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第十七話 宝剣は何処にある? 

 《ソムレキアの宝剣》を、探し出さなければならない。

 宝剣が僕の手に戻らない限り国王軍は留り続け、大好きなレント城塞が再び《王族狩り》に巻き込まれる。僕が死ぬか、ここから去るかしない限り、危機は去らない。せっかく掴んだ手掛かりに、たどり着く事も出来ない。


 いずれ魔王とは対峙(たいじ)する事になる。僕が《ソムレキアの宝剣》の(あるじ)である限り、それは避ける事が出来ない宿命だ。魔王を水晶玉の魔力から切り離せる《ソムレキアの宝剣》を、彼は自分の物にしたいのだ。


 宝剣は何処にある?


 馬に乗れない僕は騎士見習いから従騎士へ昇格出来ないでいる。従騎士や騎士にならないと、剣を持って戦う事が出来ない。どうやって魔王と対峙出来る。《ソムレキアの宝剣》が手に入れば、魔王と戦う武器になるのではないか。もし、それが僕でも扱える重さの剣であれば、何としても手に入れるべきだ。


 何処にあるんだろう?

 僕が殺されかけた場所?


 父の館の何処を捜しても、宝剣は見当たらなかったとセルジン王が言っていた。あの館には惨事が起きた日から結界が張ってあり、王と同等の魔力を持つ者、それと僕以外、結界を破る事は出来ない。だから、盗まれた可能性はない。魔王も欲しがっているから、持ってはいないのだ。


 宝剣は何処にある?

 何処に消えた?



 《ただ前へ進みなさい、オリアンナ姫。《ソムレキアの宝剣》は必ず現れます》



 泉の精の言葉が、頭の中で繰り返し反響する。

 前へ進むって、どうすればいい?

 父の館へ僕が入れば、宝剣は現れるんじゃないのか?


 そう考えただけで、背筋に寒気が這い上がる。魔王はあの場所に一人で来いと言った。あきらかに罠だ。


 あそこへ、行くのか?


 身体から冷や汗が流れる。惨劇があった父の館に入れる気がしないし、足を運ぶ事すらしたくない。それでも、僕の中の何かが、あの場所だと確信する。



 父の舘へ行けと、心が叫ぶ。




 突然、爽やかな香りが、僕を現実に引き戻した。マールが杯に淹れたお茶を、僕の顔の前に差し出している。


「あまり思い詰めないで下さい。運び込んだ物は、大切に保管されていますから、焦らなくて良いですよ」


 僕は頷きながら杯を受け取り、口に含む。蜜の甘さではない、お茶本来の甘味は、大人の味覚で僕の口には合わず、緊張感は一気に吹き飛んだ。顔をしかめていると、マールが微笑みながら、杯に蜜を注ぎかき混ぜる。


「ひとりで無茶な行動はしない。必ず陛下か、私にお伝え下さい、良いですね」

「うん、解ってるよ」


 心を見透かすような彼の忠告に、決意とは裏腹な微笑みを、無意識に返していた。




 マールが仕事で部屋を出た後、僕は侍女のミアにお願いして、エランと交代してもらった。部屋に入ってきたエランは、僕をゆっくり眺め、水色の瞳が優しく微笑む。


「良かった、本当に綺麗に治ってる。安心したよ」


 幼馴染みの彼は、〈契約者〉になったハラルドに襲われた僕を、心配していたのだ。緊張が緩みそうになり、僕はわざと彼を睨み付けながら、目の前に立つ。


「君は今から、僕のお気に入りの従者だ。皆の前で王太子扱いしてくれ。今までのオーリンとは別人の印象を付けさせるんだ」

「僕はまだ、ベルン長官の従騎士だよ。今だって仕事を放置して来てるのに、どうやって君の従者をやれるんだ? 暇じゃない!」


 僕達は睨み合った。


「ベルン長官には、僕から話す。アルマレーク人を(おび)き出したいんだ、協力してくれ」

「それは君の仕事じゃないだろ。あいつを誘き寄せて何がしたいんだ? 危険を冒す意味は?」


 さすがにエランは遠慮なく、目的を聞いてくる。


「……父上の館へ行く」


 エランは驚き、僕の腕を強く掴んで引き寄せ、首を横に振る。


「駄目だ! あの館に入れないだろう? 一度、試したじゃないか。君は足が(すく)んで動けなくなった。館へ近づく事さえ、出来なかったんだ! 忘れたのか?」


 幼い頃にエランと二人で、父の館に行こうとした事があった。話の弾みで喧嘩になり、意地を張って館を見せるつもりで行ったのだ。でも、途中で僕の気分が悪くなり断念した。異常なほどの恐怖心に捉われ、動く事も出来なくなり、護衛に背負われてレント城に行き、医師の診察を受けた。


 エランはその時、領主ハルビィンに酷く怒られ、二度とあの館に僕を連れて行かないよう厳命されたのだ。


「だから、あのアルマレーク人が必要なんだ! あいつは父上の館を見せるように、謁見中に陛下に要求した。あの館には陛下の結界が張ってあって、僕と陛下以外入れないはずなんだ。でも、僕はあの館に近付きたくないし、近付けない。彼だったら、僕を無理にでも連れて行く」

「馬鹿な事を! アルマレークへ連れ去られるぞ!」

「だから、アルマレーク人を欺くために別人になるんだ。協力してくれ」


 エランが怖い顔で、僕を睨む。


「何のために館へ? 君、あそこで殺されかけたんだろ? また、動けなくなるに決まっている。何のために館へ行く? 陛下と行けばいいじゃないか!」

「《ソムレキアの宝剣》が、あの館にある。陛下が捜しても見つからなかった。きっと……、僕が行かないと現れないよ」

「…………よく解らないけど、その宝剣って何? 君は、それを手に入れて、どうしたいんだよ?」


 僕は全ての事情を、エランに打ち明けた。




 彼は頭を抱えて、しばらく黙り込んだ。今のエステラーン王国の現状は、彼だって認識している。それを解決するのが、僕にしか出来ない事に呆然としているのだ。


「……わかったよ、オリアンナ。君、よく今まで生きてこれたね」

「オーリンにされたから、(あざむ)けたんだ。こんな事情、僕だって知らなかったよ。でも、早くレント領を出たいし、陛下を助けたい。僕を男扱いするのは、お手の物だろ? 君にしか頼めないよ、エラン」

「魔王の……、罠だと思わないのか?」

「思うよ! でも、他の場所じゃない。あそこにあるんだ、きっと……」


 彼は黙って僕を見詰め、深く(うなず)いた。




 部屋に理髪師を呼び、印象を変えるために少し髪を短くした。エランは不服そうだった。


 その日一日を僕は、極力部屋の外で過ごした。僕を守るトキに頼み、男子としての所作の指導を受けながら、寝込んでしまった養母上(ははうえ)の見舞いに行き、その後、養父上(ちちうえ)の手伝いをした。


 エランは始終、僕を王太子扱いし、領主も当然のようにそれに合わせたため、城中の人間が僕を別人のように扱い始めた。少し寂しい気もするけど、レント領を守るためにはそうするしかない。


 屍食鬼の炙り出しをするべく、各部屋の暖炉の薪に屍食鬼の嫌いな臭いを出すコルの実の調合薬を投げ込んでは、周りの者達に警告を出す。必然的に注目を浴びる手伝いだ。幸い屍食鬼も魔王も、テオフィルスさえ現れはしなかった。




 いつの間にか夕食時になり、セルジン王の滞在する貴賓室で食事を共にする事になった。王は影だから、食事を取る必要がない。マールが淹れたお茶を、皆の付き合いで飲んでいるだけだ。王が何かを口にしないと、皆が遠慮して食べ始めないのでそうしていると聞いた。


 王がお茶を飲み始めたので、僕も目の前のスープを口にした。今日一日、城中を移動して、男子の王太子を演じていたので、お腹はいつも以上に空いている。細長い食卓を挟んで、王と少し距離を感じながら、僕は遠慮なくパンを()()り口にする。いつもは少ししか食べない腸詰肉を、パクパク食べる。自分でも不思議なくらいの食欲だ。


 王は僕の食べっぷりを、微笑んで見詰めていた。

 ひょっとして、彼にお腹が空く魔法をかけられている?

 そんな風に感じる。


「エドウィンの館へ、行くのか?」


 突然の王の言葉に僕は驚き、口にした煮梨を危うく喉に詰まらせそうになった。慌ててお茶で流し込み、難を逃れた。王の前で、みっともない真似はしたくない。僕は手拭きで口を拭いながら、首を横に振った。


「い……、行きません! どうしてですか?」


 きっと、トキかエランが僕の行動を王に報告したのだろう。あえて口止めしなかったのは、魔王に一人で立ち向かう勇気が無いからだ。僕の中途半端な行動を、心の中ではセルジン王に助けてほしかった。


 でも、王の助けが《ソムレキアの宝剣》の出現を阻む可能性もある。僕が殺されかけた時、王はいなかった。宝剣が消えた瞬間を、再現する必要があるのを、僕はなぜか確信していたのだ。


「そうか、それなら良い。王太子としていずれ皆には周知するが、アルマレーク人を(あざむ)くには良いタイミングだ。こちらも警備は万全にする、今日は安心して眠るといい」

「…………はい」


 僕の計画を完全に悟られている気がして、安心していいのか複雑な気持ちで食事を終えた。 






 何か幸せな夢を見ていた。

 僕を呼ぶ、優しい声。

 最初それはシモルグ・アンカの声かと思ったが、少し違っている。

 僕は夢の中で、その声の方へ行こうと一歩踏み出した。



 それが聞き覚えのある、低い男の声で破られたのだ。


「起きろ、ヘタレ小竜」


 覚醒したばかりの意識でも、テオフィルスが来たのだとすぐに理解出来た。計画通りだが、さすがに緊張する。部屋の燭台の灯りを背に受け、青い瞳の彼が暗い表情で、僕を見下ろしていた。服装は最初に出会った時の、旅装に戻っている。


「誰だ、君は?」


 初対面のふりをして、僕は彼を睨み付ける。

 部屋を見回すと、エランも侍女も床に倒れ意識を失っていて、僕は咄嗟にベッド脇に吊るした護身用の短剣を取ろうとしたが、彼が素早くそれを蹴り、手の届かない場所へと飛ばされた。

 テオフィルスは不敵な笑みを浮かべ、僕を見下ろす。


「俺を忘れるとは心外だな、二度も助けたのに。テオフィルス・ルーザ・アルレイド、お前の婚約者だ」


 僕は皮肉っぽく顔を(しか)め、彼を跳ね除け起き上がろうとした。


「婚約者? 男の婚約者を持った記憶はないな。別人だろう、君とは初対面だ」


 彼の腕が僕の肩を掴み、ベッドに仰向けに戻された。覆いかぶさるように腰を下ろし、冷たい青い目で見下ろす表情は、謁見時の若き国王然とした彼とはかけ離れたものだ。


「服を着て寝ていたのか、裸だったら性別を確かめられると思ったのに。エアリス姫が、どこにもいない。あれはお前だ、オーリン。お前が女なら、間違いなくオリアンナ姫だ」


 危機感に冷や汗が流れる。

 彼に身体を調べられたら、女だと知られたら……、すべてが終わるのだ。

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