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番外編 初体験?(二)

「エランは、いつから男が好きになったんだ?」


 オリアンナが可愛い声でとんでもない事を口にした。僕はお茶を盛大に吹出し、家令ディンに怒られる。トルエルド公爵家の広間でにぎやかな夕食中での事だ。


「何を言ってる? 僕が男を好き? どうして?」


 顔と服にかかったお茶を、ディンに渡された布で拭き取りながら狼狽えた。まだキース・オルトスは、彼女の護衛隊長にはなっていない。感化されるには、距離がありすぎる。


「すごく噂になってるよ、ベラから僕を奪ったって。僕達は恋人同士なんだって、凄い話だね」


 ベラ・ゼノスだ!

 あの女……、噂通り嫌な奴かも。


 頭を抱えた。とても婚約者には出来ない、たとえ外見が可愛くとも。領主ハルビィンにはまだ返事をしていないが、断わろうと決意する。


「別に……、僕は君と(・・)恋人同士でも、構わないけどね」


 軽く告白を交えながら、オリアンナを見つめる。領主の言う通りだ、最近彼女は綺麗になった。気が付くと、見惚れてしまう。


「え? やっぱり、男が好きなのか?」

「違うだろ!」


 面白がる彼女は、致命的に鈍感だ。僕は何も聞かなかった事にして、羊の塩漬肉を頬張った。噂の危険性を本当に思い知ったのは、その翌朝だ。




 冬の朝の遅い陽射しが、ようやく顔をのぞかせる。早朝の空気は冷たくて身が縮むけど、どことなく潔くて気持ちが良い。館を後にした僕は、石畳の道を騎士隊本部目指して歩いていた。白い息を赤い髪にまとわり付かせながら、マントのフードの端を首に巻き付ける。


 今日はベルン指揮長官の武器と本部に置かれている備品の手入れを、従騎士が手分けして行う。家から通っている従騎士は僕だけだ。皆に迷惑を掛けないため、いつも予定時間より早く本部に到着している。


 本部の敷地は意外と狭い。避難民受け入れの際に削って提供したからだ。正門のすぐ側に馬の厩舎と門番詰所と、騎士達が集まる広場があるだけの密集した作りになっている。武器が多くあるため、警備は厳重だ。本部の門を通り抜けた直後に、キース・オルトスと二人のごつい男達に捕まった。


「おはよう、エラン・クリスベイン」

「おお、綺麗な()じゃないか」

「好みのタイプよ」


 僕の周りをあっという間に、ごつい男達が取り囲んだ。門番も本部の守衛も、相手がオルトス隊長なので見て見ぬふりをする。身の危険を感じながら、冷静にあくまで事務的に対応する。


「おはようございます、オルトス隊長。僕に何かご用でしょうか?」

「ふふ、あなたの噂を聞いたの。だから私のお友達を紹介しようと思って、待ってたのよ」


 にっこり笑った隊長の顔は、はっきり言って怖い。この(ひと)がオリアンナの護衛隊長になれば、誰もが迂闊に彼女に近づけなくなる。領主の人選は確かだ。


「お忙しい朝から、ありがとうございます。残念ながら、僕は噂通りの人間ではありません! 女好きです!!」


「女好き」を強調して伝える。


「あら、そうなの? その割に婚約者もいなければ、見合いすらしてないって話じゃない? それとも、本当にオーリン様の恋人なの?」


 最後の言葉は、嫉妬混じりのドスが利いた脅しだ。同時に周りの男達が包囲を縮める。男達のぶ厚い胸板に押し潰されそうになり、よろけて後退し壁に背を押し付ける姿勢で立たされる。いわゆる、二人のごつい男による「壁ドン」だ。これほど怖いものはない。


「み、見合いをします、今度。だからっ、本当に女の方がいい!」

「何よ、つまらないわね。どうも信じられないわ、相手は誰よ?」

「……ベラ・ゼノス」


 咄嗟にベラの名前を言った。他に思い浮かばなかったのだ。


「は! あの女ね。止めた方がいいわ、あなた食い物にされるわよ」


 それは同感と思いつつ、首を横に振って否定するフリをする。


「そう。……じゃあ、私もその見合い参加するわよ」

「え?」

「日程が決まったら教えなさい。あなたを守ってあげる」


 そう言ってキースは怖い微笑みを見せ、男達を引き連れて去って行った。事の成り行きに茫然としながら、その後ろ姿を見送る。


「見合い……、する事になっちゃった」


 頭を抱えて、身を屈める。オリアンナには、絶対内緒だ。ベラを好きだったのに、知ればショックで泣いてしまう。そう思うと、胸が痛んだ。






 その後何度かキースの友達に追い回されたが何とかやり過ごし、見合いの日はあっけなくやって来る。普通、婚約者は幼いうちに決められるため、見合いは親同士が会うのが定番なのだそうだ。当人同士が会うのは、ベラのように何かの事情で婚約破棄になった時と、身分が高すぎて政治的要素が強くなり周りが口出し出来ない時等だ。


 家令のディンは僕が見合いしてみると切り出した時、泣いて喜んだ。そんなに心配させていたのかと思うと、罪悪感が沸き起こる。行きがかり上見合いする羽目になったけど、端から断る気満々だ。


 悪いけどディン……、ぬか喜びだ。


 領主は婚約者を持てばオリアンナと、今まで通り幼なじみとしての付き合いを許すと言った。でも、付き合いをどうするかは彼女が決める事だ。領主が行動を制限しても、僕が来るなと言っても、彼女はここに来る。なぜなら、トルエルド公爵家こそが、彼女の「家」なのだから。


 僕は元より婚約者など、持つ気はない。

 婚約したい相手(オリアンナ)は、いつも僕に寄り添っている。


 それでも便宜上、領主との見合いの約束は果たさなければならない。領主家の一室で、領主立ち合いで見合いが行われる。まるで王子のような服装で、レント城に向う。トルエルド公爵クリスベイン家の紋章を宝石であしらった首飾りは美しく黒天鵞絨の上着に映え、肩から飾りで留められた膝までのマントは、襟や袖、縁に毛皮があしらわれていた。腰には飾り剣と、頭にはシュウワという鳥の羽根が付いた黒天鵞絨の帽子が、僕の赤い髪を引き立てている。


「派手すぎだよ、ディン。いくらなんでも目立ち過ぎだ」

「良いんですよ、エラン様。相手は伯爵家、公爵家は負けてはいけません!」


 ディンは張り切っていた。


「見合いって……、そんなものか」


 平時なら貴族用の馬車を用意する所だろうが、今は戦時で馬は貴重なため、第一城門内での馬車の使用は荷物運搬時以外、禁止されていた。道行く人々がちらちらと僕に向ける視線が、皮膚を突き刺すように痛い。


「エラン! どうしたんだよ、その服。かっこいい~、似合うよ!」


 突然背後から聞きなれた声が聞こえた。オリアンナは領主の命令で、家庭教師に勉強という拘束をされているはずだ。


 どうして、こんな所にいる?


 今、一番会いたくない彼女に、向き直る気になれない。僕はディンの腕を掴んだ。


「ディン、走るぞ!」

「え? エラン様、私のような年寄りは走れません。お先に……」


 ディンを引きずり走ろうとした時、もう一つの声がする。


「オーリン様」


 太い男の声の語尾に、どう考えてもハートマークが付いている。僕は顔を引き攣らせながら振り返ると、キースの太い手が彼女の右手を取り、その指にくちづけをしている。頭から「オリアンナに絶対内緒のお見合い」の意識が、瞬時にきれいさっぱり消滅した。


「ちょっと、待ったぁ!」


 ディンの手を掴んだまま、僕は二人の間に割り込んだ。


「あら、クリスベイン、素敵な衣装ね。まるで王子様だわ」

「エ、エラン様……、てて、手を……、放して下さい。転びます」

「エラン、何? 何かあるの? 僕も参加する!」

「オーリンに、近づくな!」


 四人同時にそれぞれの主張をする。遠巻きに付いていたそれぞれの護衛が、何事かと集まって来る。キースは凄みを効かせた微笑みで、僕に手を伸ばした。


「あなた、やっぱり私に嘘を吐いていたわね。あなたは、オーリン様を……!」


 その手を、彼女が素早く両手で掴んだ。興奮でキラキラした綺麗な瞳で、キースにお願いする。


「ね、僕も参加していいよね。エランがこんなに着飾ってるんだ、きっとすごく面白い事でしょ? 僕も一番いい服で、参加していい?」

「もちろんですとも、オーリン様。あなたが手を握って下さるなんて、私は幸せ者です!」


 キースは真っ赤になりながら、オリアンナの言いなりになった。彼女はこれ以上無い程の、極上の微笑みを彼に向ける。


「ありがとう。僕、着替えて来るね。待ってて」

「はい、待ちます! いくらでも、待ちますとも……」


 城へ向けて彼女は飛ぶように駆けて行く、その後ろ姿を僕は呆然と見送った。キースは呆けたまま、幸せな余韻に浸っている。


 何で……、こうなる?






 レント城内の客間で一番困惑したのは、領主ハルビィンだ。目の前に僕と並んで、領主家の紋章付き、超豪華な衣装を着たオリアンナが立っている。


 いったい誰の、お見合いだ?

 絶対拘束しておけと言ったのに、あの家庭教師は首だ!


 領主の心の声が聞こえてくる。


「父上、僕の家庭教師を首にしないでね。お茶に眠り薬混ぜて眠らせたんだ。首にするなら、僕をすればいい」


 領主は虚ろに笑いながら、途方に暮れた。《王族》の姫君を首にすれば、セルジン王に首を刎ねられるのは彼だ。僕はどことなく領主に同情を覚えた。計画的に拘束から逃れたという事は、最初からこの見合いの事を知っていたのか。豪華に着飾った彼女は、目の前のベラ・ゼノスを見ていた。


 まさか、自分が見合い相手になる気じゃないよな?


 彼女の倒錯度合を量り兼ねる。後ろには、キースが嬉しそうに立っている。僕を守るって言ってたけど、守る相手が変わったようだ。彼女をキースから守るにはどうしたら良いか、僕は眉間に皺を寄せて考えた。


 ベラは、まるで綺麗な人形のように無表情に床を見ている。白いレースのドレスの上に金糸で刺繍された赤い天鵞絨の胴着を着て、宝石を散りばめた腰帯が豪華さを際立たせている。レースの手袋をして、羽毛の扇を持つ手はピクリとも動かない。同行しているのは母親だろう、娘以上に豪華に着飾ってどこから見ても伯爵夫人だ。


「エラン! 悪いけどこの見合い、ぶち壊す!」


 オリアンナの言葉に、僕は吹き出した。彼女が参加した時点で、既に壊れている。


「望むところだ!」

「……オーリン?」


 領主が狼狽えて止めようとした時、彼女がベラに近づく。


「なぜ、此処にいる? 彼の元に行きなよ」

「オーリン……、知ってたの?」

「あたり前だ、友達なんだから。貴族との結婚が嫌で、自分の悪い評判を立てたんだろ? もう、そんな事しなくていいよ。素直に、幸せになればいい」


 ベラの瞳から涙が溢れる。


「オーリン……」


 オリアンナは扉を開け、ベラは素直に走り出る、平民である最愛な(ひと)の元へ。母親が追いかけようとした時、彼女が立ち向かう。


「伯爵夫人! 一人ぐらい本当に好きな人と、結婚してもいいだろ? 伯爵家にはまだ二人も、未婚の娘がいるんだ。ベラをこれ以上、苦しめるな!」


 母親は怒りと恥辱で真っ赤になり、オリアンナに掴みかかる。護衛達に取り押さえられた伯爵夫人は、しばらく怒りを喚き散らした。領主の取り成しで何とかその場は収まった。僕の見合い初体験は、有耶無耶のまま終了。


 万歳!






 領主の怒りをかったオリアンナには、一週間部屋で謹慎処分が言い渡された。普段彼女に甘い領主にしては、珍しい程の処分だ。伯爵家の面子を潰したのだから、当然と言えば当然なのだが、大人の世界は難しい。


 しばらく経ってから、オリアンナに連れられて城下街にいるベラを訪ねた。外見の可愛さに落ち着きが加わって、ベラは少し大人びて見える。以前の尖がった素振りは微塵も無い。母親の伯爵夫人の元から勘当同然で家を出てしまったが、時々その母から手紙が届くのだそうだ。いつか許してもらえる事を、彼女は願っていた。


 それから、キース・オルトスだ。見合いの翌日、彼は仕事帰りに僕の館に立ち寄った。


「あなた、知っていたの? オーリン様が、《王族》の姫君だって」

「はい、知ってまし……、あ!」


 キースは僕に抱き着いて、泣きだした。重いと感じながらも、しばらく黙って肩を貸す。……失恋は悲しい。


 その後キースはオリアンナの護衛隊長に正式に就任、護衛は相変わらず遠巻きに彼女を守っていたが、隊長が直接彼女に接触を取るのは、公式行事の時以外無くなったそうだ。僕を追い回す男達も、姿を見せなくなった。






 オリアンナの謹慎処分が解けた日、仕事から帰ると彼女が僕の部屋のベッドで寝ていた。


 なぜ自分の部屋ではなく、僕の部屋……?


 高鳴る鼓動を抑えきれない。無防備に眠る彼女は可愛い。彼女も失恋したはずだ。ベラの事は本気で好きだったように見えたから。傷を癒すために、僕を求めているのだろうか。求めてくれれば嬉しい。そんな願望に、鼓動は増々高鳴る。そして彼女の唇に惹きつけられた。


 許可なく、キスをするのは……、犯罪だろうか?


 そう思いながらも、引き寄せられるように顔を近づける。もう少しでお互いの唇が触れそうになった時、彼女が口走った。


「エラン、芋だ」


 ギョッとして、彼女から飛び退いた。寝言だと思っても、真剣に受け止めてしまう。


 いも?

 僕の事?

 それとも、芋が食べたい?


 心臓は、逆の意味でバクバクした。すっかり気が削がれ、着替えを持って部屋を出ようとする。すやすやと幸せそうに眠るオリアンナを見つめ、灯る蝋燭の火を吹き消す。


 僕達に初体験は、当分訪れそうもない。

 苦笑いしながら、部屋を出た。

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