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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第二章 メイダール大学街
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第九話 ハンカチの意味

 翌朝早くに学長の館を後にし、メイダールの《聖なる泉》へ向けて出発する事になった。僕は護衛達と共にケイディス学長の館を離れ、集合場所へと歩いている。


 昨夜の会議は深夜まで続き、気が付くと僕はベッドで朝を迎えていた。どうやら会議の最中に寝てしまったらしい。一体誰に運ばれたのか、寝ている状態を考えると恐ろしい。


 まさか、陛下と皆の前で変な寝言……、言ってないよね?


 朝一番に大慌てで、セルジン王に謝りに行く。王は涼しい顔で笑いながら、僕を迎えた。


「気にするな。そなたが寝た後、会議は終わりにした。そなたは軽いから、運ぶのも楽だな」

「すすすす、すみません!」


 僕は真っ赤になって謝った。王には何度も運ばれているのに、今更その事に恥ずかしさを覚える。王の側に居ても簡単に触れる事が出来ないくらい彼を意識し、鼓動はリズムを速め苦しい幸福感に思考は停止する。王の横の席での朝食も、ほとんど何を食べたのか憶えていない。


 今日は昨日より、霧が濃い。学生達が霧の中を横切る姿は、輪郭が霞み幽霊じみて見える。集合場所へ到着すると、先に来ていたセルジン王の姿だけは真っ先に見つける事が出来た。


「あの……、大学街の霧は、晴らさなくて良いんですか?」


 やんわり聞くと、王は困った顔をしながら微笑む。


「必要な事を、終わらせてからだ。それより、アルマレーク人に助けられたお礼を言わなくて良いのか?」

「え?」


 怪訝な顔で王を見つめた。王は大学街を取り囲む城門方向に、顔を向けた。その城門の向こうに、テオフィルスがいるのだろう。


「彼がそなたの部屋に現れたのは、怪我の状態が気になったからだろう。治っていないようなら、七竜の魔力で治すつもりだったのかもしれない」

「そう……ですね」


 目的は解らないが元気なところを見られたのだから、礼に出向くのは当然。彼に出会ってなければ、霧魔に殺されていたかもしれないのだから。


「わかりました。嫌だけど、会ってきます」


 僕は余程嫌そうに言ったのだろう、王が面白がるように笑った。


「その方が良いだろう。今頃、アレインが彼にジェイルダン共和国への使者としての要請をしているところだ。彼の気分を害する事のないように気を付けてほしいが、何か条件を出してきたなら、私に直接言えと伝えよ」

「はい」


 事は急を要する。こうしている間にも、魔王が他国へ侵攻し始めているかもしれない。 


「では、すぐに使者として出立を?」

「いや、《聖なる泉》から大学街までは同行してもらう。こちらとしても、霧魔の脅威から守られる。心配なのは、そなたとエランだ」

「絶対に、悟らせません!」


 本当はもう気付かれている、そう思いながらも表には出さない。鋭い王に知られるのが怖かった。


「そうだ、悟られてはならぬ。それから、エランと彼を出会わせないよう気を付けるのだ。エランは特殊なものが見える。七竜の魔法を使うテオフィルスを、完全に見る事が出来るようだ」

「……はい」


 エランはそんなに不思議な存在だったとは、あまりにも近くに居過ぎて、まったく気が付かなかった。僕に付きまとっているテオフィルスに、彼は完全な憎悪を持っている。


「アルマレーク人はアレインと共に城門近くにいる。エランの注意は私が逸らしておこう」


 僕は、頷く。


「今のエランを刺激するのは危険だ。アルマレーク人が出立するまでは……、良いな」

「はい」


 王の側を離れ、僕は天幕に戻り、長持からテオフィルスのハンカチを取り出した。〈契約者〉となったハラルドに傷付けられ、傷の出血を防ぐためテオフィルスが当て布替わりに使ったハンカチだ。これを持っている訳にはいかない。


 縁に綺麗なレースが施され、おそらく彼の生家アルレイド家か本人の紋章であろう、重なり合う二枚の翼の中に飛び立つ竜の姿が刺繍された高価そうなハンカチ。血に染まった時には気が付かなかったが、どことなく良い香りがするのは、匂いを漂わせる糸でも織り交ぜてあるのだろうか。血を落すために丹念に洗われたのに、香りが残っている。その香りを嗅ぐと、彼の少し照れたような瞳を思い出す。


《俺の婚約者なんだ》


 頬が染まるのを感じ、僕は頭を振った。


 僕は、気が多すぎる!

 これだから、エランが不安に思うんだ。


 ハンカチを懐にしまい、テオフィルスの事を頭から追い出して天幕を出た。その後、馬留めまで行き、僕の馬から魔法の鐙を取り外した。残念だが、これも返した方がいい。また、馬に乗れなくなるかもしれないけど。




 この大学街はレント城塞に(なら)って、堅牢な城壁に囲まれ多くの塔に守られている。屍食鬼の攻撃から大学街を守るため、自警団の数が軍隊並みに多いとアンから聞いていた。学生達も貧富の差を問わず、最初に剣技を習う。メイダール大学出身者は国王軍にも多く参加している。その一人が僕を城門まで案内してくれた。濃い霧が漂う中を土地勘のない僕が、一人でここまで来るのは不可能だ。


「ここって、いつもこんなに霧に覆われているの?」

「それは無いですね。珍しいですよ、ここまで濃い霧が続くのは」

「そうなんだ……」


「必要な事を終わらせてから」霧を晴らすとセルジン王が言っていた。


 必要な事って何だろう?


 この濃い霧は王が発生させているような口ぶりだ。まるで何かを、人々の目から覆い隠している。


 いったい、何を?


 白い闇の中から、薄らと浮かび上がる城門の影。それがまるで、救いみたいに僕には思えた。




 城門を抜けると霧が晴れていると思い込んでいた僕は、軽い失望を覚えた。深い霧は城門内と変わらない。国王軍の大部分は城門外にいる。大勢の兵達の間を通って、アレインの元まで案内された。テオフィルスと避難民引き揚げの件で、打ち合わせしているところだ。アレインは僕が歩いて来る事に、少し驚いていた。


「オーリン殿下、馬はお使いにならないのですか?」

「うん。歩く方が好きなんだ」


 魔法の鐙を取り外したから、馬に乗れないとはさすがに言えない。


「悪いけど、彼と二人にしてくれないかな、お礼が言いたいんだ」


 アレインは一瞬顔を(しか)めたが、すぐに頷き横を通り過ぎる時に小声で注意する。


「彼は感が鋭い、気を付けて下さい」


 僕は「判った」と、無言で頷く。内心の緊張を隠しながら、テオフィルスに近づく。彼は曇った空を見上げながら、何でもない風を装って話しかけてくる。


「今頃礼なら必要ないぜ、ヘタレ小竜。昨日、この糖菓をもらったからな。旨いぜ、これ」


 そう言って、糖菓の包みを懐から出し、一つ頬張る。僕は彼に、微笑みかけた。


「ありがとう。君には助けられてばかりだ」

「ふん、偶然通りすがっただけだ。助けたつもりはない」


 僕は懐からハンカチと鐙を取り出し、彼に差し出す。アレインと護衛を去らせたのは、ハンカチを渡すところを見られたくないからだ。高価なハンカチを異性に渡すのは、愛の証を渡すのと同じ意味。実際に婚約した者達は、お互いのハンカチを愛の証として交換する。エランがいるのに、彼のハンカチを持ち歩く訳にはいかない。


「エアリスから預かった。直接感謝を言えなくて、残念がっていた。それから、魔法の鐙も返す」

「…………」


 エアリスと別人を装いながら、彼に渡した。無表情でハンカチと鐙を受け取り、テオフィルスはしばらくそれを眺めていた。


 早く懐にしまえ!

 いらぬ誤解を受けたくない。


 大人達が誤解しないかドギマギしながら、僕は周りを気にした。濃い霧に囲まれ、見えるはずもないのに気になる。男装して存在している事が、今の僕の頭からすっかり抜け落ち、女として焦っている。


「馬には乗れるようになったか?」

「え? あ……、ああ、乗れるよ。魔法の鐙のおかげだ、ありがとう!」


 彼は、にやっと笑う。


「これは、ただの鐙だ」

「は?」

「魔法の鐙なんて存在しない。お前は(だま)されて実力で馬に乗れたんだ。だから、これはもう必要ない」

「はああああぁ?」


 呆然とする僕の前で、彼は声を上げて笑った。


 騙された!


 魔法の鐙のおかげで安心して馬に乗れた感動と感謝は、全部僕の思い込みだったのだ。真っ赤になって顔を(しか)め、ぶりぶり怒りながら彼に背を向ける。


「おい、ハンカチは?」

「大声で言うな!」


 僕は振り返り、彼を精一杯睨み付ける。すると、あろう事かテオフィルスが受け取ったハンカチを口元に寄せ、僕を射抜く瞳で見つめながら、それにくちづけをした。僕は心臓が飛び出すかと思う程驚く。


「あ……、あああああのっ」


 僕は怒りとは別の意味で真っ赤になり、口を開けたまま硬直した。彼はハンカチを僕の手に押し付け、吸い込まれるような青い瞳で夢見るように言う。


「エアリス姫に、渡してくれ」


 僕の心臓は勝手に暴走し、口をパクパクさせながら言うべき言葉を、何とか搾り出す。


「ハ、ハハ、ハハハンカチの意味、わわわわわ判って言っているのか?」

「ふふ、当然だ。俺は、お前みたいに子供じゃない」


 彼は優しく微笑みかける。


「エエエ……エアリスは、王の婚約者だぞ! 僕に罪の片棒を担がせるな!」


 彼は声を上げて、清々しく笑った。


「フフンッ、小心者のヘタレ小竜め。絶対渡せ! いつかお前が解放された時に」


 最後の一言は、真剣そのものの表情だ。大混乱する僕をその場に残し、彼はアレインの元へ去って行った。


 解放された時って……、一体、何の事だ?


 僕はただ呆然と彼を見送る。手には愛の証のハンカチが、残されていた。


「どうするんだよ、これ……?」

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