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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第二章 メイダール大学街
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第十一話 白い闇に潜む者

「セルジン様、来ます!」


 モラスの騎士総隊長ルディーナの王に対する名前での呼びかけが、僕にとっては衝撃的だった。二人がとても仲の良いように見えて、嫌な気持ちになる。そう思っていると、僕の横にいる王が顔を(しか)めて呼びかけた。


「オリアンナ、そなたの感情は外に漏れすぎだ。もう少し押さえてくれ、気が散る!」

「え?」


 何の事か、解らない。


「陛下、あの者です!」


 ルディーナが王の呼び方を変えた。二人の様子から、僕の心が読まれている事に狼狽える。彼女の言葉と同時に目の前の霧が晴れ、背に黒い翼のある一人の少年が姿を現した。


 ハラルド・ボガードだ。


 彼の歪んだ口元には、残忍な笑みが浮かんでいる。


『やあ、オーリン、ずいぶん厳重な守られ方だな。お前に近づくのが、難しいよ』


 モラスの騎士達が剣を手に、彼を取り囲む。ハラルドは一歩前に進もうとして、まるで弾かれるようにその姿を歪める。歪んだ彼の姿が片手を上げると、突き上げる振動が起こり、僕を乗せた馬が動揺する。


 白一面の霧の中で地の底から湧き上がる汚泥のような黒い渦が、足元から馬ごと僕を丸飲みした。恐怖で、息が荒くなる。黒い渦から無数に飛び出る魔物の口が、一斉に僕に襲いかかる。僕は馬上で身を縮め(よじ)り、バランスを崩して落ちそうになる。


「うわっ」

「幻覚だ、狼狽えるな!」


 冷静な王の声が聞こえる。王の姿を思い浮かべると魔物の口も暗闇も消え、王が僕の横に再び姿を見せた。僕は青ざめた顔色で、肩に腕を伸ばし抱きしめようとする王にしがみ付く。攻撃を受けているのが、嫌という程理解出来た。モラスの騎士達と王がいなければ、僕はどうなっていただろう。


 ハラルドが(あざけ)るように笑う。


『アーハッハッ、オーリン、僕の義弟(おとうと)。お前は女なんだな。そうと知っていれば、僕の女にしてやったのに』


 気分が悪くなる。彼に陵辱され、なぶり殺された女を何人も知っているからだ。ハラルドの残虐性は幼い頃からのものだ。何度も殺されかけ奇跡的に生き残ってきた僕は、彼の挑発には乗らない。


「汚らわしい身で、本当にオーリンの姿が本当に見えるのか? 闇に馴染んだ今のそなたの目は、光に包まれた者を見る事も出来まい。触れて傷付くのは、堕ちたそなたの方だ!」 


 セルジン王が逆に挑発を返す。憎しみに満ちた表情を浮かべて、ハラルドが腕を振った。するとその腕から屍食鬼の大群が飛び出し、こちらに襲い来る。恐怖から、王にしがみ付く。王は長剣を振るい、屍食鬼の幻覚は、一瞬で霧散した。


「そなたは元来、魔界域の住人。《王族》や天界人に憎しみを向けるのは当然だろう。幼いの頃からの悪行に〈契約者〉となる予想はついていたが、領主の子として大目に見て来た。だが〈契約者〉となった以上、それも終わりだ!」

『ふん、僕は殺せないよ』


 ハラルドの周りから、これまでにない憎悪の黒い渦が沸き起こる。


「……愚かな、子供だ。魔王が水晶玉から解放されれば、そなたも終わるものを!」


 王が挑発を繰り返す。そんなに刺激をしたら、攻撃が彼に集中するのではないかと、僕は心配になる。黒い渦は蜷局を巻いて、槍の如く王を貫こうとする。気味の悪い恐怖の塊が、凄い速さで近付く。


 その時、セルジン王は僕を抱きしめる左手に剣を持ち替え、右手を黒い渦の進行を阻むように前面へ押し出す。黒い渦が到着した瞬間、全て王の右手に吸い込まれ消えた。ハラルドの顔が引き攣る。


『私はそなたの主と同じ、水晶玉の魔力の影だ、それは通じぬ。去れ! 〈契約者〉、目障りだ!』


 王の身体から一筋の光が躍り出て、ハラルドを貫いた。彼はまるで拗ねた子供のような表情で、王を恨み睨む。そして消える直前に、僕に歪んだ笑みを見せながら一点を指差した。


 その一点――霧深い白い闇の中から、エランが現れたのだ。ハラルドが消えた後に、別の恐怖がやって来た。エランと対峙する恐怖だ。呪の魔法を掛けられた彼は、まるで誰かが憑依しているように、彼本来の表情を欠いて立っていた。


 モラスの騎士達が、エランを取り囲む。僕は馬を降りて駆け付けようとしたが、馬上で王に腕を掴まれ降りる事が出来ない。


「離して下さい、陛下」

「ならぬ! 彼等に任せておくのだ。私の側を離れるな」

「でも、エランが……」

「オリアンナ、よく見るのだ」

「え?」


 王は僕を、エランの方へ向かせた。よく見ると彼の周りに黒い渦が取り巻き、それは一つの形を作り始めている。翼のある人か獣か判らないものが、彼の周りを覆い同化したがっているように見えた。


「エランに掛けられた呪の魔法は不完全だ。額飾りの魔力が効いていても、屍食鬼になってしまう者が多いというのに、彼の意志の抵抗が強い」


 僕は愕然とした。


「まさか、あのまま屍食鬼に?」

「落ち着け、彼は屈しない、そなたが寄り添う限り。見るがいい、額飾りが光を帯びている。あんな状態でも希望を失っていない証拠だ。彼はいずれハラルドの呪を打ち破る、必ず!」

「…………」


 王の言葉は希望を感じさせたが、実際のエランはとても苦しんでいるように見える。


「早く助けて下さい、苦しんでいる」

「まだ完全に現れていない。まだだ」


 黒い渦は今やエランを乗っ取るように、完全に屍食鬼の形を取り始めている。次の瞬間エランの周りに、緑色の光が輝き始めた。


「陛下!」


 ルディーナが冷静に呼びかける。王は右手を前に突出し、先程ハラルドの黒い渦を吸い取ったように、エランに覆い被さる黒い渦を吸収し始めた。僕は王の魔力に驚き、また心配になる。影とはいえ、黒い渦を二度も吸い取るのだ。セルジン王の顔が苦痛に歪み、王の影の濃さが増した。


 今まで、どれだけの影を吸い取ってきたんだろう?

 王の魔力が魔王のそれを下回ったのは、こんな事を繰り返してきたからじゃないのか?


 屍食鬼の黒い渦をすべて吸い取り、王は大きな溜息を吐いた。僕は支えたくて、王に触れた。


「構うな、私は影だ。苦痛は無い」


 そう言いながらも、王の影の身体が揺らめいている。心配している僕に、彼は微笑みを向ける。


「エランの心配をしなくて良いのか? モラスの騎士達が彼の身体を守ったが、意識を戻させるのはそなたの役目だろう?」


 僕は激しく首を振った。最初に助けなければならないのは、セルジン王だという事が嫌という程判る。僕は王の首に片腕を回し引き寄せる。彼は一瞬、僕が何をしようとしているのか判らなかった。


「どうした?」


 僕の唇が、王の唇と重なる。

 王はすぐに僕を、引き離した。


「それは通じぬ! 私は影だ、《王族》の魔力は効かぬ。早く、エランを……」

「あなたを、助けたい!」


 王の瞳に、怒りが混じる。


「エランを助けたくないのか、死ぬぞ! 早く行って、彼を救え!」


 憤る彼の命令に、僕は泣きながら馬を降りた。王に《王族》の魔力は効かない、王の《王族》の魔力は普通に効くのに、逆はありえないのだ。どうしたら王を救えるのか途方に暮れながら、エランの元へ走り寄る。王に心を奪われながらも、やはりエランも大事だと思う。


 僕は、子供だ。


 ルディーナの横を通りながら、そう思った。モラスの騎士達はエランを守る。彼を殺す存在と捉えていた猜疑心を、僕は恥じた。




 セルジン王は今のオリアンナの行為に、苛立ちを覚えていた。自分を救おうとする彼女の心を、受け止める事は出来ない。死は当然のように来るべきものだ、それを阻もうと彼女はしている。自分の守るべき存在が、警戒するべき存在へと変わってしまった事に、王は苛立ちを覚える。


 そして何より、無意識にオリアンナ姫に惹きつけられそうになる自分自身を、一番に警戒した。


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