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第十四話 〈契約者〉ハラルド 

 《ソムレキアの宝剣》…………、それがないとハラルドを魔王から解放する事が出来ない。でも、その宝剣は僕の手元には無い。

 いったい、何処にある?


「姫君、魔王のいう事を真に受けてはいけません! 彼は約束など守らない!」


 僕の肩を揺さぶるマールは、とても怖い顔をしている。僕は嫌でも現実に立ち返った。


「解っているよ。《ソムレキアの宝剣》は、魔王を滅ぼして、陛下を水晶玉から解放するための武器だ。僕だけが、使える武器だよ。でも……、それって、どこにあるの?」

「それは、分かりません。ただ、時が来れば必ず姫君の前に出現すると、陛下が(おっしゃ)っておられました。どうか、その言葉を信じて待つのです」


 《聖なる泉の精》と同じ事を、陛下が言っている。強い魔力を持つ者には、未来が見えるのだろうか?


「時が来れば……、陛下がそう仰ったんだ。……うん。だったら、僕は待つよ」


 マールはホッとした表情を一瞬見せたが、すぐに厳しい顔付きで周りに注意を払う。


「いいですか、姫君。これから何が起ころうと、絶対に私の側を離れないで下さい」

「……解った」


 マールは薬師であって、戦闘員ではない。それなのに自分の側を離れるなとは、先程のような特殊武器でも持っているのだろうか。国王軍は非戦闘員でも、戦う事に慣れている。行軍参加とは、そういう事なのだろう。


 魔王が去ったせいか、部屋に充満していた煙が薄らいできた。マールが僕の視界を塞ぐように立っているが、ハラルドが気になり横から覗いてみる。そうして、また気分が悪くなった。

 横たわるハラルドの周りを黒い渦が激しく取り巻き、彼の姿が見えないほどだ。まるでハラルドに侵入して、〈契約者〉に作り変えている、そんな動きに見える。


「気分が悪いのでしたら、私にお掴まり下さい」

「……マールさんにも、あれが見えるの?」


 僕にしか見えないと思っていたのに、王の薬師には見えている。不思議に思い、問い掛けるように彼を見上げていると、察したようにマールが明かした。


「私にも少しだけ《王族》の血が流れているらしいですよ。だからあれ(・・)が見えるのです」

「…………他にも、そういう人はいる?」

「いますが、少ない。殿下の周りでは、サフィーナ様がそうでしょう」


 サフィーナの名が出て、僕は驚愕した。ハラルドが黒い渦を(まと)わりつかせていたのは、子供の頃からだ。自分の子供を、彼女は脅威に思っていたのではないか。今の状況に、彼女の恐怖心を思うと、サフィーナの姿を捜さずにはいられなかった。


 彼女は夫ハルビィンを、息子に近付かせないよう、必死に止めていた。領主には、息子の変化が見えないのだ。


「ハラルド!」


 領主の呼びかけに、一瞬、黒い渦を纏うハラルドの身体が、微かに動いたように見えた。領主もそれに気付き近寄ろうとしたが、トキが一喝する。


「近寄るな! 彼は〈契約者〉だ、殺されるぞ! レント騎士、領主を止めろ」

「私の息子だぞ! まだ生きている。今、動いたじゃないか」


 領主が反論した直後、ハラルドは緩やかに身を起こし、父親に顔を向けた。黒い渦が少し薄くなる。


『父上……、助けて』

「ハラルド! 今、助ける」

「駄目……」


 サフィーナに抱き着かれ、騎士達に止められ、領主は息子に近付く事が出来ない。


『父上……、もう、駄目……、ああ、ああああぁぁぁ…………』


 ハラルドが異常な声を上げ始め、黒い渦は全てハラルドに入り込む。口を大きく開け苦しみの表情を見せながら、蛇のように首を異常に長く伸ばし、身を捩り動かし始めた。

 身体は長く醜く変形し、鼻と口が前にせり出す。口から長い牙が生え、背から黒い翼が現れる。その爪は長く鋭く、命ある者を切り裂くために伸びる。


 僕はあまりの恐怖と気分の悪さに、マールにしがみつく。

 ハラルドは急激に、屍食鬼へと変身した。半変化の状態がまるで無く、国王軍に打ち取る暇も与えず。領主が悲鳴を上げる。


「ハラルドォ!」

「屍食鬼だ! 撃ち落とせっ」


 トキの号令に、部屋の護衛が矢を射るが、どれも弾かれ中らない。ハラルドだった屍食鬼は、醜い翼を広げ部屋の中空へと飛び立つ。その口から歓喜の声が溢れ出る。


『ふふふ、これが魔王の魔力(ちから)か。なるほど……、悪くない』


 次の瞬間、黒い翼はそのままに、屍食鬼は元のハラルドの姿に変化した。


「〈契約者〉になった! 奴等は屍食鬼を呼び寄せるぞ、討て! 屍食鬼を呼ぶ前に!」

「止めろ、止めてくれ!」


 領主がレント騎士達の腕を振り払いハラルドに近付こうとするが、トキに連れ戻された。


「近付くな、殺されるぞ! あれはハラルドじゃない。見て分かるだろう、魔王の魔力を使う〈契約者〉だ!」


 ハラルドは壮絶に微笑みながら、周りを見回す。


『あははは……、僕は魔力を手に入れたんだ。見える。見えるぞ、《王族》が!』


 ハラルドの視線が、僕一人に注がれた。その視線が魔王の視線と重なり、僕は恐怖に震える。マールが僕の肩を抱きながら、もう片方の手で腰鞄から何かを取り出す。


「大丈夫。奴の思い通りにはさせません!」


 ハラルドの周りから、爆発的に黒い渦が現れる。僕はあまりの気分の悪さに、立っている事が出来ず膝をつく。それはサフィーナも同様で、領主の前で意識を失っていた。

 ハラルドの手から長い爪が伸び、高い天井付近から僕の頭上に急降下する。僕を庇うマールの手が何かを掲げ、周りに優しい光が満ちた。


『ちっ!』


 ハラルドの舌打ちが聞こえ、翼の音が遠退く。僕は顔を上げて、マールの手にした物を確認する。〈契約者〉を遠ざけたのは、僕の持つ物より少し大きい月光石だ。こんな効果があるなら、月光石を有効活用すれば……、そう思いかけた時。


「普通の月光石では追い払えません。これは私だけが持つ希少石、真似をしても死ぬだけです」


 僕の心を読んだように、マールが否定する。彼の琥珀色の瞳は、依然〈契約者〉を睨み付けたままだ。僕の表情を読み取ったわけでもなく、心を見抜く。それが《王族》の魔力なのかは分からないが、希少石を一人で所有していること自体、彼が国王軍の中でも特別な存在である事の証明に見える。


「マール。気を付けろ、また来るぞ」

「解っている。トキ、サフィーナ様の元に移動するぞ。手を貸せ!」

「任せろ」


 トキはマールの防衛方法に慣れた素振りで、部下達に移動を命じた。

 領主を守るレント騎士隊は、素早く飛び回るハラルドの攻撃を受け、防戦に集中するあまり、倒れているサフィーナに気を回す事が出来ずにいる。彼女を守っているのは、息子だった〈契約者〉を攻撃する気になれない領主ハルビィンだけだ。


 ハラルドは再度、僕達に攻撃を仕掛けてきたが、屍食鬼との戦いに慣れている近衛騎士達に阻まれ、僕に近付く事が出来ない。彼を阻む矢は的を外し、サフィーナの美しい部屋を破壊する。飛び散る破片を()(くぐ)り、マールは僕を窓側から壁伝いに少しずつ移動し、暖炉の側にいる領主達の元へと僕を導く。


 彼は希少石で意識のないサフィーナも守ろうとしているのだ。足に絡まるドレスを持ち上げ、転ばないように必死にマールの動きに合わせて移動している時、不意に上を飛ぶハラルドが急降下して領主を攻撃しようとしている事に気付いた。


「危ない、義父上(ちちうえ)!」

「いけません、姫君!」


 マールの制止も聞かず、僕は咄嗟に走り出す。


 レント騎士達の何人かが、攻撃を止めようと身を犠牲にして倒された。領主はようやく剣を抜き、ハラルドと対決しようとした。その瞬間、ハラルドは進路を変え、僕の目の前に突進する。近付く彼の長く鋭い爪が、頭上から振り下ろされた。


「姫君!」


 マールの叫び声が聞こえる。持前に反射神経の良さで、飛び退く事は出来たが、慣れないドレスのせいでよけきれず、爪が僕の皮膚を切り裂く。

 顔面と胸に強い痛みが走った。


「ああ……」


 反動で後ろへ倒れかけたところへ、ハラルドが不気味な笑みを(たた)えて迫り来る。マールが希少石を振りかざし、僕を助けようと駆け寄る。



 突然、部屋の扉が吹き飛び、強烈な光が人々と〈契約者〉の目を眩ませる。



『汚らわしき者は、立ち去れ!』



 部屋中に響く国王セルジンの声がしたと同時に、ハラルドは憎しみに顔を歪めた。あきらかにダメージを受けたのだ。


 光の中に立つセルジン王は、朧気にしか見えない。光に目が眩んでいるからなのか、セルジン王が影のせいなのか。痛みと苦しみの中で見るその姿は、僕には救いに映った。


「陛下……」


 ハラルドは閃光にかき消される前に、魔王と同じ言葉を僕に言い放つ。


『あの館へ、来い。《ソムレキアの宝剣》を持って……、一人で来い!』


 怨念のこもった彼の声が、魔王の声と重なり、痛みと共に僕の耳にこびり付く。最後に力を振り絞るようにハラルドは、長い爪で僕の肩を掴み、そのまま三階の窓を突き破る。盛大にガラスの割れる音が響いた。


 義母上(ははうえ)の大好きな窓が壊れた……。


 〈契約者〉は僕を掴んだまま空へと飛び立ち、王の魔力から逃れるように消えた。空中に放り出された僕は、真っ逆さまに落下する。


「姫君!」

 

 人々の叫びが遠くに聞こえる。

 落下はほんの一瞬、そして死を迎える。


 セルジン王の姿が、暗闇に飲まれる僕の意識の中で、悲しく孤独に(たたず)んでいる。僕の目から涙が、空中に舞った。


 まだ死にたくない、陛下を助けたい。


 落下の感覚に恐怖しながら、僕は意識を失った。

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