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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第二章 メイダール大学街
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第七話 揺れる心

 何かが唇に触れた。そこから僕の中の毒が中和されていき、苦しみが緩和される。閉じた目蓋から、涙が溢れ出る。僕はゆっくり、重い目を開いた。


「怪我から回復したばかりなのに、無理をするな。見ているこちらまで、苦しくなる」


 セルジン王が心配して覗き込んでいる。王の長い黒髪が、もう少しで僕の頬に触れそうだ。その事に心が喜んでいる。


 こんな時に、僕は何を考えているんだろう……。


「弱ってきているな、皆が心配している。エランの事は私に任せた方が良い。彼の黒い渦に触れて、正気付かせる毎に倒れては、そのうち悟られてしまうぞ」


 浮上しかけた気持ちが、また暗く沈んだ。エランの状態を初めて聞かされた時、僕は宝剣の魔力を使った消耗から、完全に回復した状態にあった。僕にならエランを治せるという、根拠のない自信を持っていたのだ。彼の心を受け止めれば元に戻る、簡単にそう考えていた。


 彼が死にかけていた時、心の底から失いたくないと思ったからだ。僕はエランを好きなのだと、彼の心を受け入れようと思ったのだ。


 でも、ハラルドの呪の魔法は、エランではなく僕を(さいな)んだ。彼の黒い渦を受け止める度に、暗黒は僕に纏わり付く。まるで蛇に絡みつかれるように、僕を支配する。


「大丈夫です、今度は倒れたりしません。だから……、エランを取り上げないで下さい」


 セルジン王は、首をゆっくり横に振る。


「……今以上にそなたの状態がひどくなるようなら、私はそなた達を切り離す!」


 残酷なまでに冷静に、王は告げた。


「止めて下さい。彼がいなかったら僕は……、一人ぼっちだ!」


 エランと引き離されるのが嫌で、僕はなんとか起き上がり、泣きながら訴えた。王に任せれば、エランは誰を傷つける事なく呪いから解放されるかもしれないのに、身勝手な意見を口にする。結局は自分が大事なのだ。孤独が嫌だから、彼と離れる気になれない。


 なぜ、エランに執着してしまうのか?

 本当は王以上に、エランが好きなのではないのか?


「オリアンナ、彼だけが心の支えではないはずだ」

「エランを王配候補と認めたのなら、なぜ僕から取り上げるんですか?」

「そなたは彼といて、平気なのか?」


 王の言葉は、信じられないほどの衝撃となって心を傷つけた。涙が止まり、非難するように王を睨みつける。

守りたいと思う以上にエランを恐れ、黒い渦を無意識に拒否し、避けたくてたまらない状態が外見に現れている。それは普通に笑って過ごす彼との日常を、覆い隠すほどに。


 王の言う通り、いずれエランに悟られるだろう。それでも首を激しく横に振り、否定する。


「平気です! 僕はエランを屍食鬼にしたくない! 半変化みたいに彼が殺されるのは、絶対に嫌だ!」

「銀の額飾りを彼自身が外さない限り、屍食鬼になる事はない」

「……本当に?」


 王は頷く。


「だから、私に任せなさい。しばらく離れ離れになるだけだ、すぐにいつものエランが戻る」

「…………」


 肩を落として項垂れる。結局、僕には彼を助ける事は出来ない、そう思うと再び涙が溢れてくる。


「私に任せてほしい。そなたが魔界域の(けが)れに触れる等、私には耐えられぬ!」

「え?」


 意外な言葉に顔を上げ、涙でぼやけ王の表情を捉える事は出来なかったが、微笑んでいる事だけは解った。


「《王族》同士は惹かれあう、当然だろう? そなたが苦しめば、否応なく私に伝わる。耐えられぬのだ、そなたが苦しむ事が」


 《王族》の存在感が影響を与え合っている。王の孤独を僕が苦しく感じるように、王もエランの黒い渦に触れる僕の苦しみを感じているのだ。


 そんな事、考えてもみなかった……。


「唯一生き残った《王族》として、やはりそなたを妃にするべきなのだろう」


 セルジン王の妃にと言われ、状況も構わず期待に胸が躍った。婚約破棄されても、行動を共にして二か月。近くにいるほどに、恋しさが募る。

エランを守りたい気持ちを押し退けて、王への想いが口をついて出そうになる。


「僕は……」

「だが、残念な事に私は影、釣り合う立場には無い。まして死が間近だ、そなたを傷付けずに済む方法を考えるだけで精一杯だな」


 王がさり気なくかわす。


「助けます! 必ず、陛下を助けます!」


 僕は彼の手を取る。

その手を握り返しながら、王は自分の意志を通す。


「私の前に、自分自身を助けなければ。エランはそなたには荷が重すぎる、私に任せるのだ。良いな?」


 王の話術に誘導され、戸惑いながら(うなづ)く。


「エランを……、助けて下さい。国王陛下」


 僕は熱に浮されるように王を見つめ、彼は頷き、僕を横たえさせた。


「休むのだ、オリアンナ」


 そう言って手を離し、薬師マールに後を頼んで部屋を出て行った。




 後ろに控えていたマールと目が合い狼狽えた。セルジン王に対する感情の波に飲まれ、まだ鼓動の高鳴りが治まらない。薬師マールは何事もないように、優しい笑顔で爽やかな香りのする薬草茶を出す。彼の顔を覆う茶色の整った髭が、相変わらず輪郭をぼかし、謎めいて見せている。


「身を起こせますか? お飲み下さい。元気になれますよ」


 身を起こし渡された薬草茶を受け取る。鼓動の高鳴りが治まらず、杯を持つ手が震えた。彼は静かに笑って、僕の杯を取り上げる。


「元気の出るお茶より、心を静めるお茶の方が必要ですね。淹れ直します」

「す、すみません……」


 僕は真っ赤になって謝った。


《唯一生き残った《王族》として、やはりそなたを妃にするべきなのだろう》


 王の言葉は不思議な作用をもたらした。幸福感が全身を満たし、先程エランから吸い取った黒い渦の苦しみは、綺麗に消えて痕も残さなかった。こんな感覚は、初めてだ。


 僕は陛下が、好きなんだ。


 エランがいるのに、止められない感情が渦巻いた。鼓動は治まりそうもない。目の前に新たな薬草茶を差出されても上の空で、マールは苦笑しながら僕の手に、杯を無理やり握らせた。


「しっかりしなさい! 王を想うのなら、生きて助け出す方法を探す方が先決です。大学図書館の書箱の中身を探すのではないんですか?」

「あ……」


 僕の意識は、現実に引き戻される。


「まずは、薬草茶を飲んで落ち着いて下さい」


 薬草特有の埃っぽい草の匂い……、心が落ち着くというより大人の飲み物すぎて辟易(へきえき)した。甘みが欲しいと顔を(しか)めていると、マールが笑って糖菓をくれる。それを口にして、ようやく冷静さが戻ってきた。


「僕を妃にするべきって、初めて聞いた。陛下の言葉で……」


 マールと目を合わせないようにしながら、頬を赤く染めて言う。薬師は微笑みながら穏やかに頷く。


「オリアンナ姫と陛下が結ばれるのが、一番自然な流れだと思います。それは皆が思っている事。エランには可哀そうだが、彼では役不足です」


 残酷な話をしている、そう思いながら、薬草茶を全て飲み干した。


「エランの事は、陛下にお願いされて正解です。彼を大切に思う気持ちは解りますが、お身体の事も考えて頂かないと。普通の人間なら、とっくに死んでいますよ」

「普通の人間には、毒を吸い取るなんて出来ないよ。《王族》は変だ」


 《王族》は人を癒すと言われているが、王からその方法を聞いて僕は少し躊躇(ちゅうちょ)した。口から毒を吸い取る事を思い浮かべながら、相手にくちづけをする。吸い取った毒は、《王族》の身体の中で消えるのだそうだ。


「エランは幼い頃、身体が弱かったそうです。十歳まで生きられないと見なされていたとか。でも姫君が公爵家に来るようになって、徐々に丈夫になられたと家令殿から聞きました。《王族》の魔力は、素晴らしいと私は思いますよ」

「そうなんだ……」


 エランの身体が弱かったとは初耳だ。


 そういえば、小さい頃から挨拶のくちづけを交わしていた。

 いつの間にか、《王族》の魔力を使っていたのか?


 少しは彼の役にたっていたのだと思うと嬉しかった。


「殿下には大切な役割がある。陛下を生きてお救いする、それは殿下にしか出来ない事です」


 僕は頷く。


「我々の計画に陛下が参加した以上、単独で動く事が出来なくなりました。だから、姫君にお願いがあります」

「え?」

「陛下の側で、情報を収集して頂きたいのです。陛下は死を望んでいらっしゃる。生きる方法が見つかっても、握り潰す可能性があります」

「そんな!」


 僕は驚きにマールの腕を掴んだ。その手を彼は右手で握りしめ、強い眼力で僕の心を支配するように(ささや)いた。


「陛下を生きて助け出す方法を、あなたが掴むのです。陛下より前に!」

「僕に……、そんな事が出来る?」

「殿下にしか、出来ません!」

「……」


 確かに王が死を望んで、情報を握り潰す可能性は大きい。生きる希望をどうしたら取り戻せるのか、僕にはまだ方法が見えない。マールが〈抑制の腕輪〉を、僕に渡した。何かある度に腕輪を外し、〈生命の水〉の魔力で身体を急速に回復させていたのだ。腕輪を嵌めながら、王の孤独さを思った。


 一人水晶玉の中で時を止め、影として国王軍の中で大勢の人の死を見送ってきた王は、自らの死を望んでいる。徐々に荒廃していくエステラーン王国に、絶望しか見出せなくなっているのか、一番の理解者、王弟ドゥラスを亡くしたせいか。


 理解者……。

 僕は陛下の事を、何も知らない。


 僕が、遥か年上のセルジン王の理解者になれるとは思えない。まして身近に接し始めて、まだ一か月ぐらいだ。それでも《王族》同士だから、少しは理解出来るのかもしれない。


「陛下は、まだ会議?」

「ええ。ちょっと、大変みたいですよ」


 マールは微笑みながら、王が出て行った扉を指した。僕はその扉を見つめて、一人呟いた。


「陛下の事を、もっと知らなきゃ」


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