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第二十話 宝剣の威力 

 血に塗れたテオフィルスの手から、月光石が滑り落ちた。彼の着る旅装が屍食鬼の爪に切り裂かれ、下に着ている鎖帷子(くさりかたびら)に似た防護服が辛うじて彼を守っているが、いずれ倒れ動けなくなるのは時間の問題に見える。

 彼が屍食鬼に殺されてしまう事が、僕にはとても許せない事に思え、咄嗟に内懐から自分の月光石を取り出した。


「テオフィルス、受け取れ!」


 丸腰で戦う彼に、剣を見つけやすくするために、僕は月光石を彼に向けて投げた。すると、月光石が飛んだ先にいる屍食鬼が、柔らかい光を恐れるように逃げ始めたのだ。テオフィルスの周りから屍食鬼がいなくなり、彼は月光石を拾い上げた。僕は呆然と、自分の投げた石を見詰めた。


 あれは、マールさんが持っていた希少石?


 セルジン王が僕の腕を掴み、怒りの表情で睨み付けてくる。


「余計な事を、あの者は葬り去るべきだ! それなのにマールの希少石を渡すとは!」

「申し訳ありません、マールさんの石とは知らずに……。でも、エアリスの恩人は、生かして返すべきです」

「そなたは、誰の味方だ?」


 王を怒らせたのは何度目だろう、そのうち本当に嫌われてしまうかもしれない、そう思うと苦しくなる。でも、父の国人を守らなければ、僕の中の何かが死んでしまう気がするのだ。僕は泣きそうになりながら、王に縋り付く。


「もちろん、陛下の味方です、信じて下さい。僕は……、あなたが好きです」


 涙が頬を伝う。こんな緊急時に、僕は何を言っているんだろう。

 セルジン王は怒りの表情を緩めて、僕の心を確かめるように僕の頬に手を添え、顔を覗き込む。


「では、私に従うのだ。あの者の処刑命令は出してある。そなたはそれを止めてはならぬ。これは王命だ!」

「…………はい」


 僕がこの館に入るのに、テオフィルスを利用した。恐怖に動けなくなる僕を、この館まで連れて来るだけの目的で。でも、館の中にいるセルジン王が彼を迎え入れ、魔法を使えない状態にして閉じ込めたのだ。僕はアルマレーク人の死なんて望んでない。


 でも、王には逆らえない。


 気が付くと王と僕の周りに、黒い渦が蜷局(とぐろ)を巻くように集まり、視界が利かなくなっていた。


「私から離れるな!」


 僕は《ソムレキアの宝剣》を片手に抱え、もう片方の腕を王の胴に回し、今度は魔力で吹き飛ばされないように、必死に抱き着く。黒い渦から(やり)のような鋭い物が、僕めがけて突き出て殺そうとする。王が剣を一払いすると、周りのすべての槍が叩き落とされ消えた。


 すると蜷局の中から人の形をした影が浮き上がり、再び魔王アドランが現れた。セルジン王と距離を取りながら、揺れ動く魔力が次の攻撃の形を取り、魔王の背後に現れる。それは巨大な屍食鬼の爪のような刃だ。


『そなたは魔力が落ちたな、我が愚弟(ぐてい)よ。《王族》が減ったせいか? あの馬鹿なドゥラスが死んだせいか?』

「ドゥラスほど優れた《王族》はいない! 私より王に相応しい存在だった。だから、兄上が殺したのだ。私は兄上、あなたを許さない!」


 セルジン王の周りから、凄まじい怒りを伴なった魔力が湧き起こる。暗い思念の入り混じったそれは、魔王の放つ黒い渦にとてもよく似て、僕の気力を蝕む。僕は王にしがみ付く事が出来なくなった。


「陛下……」


 手が放れる寸でのところで、王が僕の腕を掴む。その隙に魔王の背後の巨大な刃が、鎌首をもたげ王に襲い来る。王の前に透明な盾が現れ、刃を弾いた。


「兄上の、思い通りにはさせない!」




 テオフィルスは王太子の投げた不思議な月光石を使って、自分の月光石と剣を探し当てた。マシーナが剣で屍食鬼を切り付けながら、彼の元までたどり着く。


[若君! 大丈夫ですか? ああ、酷い、血塗れじゃないですか]

[早くここを出よう。館全体に王の結界が張ってあるから、竜の魔法が使えないし、 傷も治せない]

[逃げましょう。もう手がかりは掴んだのです、早く!]


 襲い来る屍食鬼と戦いながら二人は、血路を開こうと必死になる。幸い王太子の月光石のおかげで、屍食鬼が集団で襲ってくる事がなくなり、移動は前より容易くなった。


[若君、竜の乗り場があります。早く来て下され!]


 随行者の老トムニが、隠されていた竜騎士の脱出口を見つけ出す。テオフィルスが視線を向けた瞬間、月光石に照らされて見慣れた物が目に飛び込んできた。


 竜と指輪の紋章――――フィンゼル家の紋章旗だ。そして横に並ぶ王冠と聖鳥の紋章旗は、謁見の際に目にしたエステラーン王国ブライデイン王家のもの。


 急に止まった彼に、マシーナが警告する。


[若君、早く!]

[…………]


 テオフィルスの心に、何かが引っかかった。あきらかに惨劇があったこの館に、自国の紋章旗がなぜ今も残されているのだろう。敵対している自分達とは裏腹に、その紋章旗は愛の象徴のように国という概念を超えて存在していた。 


 上りかけた階段から、彼は後ろを振り返る。多くの屍食鬼の向こうで、セルジン王と王太子が、魔王と対峙している。その戦いぶりは、魔力のぶつかり合いのせいで、はっきりと目にする事は出来ない。


 それでも、何かが引っかかる。先程、王太子が手にしている光る剣が、屍食鬼を消滅させた。ここへ連れて来た時には、王太子はあの剣を持っていなかった。


[どこにあったんだ、あんなもの?]


 王の側から弾き飛ばされた王太子の前に、黒い渦が現れ(うごめ)き始める、まるで清らかなものが汚されてゆくように……。テオフィルスは、なぜか無性に沸き起こる怒りの感情に突き動かされ、階段から屍食鬼達の中へ飛び降りた。


[いけません、若君!] 




 魔力でセルジン王から引き剥がされた僕の目の前に、魔王アドランが勝ち誇ったように立っている。先程より影が濃く、くっきり見えるのは、セルジン王を魔力で打ち負かしたからだろうか。反対に《ソムレキアの宝剣》の光が弱まっているのは、王に加勢出来ない自分を、情けなく思っているのが原因かもしれない。

 僕も魔法が使えたら、王の足手まといにはならないのに……。


『思った以上に体力を消耗したようだな、天界人。永遠に生きるそなた達は、疲れとは無縁なのかと思っていたが』 


 僕は恐怖に動く事が出来ない。魔王の手が喉にかかり、足が宙に浮くぐらい持ち上げられる。息が出来ず、苦しみに宝剣を落としそうになる。魔王の足元から黒い渦が湧き上がり、僕の身体中を覆い尽くす。セルジン王が反撃の魔力で僕を取り戻そうとしているが、黒い渦が強固に立ちはだかる。 


『魔界域へお連れしよう、天界の御仁』


 怒りが、僕の心に沸き起こる。

 僕の命の光となってくれた王の子を、魔王の邪悪な手に掛けさせてなるものか!



 守りたい気持ちが、力を与えた。

 《ソムレキアの宝剣》が、強烈な光を放ったのだ。



 苦しみの中で光輝く宝剣を振りかざし、魔王の手を切り付ける。

 衝撃を受けたように、魔王は手を離した。

 黒い渦が霧散する。 


「天界人じゃない! 僕はオーリン・トゥール・ブライデイン。この国の王太子であり、《ソムレキアの宝剣の主》だ! お前を討つ!」


 まるで誰かが憑依したように僕は宣言し、紫水晶で出来た宝剣は猛烈な輝きを放ち、魔王の影を一刀両断に切り裂く。


『これが、宝剣の威力か……? 影が保てぬ、これほどに……? あああ……、ぎゃああああ――――!』


 魔王から壮絶な悲鳴が上がり、影は屍食鬼の残像と共にかき消えた。



 僕は手にしている宝剣の光に、心も身体も覆い尽くされ何も考えらずにいた。今、僕を衝き動かしたのは誰なのか。自分の意志とは思えない。

 王の子の意志か?

 それとも、宝剣の意志なのか?

 身を包む大きな光の翼を、背に感じた気がした。

 そして、姿の見えない国王の声が聞こえる。


「オーリン……、我が子。そなたは……、や  はり…………」


 王の声が消え、不安が押し寄せる。セルジン王の影が消えたのが、僕には嫌という程理解出来た。眩しい光の中に、王の姿は見えない。


「陛下? …………国王陛下! 国王陛下!」


 王のいない喪失感を、叫びに変えた。僕の唯一の肉親であり心の支えである、愛するセルジン王が消えてしまったのだ。目の前が真っ暗になり、僕の不安を感じ取るように《ソムレキアの宝剣》の光が急速に衰える。


 父エドウィンの館に暗闇が戻ろうとした時、誰かが宝剣を持つ手を掴んだ。


「まだだ! まだ、その剣を光らせていろ」

「えっ?」 


 テオフィルスの血にまみれた手が、僕の細い手首を握りしめ宝剣を掲げる。彼は興奮した目で笑っている。


「離せ! 君は敵だ!」 

「そんな事はどうでもいい、冷静に周りを見ろ! ここで殺された者達が、その光で浄化されていく。シモルグ・アンカがこんな室内に現れるなんて……、お前、凄い事をしているんだぞ。もっと光らせろ!」


 言われて周りを見ると、小さな丸い光があちこちの床から浮かび上がり、館の中にシモルグ・アンカが夕陽色の翼を羽ばたかせ、長い孔雀の尾をなびかせて、灰色の女人の顔で、死者の魂を優雅に宝剣の光へと導いてゆく。


「シモルグがこんな所に……。浄化? これって、魔界域に閉じ込められた魂を、解放しているって事か?」

「そうだ! 一度見た事がある。アルマレークにも呪術師がいて、不慮に亡くなった者達を浄化した。その時もシモルグ・アンカが現れたんだ、同じだ」

「……」

「天界の門が開いている、死者の魂が天に迎え入れられているんだ。こんな事が出来るなんて……、お前凄いな!」


 彼の声が、僕には半分も聞こえなかった。

 他より大きな丸い一つの光が、別れを惜しむように僕の周りをゆっくり廻っている。温かく優しい、懐かしい光。遠い昔、僕はこの光に抱きしめられていた。

 その球体は包み込むように近づき、やがて宝剣に吸い込まれていった。

 とめどなく涙が流れ、彼に聞こえないように小さな声で呟く。


「さようなら、母上……」


 後は何も解らなくなった。

 幾つもの光が宝剣に吸い込まれていく、その光の中で泣き続けた。


 


 ――――やがて最後の魂が宝剣に吸い込まれた後、光は役目を終えたように、シモルグと共にスッと消えた。

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