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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第二章 メイダール大学街
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第一話 霧魔

「オリアンナ姫、あなたは陛下の希望の光におなりなさい!」


 養母サフィーナが、《王族》の魔力と共に僕に伝えた言葉が、清らかな水滴のように心に波紋を残す。


 セルジン王を生きて助け出すため、僕の手で死なせないための手掛かりが、もうすぐ霧の中に現れる。王の薬師マール・サイレスが十六年前に運び込んだという、《王族》に関わる書物と極秘文書、そして謎めいた遺物が隠された場所の一つ。


 メイダール大学街――――。






 ―――レント領は僕が上空から放った《ソムレキアの宝剣》の輝きで、結界が張られたように魔物を寄せ付けなくなった。


 その約一か月後、大勢の大人達に守られながら僕はレント城塞を旅立った。多くの見送りの人々に手を振りながら、僕の意識はただ前だけを向いていた。レント城塞を出る事に、不安は無い。最後に城塞を振り返り、城門の上から見送るサフィーナの姿を心に刻む。反発ばかりで泣かせていたのに、いつも僕に笑顔を向ける養母。


「いってきます、義母上(ははうえ)


 僕は大きく叫びながら、彼女に手を振った。


 テオフィルスからもらった魔法の鐙のおかげで、僕は馬に乗る事が出来、馬車での行軍参加だけは避けられた。男装しているのに、姫君みたいに馬車移動だけは避けたい。


 魔法の鐙を返せなかったけど、使っていいよね。

 あと、ハンカチ……。


 テオフィルスの紋章付きのハンカチを、僕はなぜか処分する事が出来ず持ち歩いている。エアリス姫として女装している時に屍食鬼に襲われ、彼に助けられた。傷の手当てに、彼が使ったハンカチだ。これを見ると、感謝の気持ちが湧いてくる。


 もう、会えないのに……。




 国王軍は僕の馬速に合せて、比較的ゆっくりと進んだ。皆に遅れを取るまいと必死になるが、一日中の騎乗は初めてで、筋肉痛で泣きそうになった。

 エラン・クリスベインが僕の横に並走する。


「情けないな、まだ二日しか乗ってないのに。姿勢が悪すぎるんだよ」


 見兼ねたエランが乗馬訓練を始める。容赦なく厳しい彼と危うく喧嘩になりそうになったが、周りの護衛騎士達が楽しげに訓練に参加してきて、それは免れた。レント領にいる間は魔物も屍食鬼も襲ってこない。国王軍全体が(しば)し平和を楽しんだ。




 三日目には筋肉痛も治まってきたが、レント領を出た途端に霧が発生し始める。騎士達に緊張が戻ってきた。


「霧魔が出るかもしれない。オーリン様、陛下のお側に移動を」


 前を走っていた近衛騎士隊長トキ・メリマンが指示を出す。


「霧魔? 聞いた事がある、霧に潜む魔物だよね」

「霧が意志と形を持って人を襲う化物だ。捕まったら最後、遺体も見つからない。アルマレークの山麓に多い化物だが、最近は我が国の平野部にも現れる。気を付けた方がいい」


 トキの言葉に頷き、近衛騎士達と共にセルジン王の元に向う。冷たい霧は体温を奪うため、皆に厚手のマントの着用が言い渡された。僕のマントが、霧の中を進むうちに湿気を含み、徐々に重くなる。それ程、霧が濃くなってきたのだ。視界が遮られ周りの大人達が(おぼろ)に見える。横を並走しているエランの顔も見えなくなる。


 何かが、近付いてる……?


 その気配に、不安が増した。

 背後から……。


 ドッドッドッと(しゅう)()で駆け付ける馬の気配、そして黒い渦が僕に与える、独特の息苦しさ。恐怖に耐えながら、バランスを取って後ろを振り返る。

 白一色の霧の中に黒い染みが徐々に広がる。

 そこに、見覚えのある顔があった。


「ハラルド! ハラルドがいるぞ!」


 大声で叫び周りに警戒を促すが、近衛騎士達に変化はない。まるで霧の幕に阻まれ、僕とハラルドだけがいるように見える。黒い霧の馬に乗った彼は、僕を嘲るように微笑み、急速に近付く。


『オーリン、お前に会いたかったよ』


 ハラルドの声がすぐ耳元で聞こえ、戦慄を覚えた。幼い頃から無意識に《王族狩り》を遂行し、僕と養母サフィーナを苦しめてきた義兄ハラルド。魔王アドランの〈契約者〉となり、レント領に屍食鬼を引き込み、エランを半殺しの目にあわせた。


 《ソムレキアの宝剣》を奪いに来たのか?


 魔王を消滅出来る唯一の武器である《ソムレキアの宝剣》が、僕を(あるじ)に選んだため、魔王の配下が宝剣を奪おうと襲い来る。

 僕は身を守るために短剣を抜く。《ソムレキアの宝剣》は奪い取られないように、剣帯三本でしっかり装着してあるが、〈契約者〉相手に慣れない馬上で、一人で戦うのは不利だ。


「陛下! 陛下!」


 側にいないセルジン王に、必死に助けを求める。すると答えるように進行方向が輝き始めるが、その光は霧に覆われて届かない。


 陛下、早く来て……。


 ハラルドの乗る黒い霧の馬が、僕の馬の後ろに近付き、もう少しで触れそうになる。僕の馬が後ろ足で攻撃を始めた。馬を制御する事が出来ずに、僕は簡単に落馬した。


「うぁ!」


 その時、前方の光が霧を突き破り、ハラルドを飲み込む。

 彼は僕に皮肉な笑みを残しながら、光の中に埋もれ消えた――――。


 ようやく異変に気付いたトキとエランが、馬を下り僕に駆け寄る。


「大丈夫か?」

「何やってるんだよ!」


 エランに助け起こされ、打ち付けた腰の痛みに耐えながら立ち上がる。


「痛っ……。ハラルドが……、僕の後ろにいたんだ」


 その言葉に集まって来た近衛騎士達が警戒し、一斉に剣を抜く。


「守りを固めろ! モラスの騎士の障壁を抜けてきているぞ。陛下とモラスの総隊長に伝令を……」

「その必要はないが、そのまま警戒を怠るな!」


 人垣が分かれセルジン王が姿を現した。影である王の身体から無数の光が溢れ出し、半透明の王の姿がより薄く見える。この世で絶大な魔力を持つ者だけが、実態のある影を作り出せる。王はその魔力を使って、僕に近付くハラルドを追い払った。


「大丈夫か? オリアンナ」

「は……、はい」 


 僕の心臓が高鳴る、セルジン王の側にいる時はいつもそうだ。《王族》同士は惹かれ合うのだという。僕は子供の頃から彼に惹かれているのに、セルジン王は僕を婚約破棄し、女王にしようと王配候補を選ばせた。


 王が僕に惹かれる事はない。

 僕がエランを選んでも、この鼓動の高鳴りは治まらない……。


「エラン、オリアンナの側を離れるな。必ず守り通せ!」

「はい!」 


 王配候補となったエランの責任は重い。僕が彼を選んだ事で、国王軍の未来を左右する存在となった。それでも彼が僕に向ける笑顔は変わらない。その笑顔にどれだけ助けられているか、エランは知っているのだろうか?

 僕達は、自然と手をつなぎ合った。


「夢魔が近くにいる。彼等に私の魔法は効かぬ! 気を付けろ!」

「え?」


 王の魔法が効かない魔物がいる事に恐怖を感じた時、突然霧の向こうから叫び声が上がる。


「霧魔だ、気を付けろ! 松明を増やせ、霧魔を寄せ付けるな」


 僕の足に、何かが当たるのを感じた。足元を見ようとした瞬間、何かが両足を掴みあっという間に僕を引きずり倒す。エランと握った手は、あっけなく引き解かれる。僕を掴んだ何かは、そのまま凄い勢いで移動を始める。


「オリアンナ!」


 エランの困惑の叫びが聞こえたが、霧に飲まれ遠ざかる。




 足に絡みつく霧の塊を、引き摺られながら確認し、霧魔に捕まった事に戦慄を覚えた。


《霧が意志と形を持って人を襲う化物だ。捕まったら最後、遺体も見つからない》


 トキの言葉を思い出し、恐怖から何かに捕まろうと必死に手を伸ばす。だが、虚しく空を掴むだけだ。


「……助けて」


 僕の声は、誰にも届かない。あっという間に国王軍から遠ざかる。引きずられて身体のあちこちを打ち傷つき、気を失いそうになりながら、宝剣だけは離さないように身を縮め抱え込んだ。霧魔の恐ろしさが理解できた。こうして身体が判別も出来ないほど傷だらけになり、どこかで朽ち果て屍食鬼の餌食になる。


 死にたくない。

 セルジン王を助ける前に、死にたくない!


 そう願っても、どうする事も出来なかった。




 どのくらい引きずられたのか、遠退く意識の中で聞き覚えのある声が聞こえた。


[リンクル! 霧魔を吹き飛ばせ!]


 竜の羽ばたきで霧が打ち払われ、中に潜む霧状の魔物は竜の放った炎によって蒸発させられた。その炎は、僕をも焼き尽くそうとする。


[リンクル、人に炎を向けるな!]


 竜の炎は不思議な事に、僕を避けた。

 宝剣を守りながら傷つき限界がきて、僕は完全に意識を失った。






 テオフィルスは誰か判別出来ない程傷付いた者を見て、もう死んでいると思った。その死体が守り抱えている物に気付き、一瞬足を止める。


 屍食鬼を打ち払う魔法の剣、それは紫水晶で作られている。


 まさか……。


 彼の鼓動が緊張で、速くなる。鼓動の音にかぶせるように〈ありえざる者〉の声が、頭の中で耳障りに木霊した。


《この娘に近づくな! 七竜の眷属。神と竜の争いを、再び地上に引き起こしたくなければ、この娘に関わるな!》


 テオフィルスは躊躇(ちゅうちょ)した。なぜ目の前にオリアンナ姫が現れるのか、理解に苦しむ。


 姫君に近づかない条件で、俺と彼女と竜イリの命を、〈ありえざる者〉に救ってもらったのだ。

 彼女は彼等の支配下にある。

 近づかない約束を立てさせたのは、俺を苦しめるためなのか?


 長年会いに行く事も叶わなかった婚約者。亡くなっていると聞いた時の絶望感、彼女が竜イリと心の共鳴が出来た時の驚きと感動。

 それら全てを、苦しみにはしたくなかった。


 傷つき横たわる婚約者(オリアンナ)は、ひどく出血している。テオフィルスは戸惑いながら彼女を抱き上げ、鼓動を確認する。


 生きている。


 彼は安堵し、自分の服が血で汚れるのも構わず彼女を抱きしめた。


[近寄りはしない……。今だけだ、オリアンナ姫]


 誰に聞かせるとなく呟き、彼女に額にくちづけをする。

 叶う事ならこのまま、アルマレーク共和国へ連れ去りたかった。


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