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第二十九話 大切な者 

 その日の昼、アルマレーク共和国からリンクルクランの領主テオドールが、竜騎士を引き連れレント領に降り立った。竜の制御を立て直し何とかアルマレークに帰り着いたマシーナを含む竜騎士達が、事の詳細を知らせたのだ。


 屍食鬼との戦いに傷付いたレント領に再び緊張が走ったが、竜騎士達が一切の武器を所持していなかったため、争いが起きる事はなかった。


「我が子がご迷惑をかけた事を、お詫びに参りました」


 戦いで失われた人命を悼み、荒れてしまった耕作地の足しにと、多くの物資がアルマレークから運び込まれる。竜を使って採石場から石を運び入れ、竜騎士達が城壁の修復も手伝った。


 息子が犯した王太子誘拐という罪を、少しでも軽くしたい気持ちもあったのだろう。商才に長けたテオドールは莫大な富を有し、息子である〈七竜の王〉を高額な身代金を支払って引き取る。


「このお金はエステラーン王国への謝罪です。どうぞ魔王討伐にお役立て下さい。息子には今後勝手な行動を取らせないよう、アルマレークにて厳重に処罰致します」


 アルマレークの竜騎士達が彼と共に、一斉に謝罪の姿勢を取る。


「非礼を、お詫び致します」


 レント領主ハルビィンは不在のセルジン王に代わり快く受け取り、感謝を述べる。国王軍の一部には不満を漏らす声もあったが、王の側近達は領主の意志を尊重し賛意を表した。オリアンナ姫の存在を隠し遂せたと信じ、無用の争いは避けるべきと判断したのだ。


 アルマレーク人は丸一日レント領に滞在し、出来うる限りの手助けをして帰国する。テオフィルスは彼の意志とは無関係に、エステラーン王国を離れた。




 〈七竜の王〉は夢を見ていた。

 光り輝く翼の生えた、美しい姫君の夢……。






 温かい何かが唇に触れた事で、僕は目を覚ました。目の前にセルジン王の顔がある。


「国王……陛下……」


 王の腕に抱きしめられ、身を横たえていた。身体に力が入らず、動く事が出来ない。あれから何日か経っているのだろう。宝剣の光を浴びて消えたはずの、セルジン王の影が戻ってきている。


「これを飲むのだ、少し楽になる」


 マールから渡された杯を、王が唇に添える。少し甘い液体を口にし、身体の気怠さが少し改善されたが動く事は出来ない。


「危険な事を教えてしまったようだ。宝剣でも祈りが行えると知ってはいたが、これほど祈祷者を消耗させてしまうとは……。許せ、オリアンナ。この術はもう使ってはならぬ」

「……レント領は?」

「大丈夫だ、ここは屍食鬼の近づけぬ地になった。今のエステラーン王国で一番安全な土地だ、そなたのお蔭だな」


 それを聞いてホッとしたと同時に、周りが見えた。ボガード家の紋章旗と多くの盾、石柱のアルマレーク人との戦いの浮き彫り等が、ここが騎士の大広間だと教えてくれた。


「テオフィルスは?」

「そなたと同じだ。消耗がひどく意識の無い状態で、父君がアルマレークへ連れ帰った」

「帰った……」


 どことなく、がっかりした。もうイリに乗れない……、そう思うと悲しくなった。僕の中の竜騎士の血が、竜に乗りたがっている。そのためには、彼が必要なのだ。


「オリアンナ、横を見るのだ」


 セルジン王は暗い表情で、抱き抱えている僕の身体を横に向けさせた。大勢の負傷した兵士、騎士達が横たわっている。ここに運び込まれた者は、命の危険が差し迫っている者達なのだろう。マールとその弟子達、看護にあたる召使達が忙しそうに立ち働いている。王も《王族》の魔力を使い、人々を癒すためにいるのだと気付いた。


「横にいるのが、誰だと思う?」


 横の簡易ベッドに、顔と頭、腕に包帯を巻いた人物が寝かされている。


「エランだ。私にも、意識が戻せない。このままでは、死んでしまう。そなたにも、力を貸して欲しい」


 僕は恐怖のあまり、飛び起きた。眩暈が起き、王にしがみ付きながら、立ち上がろうと必死になる。エランの側にいきたかった。察した王に横抱きにされ、エランのベッドまで運ばれる。


 彼の心臓の辺りに耳を当て、鼓動を確かめる。弱弱しく、生きている。あまりの事態に、僕は涙を流した。


「嫌だよ。目を覚ませよ、エラン。エラン!」


 負傷したエランは、ピクリとも動かない。まるで死んでいるようだ。包帯の巻かれた顔を触り、額にくちづける。動く気配がない。


「エラン、君のいない世界は嫌だ。戻ってくれよ!」


 とめどなく涙が流れ落ちる。

 その涙はエランの、包帯の巻いてない首筋に落ちた。そっと唇にくちづける。


 ……彼の唇が、微かに動いた。


「エラン! エラン、目を覚ませ!」


 彼の耳元で囁く。

 震える唇で、彼は答える。


「オリア……ンナ……」


 エランは意識を取り戻したのだ。僕は彼に抱き着き、泣きながら動けずにいた。目覚めさせるために、無意識に《王族》の魔力を使ったからだ。消耗が激しく、気を失いそうになる。彼はゆっくり片方の腕を動かし、弱弱しく抱きしめてくる。


「エラン……」


 安心感に微笑みながら、僕は意識を失った。 



 王はマールと顔を見合わせ頷く、後は薬師の仕事だ。再び気を失ったオリアンナ姫を、王は優しくエランから引き離した。






 あれから、もう一か月以上経つ。


 僕は〈生命の水〉の魔力のおかげで比較的早く回復出来たが、一番回復出来なかったのは、やはりエランだった。〈契約者〉ハラルドに掛けられた呪いは、エランを蝕み、度々意識が混濁した。黒い渦を撒き散らし、身体が屍食鬼に変化しそうになった段階で、セルジン王が呪いを見極め、彼に銀色の美しい額飾りをはめた。


 それ以降、エランは徐々に回復し、今はこうして僕と一緒に騎乗訓練をし始めた。体力を元に戻さなければ、行軍参加は不可能だ。彼の銀色の額飾りが赤い髪に映えて、まるで王子様みたいだ。


(あぶみ)を付け替えるって、どうして?」

「…………魔法の鐙なんだって。初心者でも馬に乗れるって」

胡散臭(うさんくさ)いな、それ買ったのか? 君、騙されたんじゃないの?」

「うん、そうかもしれない」


 さすがにテオフィルスからもらったとは言えない。胡散臭い贈り物を試してみる気になったのは、エランが()せっている間に騎乗訓練しても、どう頑張っても乗れなかったからだ。胡散臭くても、(わら)にも(すが)るだ。


 にやにや笑いながらエランが、鐙の付け替えを手伝ってくれている最中、大勢の臣下を引き連れてセルジン王が現れた。


「国王陛下」


 僕達と護衛達は、国王に対する礼を取った。第三城門内は戦いで農耕地も酪農地も壊滅状態になったが、今はすっかり整えられ新たな作付けが行われた。第二城門の影になる場所に、レント騎士隊の演習場がある。馬場も広く設けられているが、雑然として王が足を運ぶ場所としては相応しくない。


「陛下、どうしてこちらに……?」

「そなたの騎乗能力の確認と、処罰が決まったので知らせに来た」

「は……、はい」


 僕の緊張が一気に高まった。騎乗能力は言わずもがなの駄目さで、王命に背いた処罰まで言い渡されるのだ。最後の《王族》だから、処刑はされないと思いたい。僕は真っ青になりながら、セルジン王を見詰めた。


「まずは、王命に背いた罰として、今ここで王配候補を決めよ。私はアレインを押すが、そなたは誰を選ぶ?」


 僕は顔を引き攣らせながら、王に抗議の視線を送った。あの言い方では、アレインを選べという王命に近い。僕は恐る恐る横にいるエランに視線を移した。彼は少し肩を落として、足元を見詰めていた。僕は無意識に肘で合図を送り、小声で(ささや)いた。


「ねえ、約束を覚えている?」

「約束? 陛下を助けるって事?」

「そうだよ、本気?」

「もちろん」


 僕はエランに微笑み、決断した。


「陛下、僕はエラン・クリスベインを、王配候補に選びます!」


 臣下達から批判的な声が上がったが、王が手を上げ黙らせた。


「ではエラン、そなたは〈契約者〉から呪いを受けているが、それを解く自信はあるか?」


 エランはまっすぐセルジン王を見詰め、まるで夜の闇を打ち破るように答えた。


「もちろん、あります!」


 王は微笑み、条件を付けて合意した。


「では、我等がブライデインを取り戻すまでに、そなたは呪いを解くのだ。それが叶わぬ場合は、アレインが王配候補となる。良いな」

「はい!」


 僕は彼の手を強く握りしめた。呪いを解く方法は唯一つ、掛けた術者を掛けられた者が殺す事だ。ハラルドをエランが殺さない限り、呪いは残る。


 エランはやり遂げる。

 必ず、呪いを解く。

 僕は彼の手を、離さない。


 そんな僕の気を逸らすように、王が次の難問の答えを求めてくる。


「良いだろう。ではオリアンナ、馬に乗って走らせてみよ。出来ない場合は、馬車を用意する」


 僕は顔を歪ませながら頷き、エランの手を離し、先ほど魔法の鐙に付け替えた馬の元へ行く。戦馬は大きく、逞しく、気性が荒い。細い僕をあっという間に振り落し、馬に馬鹿にされる経験を何度もしてきた。正直に言うと、馬を操る自信はまったく無い。でも、一応騎士を目指している身で馬車に乗るのは、余りにもかっこ悪い。エランが僕についてくる。


「落ち着けよ、この馬を友達だと思うんだ」


 簡単に言うけど、僕には無理難題だ。緊張のあまり、鼓動が速くなり、手が汗ばむ。不意にテオフィルスの言葉を思い出した。


 《魔法の鐙だ。これがあれば、どんな馬でも乗りこなせる》


 本当に乗りこなせるのか?


 《お前は竜騎士だ、いずれ竜の呼び声が聞こえるだろう。その時まで、せめて馬に乗れるようになっておけ》


 イリに乗った時の記憶が、鮮明に甦る。


 かわいい、イリ。

 もう一度、竜に乗りたい。


 そう思うと自然に手が、馬の手綱と鞍を掴んだ。鐙に足を掛け、身体を馬上に持ち上げる。不思議な事に、羽の生えたように身体が軽く感じる。今までになく、落ち着いて馬に指示を出せた。馬はゆっくりと歩き始め、エランが一緒に自分の馬で並走する。馬場を一周し、少し速度を上げて二周しても、振落される事は無かった。


 魔法の鐙だ。


 僕の心が歓喜に満ちる。

 臣下達が安堵(あんど)の溜め息を漏らし、王が頷く。


「馬車は必要ない。では、王都に向け出発の準備を始めよ」



第一章の再改稿と二章目以降の微調整が終了いたしました。時間がかかってしまい、申し訳ありません。一章目は脇キャラとエピソードを減らし、文字数としては四万文字ほど減りました。極力、主要なエピソードは残しておりますので、この後も読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

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