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第二十三話 王に逆らう決意 

[甘言に乗ってはいけません、若君!]

[お前はトムニ爺を連れて逃げろ! 呼び笛で、お前達の竜を呼び寄せるんだ]


 マシーナが警告する中、テオフィルスは竜の指輪を左手中指から外し、トキの足元に放り投げた。彼は七竜の魔法が使えなくなったのだ。

 テオフィルスを庇いマシーナが前に立ち、トキに向かって剣を構える。老トムニまで、剣を抜いた。トキは不敵な笑みを浮かべながら、答えるように剣を構える。


「面白い。貴殿に、私の相手が務まるかな?」

[マシーナ、立ち向かうな! お前達は逃げるんだ!]

[それを許す相手じゃないでしょう! 若君が逃げるなら、そうしますよ]


 テオフィルスは顔を(しか)めながら、トムニを守るため剣を抜いた。緊急事態でも争いは避けられない。

 トキは僕を他の近衛騎士に預け、低い声で命じる。


「王命により、罪人とその随行者の処刑を行う! そこの男は、私が()る」


 騎士達と兵は、一斉に三人のアルマレーク人に飛掛かる。マシーナは他の騎士達を薙ぎ払い、一直線にトキに向かう。トムニは老齢ながら元は竜騎士、武器を取りテオフィルスだけでも逃がそうとする。トキとマシーナの剣が、激しくぶつかる。


 僕は王の言葉を思い出しながら、緊急事態を知らせに戻った三人のアルマレーク人を見ていた。



《信じて下さい。僕は……、あなたが好きです》

《では、私に従うのだ。あの者の処刑命令は出してある。そなたはそれを止めてはならぬ。これは王命だ!》

《…………はい》



 僕は陛下が好きだ。でも……、父の国人の死なんて望んでない。

 葛藤が苦しみを生む。テオフィルスを利用してたのは僕。父の館まで同行させ、僕の意志で知らずに彼を罠に陥らせた。

 こうなる事が解っていたはずなのに、なぜ竜の指輪を投げた?

 なぜ命を危険に晒しても、屍食鬼の襲来を知らせに戻った?


《お前は奴等に、支配されたままでいいのか?》



 良いわけないだろう!



 僕の足元に転がる竜の指輪を見詰めた。これに触れれば、僕が七領主家の血を引く人間と知られてしまうだろう。せっかくあんな危険を冒して別人と信じ込ませたのに、すべてが無駄に終わる。でも、彼等が殺されてしまえば、レント領を救う手段の一つが失われる。




《お前に、世界を見せてやる!》




 僕は、竜に乗れるのか?

 馬にも乗れないのに?

 父から竜騎士の血を受け継いでいるから、もしかしたら乗れるのか、竜に?




 竜に乗らなければ、屍食鬼を追い払えない!

 レント領を救えないんだ!




 戦うテオフィルスの真青な瞳を見つめた、父と同じ空を映した青い瞳を。

 心の中でセルジン王の姿が、悲しみを浮かべ僕を見る。

 王命に逆らったら、どんな目に遭うか分からない。たとえ最後の《王族》でも、僕の事を許さないかもしれない。完全に嫌われてしまう、そう思うと息も出来なくなる。


 それでも、僕は…………。




「待て! 戦闘を止めろ!」


 鐘楼の鐘と警告のラッパが響き渡る中、甲高い声が人々の動きを止めた。


「オーリン様?」


 トキがマシーナから距離を取り、不満そうに振り向き睨み付けてくる。


「彼等を今だけ協力者とする。レント領を守るために、共に屍食鬼と戦う。皆にそう伝えるんだ!」

「殿下、王命に逆らうつもりか!」


 僕は青ざめながら、怖い顔をして睨むトキの説得を試みる。


「空からの協力があれば、レント領の犠牲を防げる!」

「それを陛下が望むか? 我等だけで屍食鬼を打ち破る事は可能だ。アルマレーク人の協力など必要ない!」

「この宝剣は屍食鬼を消すんだ。これが無いと、屍食鬼は追い払えない! それにアルマレーク人は、もう僕を誘拐したりしない。魔王を呼び寄せる事になるって、知ってしまったからね」

「…………それでも、王命は絶対だ!」


 意見が噛みあわない中、誰かが叫ぶ。


「あれを見ろ、火が出ているぞ!」


 兵士が指差す方向を見て、皆が驚愕した。荒れた庭園の樹木越しに、北東の空が真っ赤に燃えている。魔物が城壁内に侵入した可能性が強い。


「第三城壁が破られた、魔物が領内に侵入したんだ!」


 レント騎士達は騒然となる。城塞内に火の手が上がった事に耐えられなくなり、僕はトキに詰め寄る。


「トキさん、全ての責任は僕が負う、あなたに類が及ばないよう取り計らう。だから、彼に竜の指輪を返して下さい!」

「殿下、私を誰だと思っている? 王の近衛騎士を(あなど)るな! あの男は誘拐犯、王命通り処刑する!」


 トキは僕を振り払い、長剣を手に今度はテオフィルスの元へ向かう。マシーナが止めに入り再度、剣と剣が激しい音を立ててぶつかり合う。このまま彼が殺されれば、竜の協力が得られずレント領が壊滅する。

 エランが僕を抱え込むように腕を回して肩を押さえつける。騎士達には腕を掴まれ身動きが取れない。


「止めろ、トキさん! 離せ、離せっ!」

「あいつは敵なんだ、手を組まない方がいい!」


 僕は怒りに身を(よじ)ると、エランと騎士の手を何かが弾き飛ばした。


「うわっ!」


 僕は彼等の手を逃れ、落ちていた竜の指輪を拾い上げて、トキの横を素早く通り過ぎる。


「オーリン様!」


 戦闘に集中している者の側に寄る危険は、重々承知している。味方の兵と騎士達の間を決死の覚悟ですり抜け、テオフィルスに近付く。彼の剣の技量が少しでも未熟であれば、僕は斬り付けられる。幸い彼は優秀な剣技の持ち主、戦闘中でも僕を認識して近付くのを手助けした。僕は素早く、彼に竜の指輪を差し出す。


「早く、竜を呼べ!」

「お前……」

「早く!」


 周りの騎士達は僕を引き摺り、彼から引き剥がす。竜の指輪は、彼の前で落ちた。

 暴れる僕を数名の騎士が覆い被さり取り押さえる。まるで罪人扱いだが、王命に背いているのだから、当然の対応だ。


「レント領を、助けて……」


 テオフィルスを囲む兵達は、指輪を取らせまいと必死に攻撃する。彼は目の前に転がっている指輪まで、剣と斧の刃をすり抜け、持ち前の運動神経で身体を動かし、指輪に触れた瞬間に叫んだ。


[リンクル、出でよ!]




 その瞬間、全てを吹き飛ばして竜の影が現れたのだ。




 彼を阻んでいた騎士は吹き飛ばされ、僕も他の騎士達と共に吹き飛ばされた。怒りを溜めた竜の出現に慣れているアルマレーク人だけが、身の守り方を知っている。テオフィルスは立ち上がり、竜の指輪を左手中指に()めトキに向き直る。


「射手、あの男を射て!」


 トキの命令が飛び、射手は即座に体勢を立て直し、狙いを定める。

 次の瞬間、竜が国王軍目掛けて炎を吐いた!

 国王軍の頭上すれすれに炎が伸び、皆が身を低くして避ける。高温の熱気が皮膚を焼き、体毛の焦げる臭いが恐怖を(あお)る。炎の直撃を受けた木々が燃え上がり、至近距離で受ける竜の炎の威力に、皆が度肝を抜いた。


 敵に回すには、恐ろしい相手だ。


 僕はトキと他の騎士達の隙を突いて、炎の中を武器も持たずにテオフィルスの元に走る。


「攻撃を止めろ!」

「こっちのセリフだ。協力を申し出ているのに、和解する気が無いだろう? こうしている間にも、屍食鬼が到着する! 俺達はアルマレークへ帰るぞ!」


 彼は怒りを漲らせて睨みつけてくる。


「待て! 僕が協力を受け入れる。和解する!」


 テオフィルスは怒りの表情のまま、僕を値踏みするように観察する。金色の髪が炎で焼かれ縮れて、白い皮膚も赤く火傷を負っている。誰もが身を縮める中、一人炎を恐れずここまで走り抜けたからだ。

 竜の指輪を素手で持って平気でいられるのは、七領主家の血を引く者の証。左手に魔力を感じ取れないので、エアリス姫ではない、正体不明の王太子。


「誰が何と言おうと、和解する!」

「…………お前は、どの領主家の血統だ?」

「え?」

「まあ、いい。和解に応じよう」


 彼は怒りの表情を緩め、周りを見る。


[リンクル、怒りを静めろ。攻撃を止めて、火を消せ]


 七竜リンクルは大きく息を吸い、国王軍に向けて吐き出す。皆が今度こそ死を覚悟し、身を縮める。何かが通り過ぎた後、熱気も火傷の痛みも木々の炎もまるで幻のように消えた。人々は茫然と凶暴な竜を見る。竜の表情など読み取れないが、その様子から攻撃は止んだのだと理解出来た。


「百年前のアルマレークに、〈七竜の王〉は存在しなかった。だから魔力を持つ七竜は参戦していない。だが、今は違うぞ!」


 彼はトキを睨みつけながら、低い声で静かに告げる。


「俺に攻撃する時は、七竜が怒りを持ってエステラーンへ攻め入る事を、王に伝えておけ!」


 その警告を冷静に受け止め、深く溜息を吐きながらトキは剣を鞘に収めた。これ以上の争いは王国に災厄(さいやく)を招く。王命に反しても、それは避けねばならない。トキは騎士の礼を取り、剣を自分の前の地面に置いた。


「殿下の御意思に従う」


 強面なトキの顔に、心配気な表情が見て取れた。その事に気付いた途端、僕の心にセルジン王の言葉が甦る。


《あの男が婚約者である限り、エステラーン王国はアルマレーク共和国に併合される危険がある!》


 王を裏切っている事に迷いを感じる。彼の失望した顔が目に浮かび、手で額を押さえた。

 断続的に聞こえてくる破壊の振動が、心臓を苦しめるように響く。レント領に八年前の悪夢が甦る―――大勢の人間が殺され、多くの血が流れた。母の無残な姿が目に浮かぶ。再び魔王の剣が僕に付き下ろされた気がして、呼吸が荒くなる。

 父の館を見た。幽霊屋敷と呼ばれる館は、荒廃した姿を晒し続けている。


 こんな悲劇を繰り返したくない!

 たとえ陛下に嫌われても……。


 王の姿が脳裏から離れず、心を苦しめる。涙が滲む思いを堪えながら、テオフィルスを睨みつける。


「早く、竜を呼べ」

「ふん、偉そうな王太子、誰にでも命令出来ると思うな! 俺は自分の意思で動く、お前の命令は聞かない」


 彼の蔑んだ青い目が、棘のように心に突き刺さる。この男を動かすのは容易ではない、あまりの焦燥に項垂れる。


「……お願いです。竜を、呼んで下さい!」

「人にものを頼む時は、目を見るものだ」


 憤りを感じて顔を上げ、彼を睨みつけた。すると意外なほど優しい表情を浮かべて僕を見ている。


「竜を呼ぶ前に、条件がある」


 やはり、そう来た……。



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