番外編 彼女を口説く十の方法(二)
番外編後篇です。
引き続きエラン主人公で、コメディです。
霧の大学街を迷う事なく目的地に辿り着いたのは、一個小隊の護衛の中に案内人がいたからだ。
「さあ、辿り着きましたよ、エアリス様。ここが「糖菓の花束」です」
オリアンナの友人の一人がメイダール大学街出身で、お勧めの糖菓店は可愛らしいお菓子の家の風情だ。糖菓の大好きなオリアンナは目をキラキラさせて、僕の渡した花束を握り潰しそうなほど胸元で握りしめている。
「花束のような、糖菓の束……」
彼女の喉から「ゴクリ」という音がしたが、僕は聞かなかった事にした。
「いらっしゃいませ~えぇぇぇえ?」
人の良さそうな小柄なおばさんが、突然店にやって来た騎士集団を、驚きの声で出迎える。大勢の護衛に囲まれて、お姫様が狭い店内に入って来たのだ、驚くのは当然だ。オリアンナと一緒に店の中に入った僕は、ずらりと並ぶ糖菓の甘い香りと華やかさに感心した。そして急に気になったのが値段だ。まるで宝石のように並ぶ糖菓に、値札は付いていない。
ここって、もの凄く高級な店じゃないよな?
学生街だし、王都じゃないんだから……。
彼女は入口近くにあった籠を手に、量り売りの糖菓を大きめスプーンを使って、サクサクと籠に収めていく。その表情は嬉しさに満ち溢れていて、それを見ているだけで僕は幸せを感じる。少し懐具合が心配になって後ろを振り返り、ローランドに金貨袋を出させようとして驚愕する。
ローランドがいない!
彼がいないという事は、糖菓のお金を払えないという事だ。僕は慌てて近衛騎士隊長トキ・メリマンにローランドを見なかったか聞いた。
「ああ、出発前に学長の館に戻って行ったな。この霧だ、後を追うのは難しいだろう」
僕は、真青になった。
ど~するんだよ、糖菓のお金……。
探しに行こうにも街を覆う霧と、土地勘の無さで動きが取れない。オリアンナは嬉しそうに、籠いっぱい糖菓を山盛りにしている。
今さら払えないなんて……、口が裂けても言えない。
かっこ悪っ。
僕は頭を抱えた。
誰かに借りようか。
でも兵士に借りるの悪いし、トキさんにそんな事言えないし……、う~ん。
悩みながら視線を彷徨わせていると、店の奥の扉が開き店主と思える菓子職人が、店頭に出ているおばさんに向けて周りを見ずに声をかけた。
「お~い、砂糖が足りないよ~、買ってき……てぇ?」
店主は店内が騎士達で溢れている事に気付き、唖然として慌てて扉を閉めようとする。
「待って下さい! その仕事、僕にやらせて下さい!」
「「ええっ?」」
店主とおばさんが同時に、人混みをかき分け凄い勢いで駆け寄る僕に、驚きの声を上る。まるで王子様な華やかな服装の未成年者が、必死の形相で訴えてきたのだ。
「僕を働かせて下さい! 彼女の籠の糖菓分だけ。金貨袋を持っていた者と逸れてしまって、お支払出来るか判りません。だから働かせて下さい、お願いします!」
「あ、あの……」
「エラン、そのような事。私に言えば支払うのに」
驚いたトキが、僕を止める。
「ありがとうございます。でも僕のお金で払いたいんです。だから、働かせて下さい」
「エランが働くなら、僕も働く!」
ドレス姿のオリアンナが、嬉々として声を上げた。
「「「……えええっ?……」」」
「「僕ぅ?」」
騎士達が驚愕し、トキが頭を抱える。店主とおばさんが不思議そうに、愛らしい姫君に目を向けた。大勢の人間が驚きの声を上げるのは無理もない。《王族》の姫君が公務以外の、まして肉体労働をしようとしているのだ。侍女ミアが止めに入る。
「いけませんわ、エアリス様。せっかくのドレスが汚れてしまいます」
「そうだよ。君はここで待っててくれ」
僕は必死で説得したが、好奇心の塊のオリアンナが言う事を聞く訳がない。
「嫌だ、働きたい! 大丈夫だよ、汚れないようにするから。ね、ね、いいでしょ? 僕も一度、職業体験してみたいと思っていたんだよ。お願い、働かせて」
キラキラした目で籠いっぱいの糖菓を両手に持った、大学街ではまず見る事のない高貴な姫君の要求と、周りの恐ろしげな騎士達の人数に圧倒されて、店主とおばさんは訳も解らず頷くしかなかった。
こんな事がセルジン王に知れたら、大事になってしまう。騎士達は呆れて頭を抱え、トキとマールは面白がるように見ているだけだ。
砂糖の入った袋は重い。それを二つ軽々肩に担いで、僕は意気揚々と糖菓店主に教えられた店から出る。オリアンナも一つの砂糖袋を必死に抱えて、よろけながら店を出た。彼女の細さでこの砂糖袋を抱えるのは大変そうだが、「僕が持つ!」と言って聞かない。周りの騎士達も侍女達も、心配するばかりだ。
「お、いいね、いいね~。「女を口説く十の方法」その六、共同作業だ。一つの事を共同でやる事で、愛が育まれる」
にやにや笑いながら、ローランドが砂糖店の前で待っていた。
「ローランド! どこへ行っていた?」
「いや~、金貨袋と間違えて豆袋持って来ちまって、城門の外の荷馬車まで取りに帰っていたんだ。無事あったよ、金貨袋」
ジャラッと音を立てながら、重そうな金貨袋を懐から出した。
「女の心を掴むには、金も重要なアイテムだからね」
僕は足早にローランドに近づき、六歳も年上の彼の胸座を掴んだ。
「いいか、絶対オリアンナの前でその十の方法を言うな! 判ったな!」
「おや~? ひょっとして、口説き方を教えてもらっている事を恥ずかしく思っているのかな~? お坊ちゃまのプライドって奴?」
「そうじゃない! とにかく、絶対言うなっ、いいな!」
オリアンナが女を口説く十の方法なんて知ると、それを実践しようとするだろう。ただでさえライバルが多いのに、女のライバルがこれ以上増えるのは困る。子供の頃から一緒にいる彼女は、本当は男なんじゃないかと時々思える。
王配候補として僕を選んだのは、セルジン王を助ける協力を約束したからだ。男として僕が好きな訳じゃない、幼馴染みで一番素直になれる協力者だから。僕はその事で、彼女に翻弄され続けている。
初デートなのに、少しは僕を好いてくれているのか?
僕は無意識にオリアンナを見る。重い砂糖袋を抱えて、でも嬉しそうに僕の元に来ようとしている。
僕の事を、どう思っている?
勘ぐるような笑いを浮かべて、ローランドが言う。
「ふふん、さながら恋に悩む男の顔だな。いいか、十の方法その七、接触だ。手をつなぐ、抱きしめる、何でもいい。お前に気があるなら、頬を染めるなり反応があるはずだ。確かめろ!」
「……そんな事、昔からやってる。裸で寝てた事だってあるんだ」
「馬鹿! ガキの頃と、今じゃ反応が違うだろ。肝心なのは、今だよ、今!」
突き動かされるように、僕はオリアンナの元に向う。彼女は少し微笑んで足を速めたが、重い砂糖袋を持ったまま慣れぬドレスでバランスを崩し転びそうになった。重い砂糖袋二つ抱えた僕は、受け止めようとして膝を折り彼女を支える。間一髪で受け止めた。オリアンナの長い金髪が、僕の顔にかかる。ホッとした彼女は、転びかけた事に少し頬を染めながら礼を言った。
「ありがとう、エラン」
僕はそのまま、オリアンナを抱き寄せた。彼女の持つ砂糖袋が二人の間に入り、身体の接触を阻む。それでも構わず言った。
「君が好きだよ。オリアンナ」
抱きしめられ僕に合せて膝を折ったオリアンナは、驚いたように彼の顔を見上げ覗き込む。
「どうしたんだ? 急に……」
後ろで見ていたローランドは感心した。
おお~、言われなくても十の方法その八、告白を実践しているじゃないか~。
彼は興奮し、心の中で叫んだ。
あと一押しだ!
十の方法その九、ロマンチックにくちづけだ!
雰囲気を盛り上げて、キスをしろ~。
僕の鼓動が高鳴る。周りが見えず、大勢の騎士達に囲まれている事さえ気にならなくなった。
「僕は君を守る。何があっても……、君の側を離れない。例え君が、僕を拒んでも」
「……僕は、拒んだりしないよ」
その言葉を聞いて、僕は彼女に深くくちづけをした。周りの騎士達は笑いながら、見て見ぬふりをする。一人盛り上がっているのはローランドだ。
「完璧だ~! エラン、女を口説く十の方法、その十、そのまま押したお……」
最後までいう事が出来なかった。僕がオリアンナを抱きしめていた時も大事に担いでいた二つの砂糖袋を、思いっきりローランドに向けて投げつけたからだ。彼は二つの砂糖袋の直撃を受け、ぶっ倒れた。
「だから、絶対言うなと言っただろう! 大体、僕を煽るような事ばかり言って、君はどうなんだよ! その十の方法だかを、実践した事あるのかっ?」
怒り心頭の僕は、勢いでローランドの一番の弱点を責めてしまった。彼は、独身だ。投げつけられた砂糖袋が破け砂糖塗れになりながら、彼は不貞腐れたように真っ赤になりながら叫ぶ。
「ある訳ないだろ、だからお前で試したんだ! 俺の妄想する女を口説く十の方法が、どれだけ正しいか! ふんっ」
そのまま砂糖の山の中で、彼は僕に背を向けた。
「俺はお前みたいにご立派な身分じゃない! 落ちぶれた男爵家の次男坊なんて、見向きもされないんだよっ」
吐き捨てるように、ローランドが言う。
「女と付き合いたいの?」
「当たり前だ! あっ……」
姫君が彼を覗き込んで聞いた。ローランドは真っ赤になり、その手を取ってオリアンナはにっこり笑った。
「レント領に戻れたら、僕の知り合いの女の子紹介してあげるよ」
「ほ、本当……、ですか?」
「うん。だから、教えてほしいんだ、僕にも……」
「え?」
「ふふ、女を口説く十の方法」
僕は真っ青になった。
「絶対に、ダメだ―――――っ!」
結局、僕は買った糖菓の二十倍近い金額を払う羽目になった。砂糖の値段が思いの外、高額だったのだ。怒りの任せて取った行動に、嫌気が差す。
オリアンナは僕が買った糖菓を、大事そうに両手に抱え微笑んだ。その笑顔を見ていると、馬鹿な行動を取った事も何となく許せてしまえるから不思議だ。彼女は糖菓を皆にあげるのだと張り切っている。
「エラン」
「ん?」
「また、デートしよう」
僕は、にっこり笑って頷いた。
次からはシリアスな本編に戻ります。
デート後からの続きとなりますので、よろしくお願いいたします。