


 今度は流暢(りゅうちょう)なエステラーン語で話かけてきた。高い教育を受けてきた証明。


 僕は慌てて着替えてここまで来たので、胸の(さらし)を巻き忘れている事に気付き、驚愕した。抱き留められた時、男がどこを触ったのか、まったく覚えていない。厚手の服だから、大丈夫な可能性もある。


 女だと知られたら、厄介だ。アルマレーク人じゃ、なおさらに!

 必死にもがいて、男の腕から逃れ、もう一つの出入り口へ走る。


「待て! 呼んでおいて、逃げるな!」

 

 呼ぶ? 何の事だ?

 気にはなるが、アルマレーク人とは関わらない。父の国に連れ去られる危険があるからだ。


 僕の父エドウィン・ルーザ・フィンゼルは、隣国アルマレーク共和国の領主家の一人息子で、次期領主だった。でも、エステラーン王国の《王族》である僕の母オアイーヴと恋に落ち、故国を捨てた。アルマレーク共和国が、僕を連れ戻しに来る可能性は十分ある。


 やっと陛下と一緒にいられるのに、アルマレークに連れ去られてなるものか!

 

 背後から突然、強烈な光が湧き起こった。僕は眩しさに目がくらみ、熱のせいもあり、走る速度が落ちる。後を追ってきた男に、左手を掴まれた。


[うわっ!]


 男が驚きの声を上げて、すぐに手を離したため、反動で僕は地面に倒れ、熱の苦しさもあり、起き上がる事が出来なくなった。見下ろす男が手にしているのは、僕の持っている物より大きい月光石。僕の全身ぐらいは、簡単に照らし出す。


「お前は、アルマレーク人だな。泉の精と取引したのか? 危ない事を……。その左手……、魔力が強すぎて身体が拒否している。熱があるのは、そのせいだ」


 男が真剣な眼差しで、全てを見通すように見つめてくる。


「七竜の許可が必要だ」


 何の事か意味が分からないが、泉の精の魔力を理解している事は確かだ。


「お前の竜がまだ見えないが、呼ばれた理由は理解出来た。お前は、竜騎士だ」

「な、何の事だ……、あっ!」


 僕の熱くなった額に、男が左手を当てる。


[お前の七竜に代わって、泉の精の魔力の受け入れを、許可する!]


 アルマレーク語で呪文のように唱えられた瞬間、何かが身体の中を通り抜けた。それは熱を拭い去り、身体が軽く気分が良くなる不思議な言葉。



 七竜――――アルマレーク共和国を支配する、堕天した竜神達。元は天界の神々と戦い破れ邪竜とされた一匹の竜神を、七つに引き裂き生まれた。アルマレーク人は、その神々を崇めている。



「魔法使い?」


 接触を取らないつもりでも、あまりの不思議さに思わず聞いてしまった。男は無表情で見つめ返す。


「魔法使いじゃない。俺の名はテオフィルス・ルーザ・アルレイド。アルマレーク共和国リンクルクラン領の竜騎士だ」

「……竜騎士」


 昔、アルマレークの竜騎士が、レント領に攻め入った。城のあちこちにある浮彫には、多くの竜騎士の脅威が描かれている。僕は警戒した。


「ありがとう、身体が楽になったよ。でも、なぜアルマレーク人がここにいる?」


 緊張しつつ、照らし出されたテオフィルスと名乗る男を観察する。異国の鎧を装着し、背に弓矢、腰に中剣と小型の盾。浅黒い肌に真青な瞳は、強い意志を持つ、精悍な顔付きの美形だ。

 吸い込まれそうな、綺麗な瞳……。なんだか、かっこいい。

 不本意だけど、そう思う。


「俺の七竜が、ここで待つように伝えてきて、そうしたらお前が現れた。竜騎士の体型を持つ、お前の名は?」

「オーリン・ボガードだよ。僕はエステラーン人だ、アルマレーク人じゃない」

「オーリン・ボガード、それだけ? 名前の後ろに、ルーザかルーネが付いてないのか?」

 

 鳩尾(みぞおち)の辺りが、緊張した。僕の本当の名前は、オリアンナ・ルーネ・ブライデイン。ルーネが付いている!


「付いてないよ。でも……、もし付いてたら、どうする? アルマレークに、さらって行くのか?」


 好奇心から、聞かずにはいられなかった。テオフィルスは微笑む。


「その通りだ。アルマレーク人は子が生まれると、体形を見て名付ける。竜に乗れる者には、竜騎士の運命を名づける」

「え? 竜騎士の運命?」

「そう、竜騎士だ! 男であればルーザ、女であればルーネ。ルーザとルーネは必ず竜騎士になる、例え異国に生まれてもだ!」


 僕の背筋に、戦慄(せんりつ)が走った。

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