番外編 彼女を口説く十の方法(一)
この番外編は第二章二話の続きとなる、エランとオリアンナの初デートの様子を書いたものです。
主人公はエランで、前後編になります。
本編のシリアス展開とは違い、番外編はコメディですのでかなりギャップがあるかと思います。
出来れば楽しんで頂けると嬉しいです(汗)
「デートだ……、デート」
僕の心の底から、喜びの雄叫びが湧き起る。思いがけずオリアンナの口から、デートの申し込みがあったのだ。
彼女と、デートだぁ―――――――――!
ここ、メイダール大学街のケイディス学長の館の一室で、大声で叫ぶ訳にはいかない。叫びたい衝動を、無言で身体を使って表現する。スキップ、ダンス、投げキッス、etc.
「浮かれている場合か?」
水を差すように僕の随行者ローランドが、腰に両手を当てながら言い放つ。彼はクリスベイン家に仕える、僕より六歳年上の騎士で、男爵家の次男だ。元はレント城主ハルビィン・ボガードに仕える騎士だったが、父親が若い頃クリスベイン家に仕えていた事で、彼もそれを希望した。僕の随行者として国王軍に参加してからは、まるで兄のように口うるさく偉そうになった。
「デートに、その格好で行くつもりか?」
「え? もちろん着替えるけど」
「デート用の服は?」
「……あ、置いてきた」
ローランドは浅く溜息を吐く。
来るぞ、説教!
ディンの回し者め!
レント領にいるクリスベイン家の家令ディンと重ねながら、僕は身構える。二人共、説教が長い。だが予想に反してローランドは、ニッと笑っただけだ。
「こんな事もあろうかと、家令殿が持たせてくれた。奥方様がオリアンナ姫のドレスを作らせていると聞いて、用意したんだ。ありがたく思え」
まるで彼が用意したみたいな口振りにムッとしながら、僕は受け取った服を目の前で広げてみる。黒地の天鵞絨が角度によって青く煌めく、どんな織をしたらこんな綺麗な物が出来るのか想像もつかない。ディンの好みそうな派手な刺繍を散りばめた衣装と、かっこいい帽子にも同じ刺繍が施され溜息が出た。
派手すぎる、このセンス。
目立ち過ぎだ。
「素晴らしい衣装じゃないか! これでオリアンナ姫はお前に夢中だ」
「え、本当?」
「そうだ! 「女を口説く十の方法」その一、地味なお前にはイメチェンが必要だ!」
ローランドは僕の顔をビシッと指差し、指導者のように断言する。
「女を口説く……十の方法?」
僕は音を立てて、生唾を飲み込む。彼は僕の両肩を掴んで、激しく揺さぶった。
「そうだ! いいか、これはオリアンナ姫を口説き落す絶好の機会だ。これを逃したら、後は無いと思え!」
呆然自失の僕は言われるまま派手な服装に着替え、彼に思いっきり背中を叩かれながら部屋の扉を出る。
口説き落とすって、そんな大胆な事……、あのオリアンナに出来るのか?
気のせいか鼓動が早くなる。ローランドに後ろからど突かれながら、地に足が着かない状況でセルジン王のいる玄関ホールへ向かった。王と大勢の騎士達がいる中で、こんな派手な格好で、歩くのを恥ずかしく感じる。後ろからローランドが脅迫するように囁く。
「十の方法、その二だ。オリアンナ姫が着替えてきたら、すぐに褒めろ! いいなっ」
僕は反論したくて、ローランドを睨む。普通の女の子にその方法は通用するが、男子として育ちの、ドレスを嫌がる彼女には逆効果だ。彼はその事を知らず、僕が言おうとした時、オリアンナが侍女達に手を引かれて姿を現した。町娘風のドレスは可愛らしく、長い金髪の鬘は愛らしく彼女を包む……が、その表情は目が座り、いかに我慢しているかが窺い知れた。
王が彼女を迎え、その姿を褒める。彼女の顔は人形のように無表情に強張り、ますます暗く引き攣り、我慢が限界にきているのを僕は感じた。王が止めを刺すように言う。
「そなたがドレス姿でいる時は、エアリス・ユーリア・ブライデイン以外の名を名乗ってはならぬ。皆にも徹底させる。判ったな?」
オリアンナの目は死んだ魚のようになった。
「はい……」
セルジン王は、彼女を僕に渡す。
「楽しんでまいれ」
「はい!」
僕は王に嬉しそうに微笑みながら、渡されたオリアンナの手を受け取り握りしめた。そして玄関まで誘導し、扉を開ける。彼女はチラっと僕を見る。そのしぐさが愛らしくて、僕は嬉しくなった。
「デートだよ、楽しもうよ」
彼女は反発するように、プイッと反対側に顔を背ける。その瞬間ローランドが僕の顔の真横に自分の顔を持ってきて、僕の声音を真似て言った。
「そのドレス、凄く似合ってる。可愛いよ」
僕は驚き「何て事を言うんだ!」と、にやけるローランドを睨む。間を置かず凄い形相で睨みつけてくる彼女に気付き、僕は真っ青になり首を振りながら「僕じゃない!」と言おうとしたが、思いっきり向う脛を蹴られた。
「……ぅぼぐじゃぁっ、ぬぁいぃ……」
「ふんっ!」
向う脛を押さえてうずくまる僕を置いて、怒りに頭から湯気を出しそうなオリアンナは、数名の侍女を引き連れてさっさと外へ出て行ってしまった。
「お前が言わないから、彼女が気を悪くしたんだ。まったく、この鈍間め!」
「ぢがぶぅぅ……」
ローランドはうずくまる僕を無理やり立たせ、怒ったように言う。
「いいか、十の方法その三、笑顔だ! 何があっても、優しい笑顔が心を掴む、笑えっ!」
こんなに痛いのに、笑える訳ないだろう!
痛む足を引きずり泣きそうになりながら、僕はヤケクソに引き攣った笑顔をしてみせる。
「もっと、爽やかな、いい笑顔をしろっ! 姫君の心を鷲掴みにするような笑顔だ!」
彼女の心を鷲掴みに出来るのは、陛下だけだよ。
そう思うと僕の顔は、暗いニヒルな笑顔になる。
「まあ、それでも悪くはないけどな~。お前、性格ネクラじゃね?」
それを聞いて、心の中にモヤモヤとしたものが湧き起る。
「エラン! デートなんだろ、早く来い!」
オリアンナが今の姿に似合わない男言葉で僕を呼ぶ。心の中のモヤモヤはその瞬間に吹き飛び、込み上げる面白さで満面の笑顔になる。
「オリアンナ、ドレスに似合わないよ、その言葉づかい」
「陛下の言葉を聞いてなかったのか? 僕はエアリスだ!」
「僕じゃなくて、私だろ? エアリス姫」
「うるさいっっ」
彼女は真っ赤になってぶりぶり怒りながら、学長の館の門の所まで行ったが、そこで立ち止まり動かなくなる。不思議に思い門の外を見ると、騎士始め、歩兵、射手他、おおよそ一個小隊はいそうな護衛が並んでいるのである。僕もポカンと口を開けたまま動けなくなった。
いくら何でも、大人数過ぎる!
僕は眩暈がして、オリアンナに小声で尋ねる。
「これって、デートだろ? トキさんだけで良くない? なぜ、こんな人数?」
彼女はキッと僕を睨みつけ、耳元で囁く。
「エラン、前に話しただろう、陛下を助ける方法が見つかるかもしれないんだ。君も協力してくれ!」
「そんな事かと、……思ってたよ」
僕はがっかり肩を落とし、少し涙目になった。その肩をローランドが掴む。
「おい! 十の方法、その四だ。プレゼント、これを渡せ!」
彼の手には花束が赤い愛らしいリボンで結ばれ、薄いレースの布に包まれて豪華に存在していた。
「ど、どうしたんだよ? その花束……」
「学長の館の花瓶から、三本ずつ抜いてきた。レースは花瓶敷きでリボンはお菓子包みの奴だ。俺って天才だろ」
「……凄い、天才」
着いたばかりの学長の館で、花束を作る努力をいつの間にしていたのか僕には判らないが、その行動力と大胆さに頭が下がる。もっとも「盗み」という言葉が頭を過ぎったが……、彼の努力に水を差す気にはなれず目を瞑る事にした。
花束を受け取ったが、咄嗟に彼女から隠す。これを渡したら怒りを助長するのが目に見えていた。デートコースの確認をしてきたトキに、彼女は不機嫌そうに糖菓店の名前を口にする。
「「糖菓の花束」だよ」
それを聞いた僕の身体が、自然に動いた。
「じゃあ、この花束と同じくらいの糖菓を買おう」
オリアンナの前に豪華な花束を差出す。彼女は糖菓が大好きなのだ。
「えっ、この花束と同じくらいの糖菓?」
「そう、買おう!」
彼女は花束を受け取り、キラキラした目でそれを見つめる。
「これと同じくらいの糖菓……、よしっ、約束だぞ、買ってくれるんだな」
花束を受け取ってくれた事に気を良くして、懐の中身も確認せずに安請け合いした。
「もちろんだよ、エアリス姫」
彼女が花束を手に、僕に向けてにっこり微笑む。あまりの可愛らしさに、彼女を抱きしめたくなった。僕は優しく微笑みながら、機嫌の良くなった彼女に手を差出す。
「さ、行こう。デートだよ」
「うん」
オリアンナの手を引いて、ゆっくり霧の中を歩き始めた。
「ふんっ、十の方法その五は、言われなくても出来てるじゃないか。好きなだけ買ってやればいいさ、喜ぶ物を……」
そう呟きながらローランドは懐からお金の入った巾着袋を取り出し、中身を見て真っ青になる。金貨袋と思って持ってきた袋の中身は、金貨大の豆がぎっしり詰まった豆袋だった。
後編に続きます。
十の方法……、全部書けるか?