表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/108

第二十五話 オリアンナと竜 

[なんだとぉ、冗談じゃない! 俺のだよ、竜に乗れなくなる。絶対に、嫌だ!]


 今、装着している鎧を渡せと言われ、ルギーはテオフィルスに飛掛かり猛抗議する。テオフィルスは笑いながら、彼の振り上げた拳を軽く掴む。


[その代り、俺が十一歳の時に使っていた鎧をやる。リンクルの抜け殻で出来た一品物だ。俺が使っていたんだ、余計高値で売れるぜ]

[若君っ、何という事を! あれはアルレイド家の家宝になる代物ですよ]

[よし、乗った! 約束だぜ、忘れんなよ!]


 そう言ってルギーは渋顔で睨みつけるマシーナをしり目に、自分の竜騎士の鎧を外し始めた。

 僕はテオフィルスに、思いっきり嫌そうに尋ねる。


「まさか、それを着るのか?」

「当然だ。着ないと竜に振り落とされる。竜の脱皮した抜け殻で造られた鎧だから、背に乗っても警戒しない。堅くて軽い、矢も跳ね返す、これを砕けるのは竜の牙だけだ。今のお前には必要だろ」

「……」


 この場で着替えるという事は、僕の体形を彼の目に晒す事になり、女だと知られてしまう危険がある。緊張で青ざめた顔色を悟られないように彼に背を向け、助けを求めてトキを見る。「それみた事か!」と言わんばかりに、トキは視線を逸らした。


 助けて……。


「早く服を脱げ、俺が装着してやる」


 鎧を持ったテオフィルスが、後ろから肩を掴む。緊張で鼓動が高まった。性別を確かめるために、こんな手を打ってきたのだ。彼の手を叩き落とし、僕は精一杯の虚勢を張る。


「自分で装着する!」

「それは無理だな。装備の着用は慣れた者がしないと危険だ」


 そう言って鎖帷子(くさりかたびら)に似た細かい薄茶色の殻が縫い合わされた上下の服を渡してくる。


「服を脱いで早く着替えろ。屍食鬼が迫っているんだ」 

「《王族》の素肌を人目に晒す等、言語道断! そんな事は許さん!」


 トキが仕方なく僕を(かば)い、割って入った。


[何、このおっさん]

[ルギー、口を慎め]

「安全のためには、胴衣の上から装備するのが通常だ」


 トキが無言で睨み付ける。説明しても聞く気の無い相手に溜息を吐いて、テオフィルスは妥協した。


「それじゃあ、王太子は服の上からの着用でいい。少し危険だが、俺が後ろから支える」

[王太子って、こいつがぁ? むがっ……]


 片言のエステラーン語しか解らないルギーでも、王太子という言葉は解ったようだ。マシーナが口を塞ぐ、これ以上の状況悪化を防ぐため。

 トキがアルマレーク人に睨みを利かせている間に、急いで渡された鎖帷子を着る。服の上から着るには窮屈だが、仕方なく靴を脱ぎ、足を通し、頭から被る。思った以上に軽いが、独特の臭いに顔を(しか)めた。

 彼が察して苦笑する。


「竜の臭いだ、すぐに慣れる」


 そう言って、持っていた竜の抜け殻を加工した簡素な胸甲、背甲、肩甲と、籠手、肘と膝当て、拍車と思える角状の物を取り付けようとする。触られまいと、咄嗟に身を引く。


「待て、自分でやる……」


 その言葉を無視してテオフィルスは、有無を言わさず腕を持ち上げ胸甲から着け始める。緊張に冷や汗が出る。悟られない事を祈りながら黙って耐えた。


「お前、もう少し太った方がいい。貧民街育ちのルギーと同じ細さなんて、《王族》なのに何を食べて生きてきたんだ? レント領の食糧需給はそんなに厳しいのか?」

「違う、余計なお世話だ! 太れない体質だから、仕方が無いだろっ」


 彼が鼻で笑ったように思え、緊張も相まって僕の不機嫌さが頂点に達しかけた。太れば体形が露わになる事から、無意識に食が細くなっていったのかもしれない。今はエランの食べる量の半分も食べられない。


 竜騎士の鎧は重装甲なのに信じられないくらい軽く、手足の装備は最小限に抑えられ動きも悪くはない。これなら、確かに竜に乗れる。全ての装備の装着が終わり、剣の位置を教えられ、宝剣を腰の左側に吊り下げた。これで両手の自由も利く。


[トムニ爺、竜を借りる。マシーナ、お前の竜エーダで参戦しろ]

[レクーマの竜じゃが、〈七竜の王〉には従うじゃろう。ご随意に、若君]


 テオフィルスの言葉に、二人は頷いた。彼は先程ルギーが乗っていた竜の前に立つ。竜が礼を取るように頭を低く下げるのを見て、満足げに頷き振り向いた。


「オーリン、来い」


 呼ばれて竜に対する恐怖心を悟られまいと、勇気をかき集めた。本当は逃げ出したいくらい竜が怖い。ゆっくりと彼の横へ行き、緊張した面持ちで竜の前に立つ。リンクルより小柄な竜は見知らぬ者に警戒し、威嚇するように頭を上げ、翼を広げた。


 怒ってる!


 一歩身を引こうとしたが、テオフィルスに強く腕を掴まれる。


「毅然としていろ、竜に(あなど)られたくなければな」


 斜め上から聞こえる彼の冷静な声に、不思議と心は落ち着きを取り戻す。恐怖心を追い出すために深呼吸をし、毅然と竜の金色の目を見つめた。すると、竜と心が通じあうように思えてくる。警戒していた竜の縦に細長い瞳孔は、見つめるうちに少しずつ丸みを帯び始める。


 あれ……、可愛くなってきた?


 心の変化を感じ取ってか、竜は増々可愛い表情を見せ始める。今や竜の瞳孔は真ん丸になり、笑っているように見える。僕は新しい友達と出会ったように嬉しくなった。そして思わず竜の口先に手を伸ばす。


「止せっ、焼かれる!」


 テオフィルスは驚き、慌てて手を下ろそうとしたが竜の方が早かった。口と両方の鼻の穴を閉じ、籠手に鼻面をそっと付ける。火傷をする程の温度ではなかったが、籠手越しの右手に優しい熱をもたらした。竜が甘えてきたのだ。竜の鼻面を撫でながら、僕は満面の笑みで答えた。


「お前、可愛い」


 テオフィルスは信じられないものを見るように、王太子を見つめた。竜が初対面の人間に甘えているのだ、レクーマオピオンの人間でもない異国人に。そして竜の指輪の件も含め、導き出せる答えは一つしかない。


 王太子は、レクーマオピオン領主家の血を引く人間だ!


 テオフィルスは高鳴る鼓動を深呼吸して抑え、冷静さを取り戻し何気無い振りを装って質問する。


「その竜は、雄に見えるか? それとも雌に見えるか? オーリン、答えろ」

「そりゃ、雌に決まってるだろ、こんなに可愛いんだから」


 僕は、何も考えずに答えた。


 テオフィルスは微笑む。七竜に支配された段階で、アルマレークの竜に性別はない。単為生殖で卵が産まれる事はあっても、どれも性別無く生まれてくる。そして竜騎士は初めて自分の竜に出会った時、誰もが自分(・・)の性別を投影させて竜を捉える。



 故にオーリンは、女という事になる!



「ああ、まったく可愛いお姫様だ」

「えっ?」


 僕の竜を撫でる手が、凍り付いたように動きを止めた。


 お姫様と言わなかったか?


 今の受け答えの意味が解らず、何かオリアンナである事に気付かれた気がして、恐怖を覚えつつ彼を見る。目の端に満面の笑みで僕を見つめる彼が見えたが、瞬間にいつもの無表情に戻り、冷たく言い放つ。


「いい加減、竜の鼻を撫でるのは止めろ、息が出来ない。熱を放出しないと、死ぬぞ」

「あ……」


 慌てて手を引っ込める。竜は溜め込んだ熱を上空に吐き出し、木々の一部を燃やす。周囲の者は驚き、マシーナと竜エーダが燃える木の枝をその強固な翼で折落とし、兵士達が火を消す。


「危うく火事になるところだ。竜に対応する時は気を付けろ、彼等は他の生き物とは違う。来い、ヘタレ小竜!」


 ヘタレ小竜という呼びかけに、やはり気付かれたのだと確信し、僕は血の気が引いたように立ち尽くす。彼は振り向き察したように、僕にだけ聞こえる小声で伝えてきた。


「安心しろ、お前の立場は守る。早く来い、屍食鬼が来るぞ」


 僕は警戒しながら、竜の真横に立つ彼に並んだ。

 何がいけなかったのかまったく解らないが、気付かれた事を誰にも悟られてはいけないと強く思う。特にセルジン王にだけは、知られてはいけないのだ。大好きな王に嘘を吐かなければならない苦しみを思うと、なんとしてもテオフィルスを切り離さねばならない。



 協力するのは、今だけだ!

 行軍参加なんて、絶対にさせちゃいけない!



 テオフィルスは僕の思考などまったく気にする様子もなく、次々指示を出す。僕は考える間もなく、その指示を頭に叩き込む。


「耳栓は鎧の肩甲に取り付けてある、それを使え。さあ、乗れ」


 彼の指示通りの場所に足を置いて、何とか竜によじ登る。思った以上に高く、馬の倍くらいありそうだ。胴幅も太く、馬のように跨って、扶助が出来るのか疑問に思った。竜の鱗は堅い、鎧に拍車は着いているけど、人間が足で蹴って感じ取れないと思える。それに僕の体形が竜の騎乗にどう有利なのか知りたかった。


 馬のキ甲に当たる部分――首と背のつなぎ目辺りと、翼の前面部分の間に、背鰭(せびれ)を跨ぐ形で(くら)が二つ取り付けられている。斜めに竜の首に幅広の飾り帯で繋ぎ止められた鞍は、背鰭を跨ぐ形なので馬の鞍より高く(あぶみ)が無い。


「乗れ」


 先に後ろ側の鞍に跨りながら、彼が手を差し伸べる。その手を無視して、前面の鞍に(またが)った。


「鐙が無い。振り落とされる」

「安心しろ」

[イリ、固定!]


 指示の直後、竜の鱗の間から膜状の触手が伸び、鞍から下に伸びている二人の上肢から下全体を絡め取った。


「うわああぁぁぁ――――!」


 あまりの感触と恐怖から、叫び声を上げる。


「ふふふ……、初めての時は皆ここで叫ぶんだ。大丈夫、イリはお前を気に入っている、振り落としはしないさ」


 面白がるようにテオフィルスが言う。顔を引き攣らせながら、僕は振り返る。


「イリ?」

「ああ、この竜の名だ。呼んでやれ、喜ぶ」


 竜の後頭部の棘状鱗に向けて、僕は名を叫ぶ。


「イリ!」


 竜イリは太く長い首を捩り、嬉しそうに振り返る。

 可愛い!

 心の底から、そう思える。僕の竜に対する恐怖心は、綺麗に消えていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ