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第十三話 魔王の罠 

 転倒した僕に、半変化のレント騎士が近付いてくる。あまりの恐怖に僕は声を上げる事も出来ず、まるで子供の頃を追体験している状態に陥る。母上の悲鳴の後に訪れたのは、魔王とその手が持つ剣。そして、僕の死だ。


 もうすぐ、死が訪れる!


 そう思った時、半変化が後ろに仰け反り、緑色の血を振り撒きながら僕から離れた。後ろから斬り付けたのはエランだ。のたうつ半変化を蹴り飛ばし、他の騎士が対処し始めたのを確認してから、エランはマールと一緒に僕を助け起こした。


「大丈夫?」


 心配するエランの顔を見て、ほんの少し冷静さが戻ってくる。安心したと同時に気が緩み、泣きながら彼に抱き着いた。転んだ拍子にヴェールは外れ、顔が露わになっているのも構わず、エランに弱音を吐く。


「怖い……。屍食鬼は嫌だ」

「大丈夫だよ、僕が全部やっつけてやるから」


 明らかに軽口だが、今の僕には必要な言葉だ。幼馴染みのエランは、それを知っている。僕は微笑んで、完全に冷静さを取り戻した。


「ありがとう、エラン。もう、大丈夫だ」

「もう少し、抱き着いていてもいいよ。ドレス、凄く似合ってるね」


 嬉しそうなエランの言葉に、僕は慌てて彼から離れ、外れたヴェールを拾い上げてミアに渡した。


「早く、ここを出よう。この格好じゃ、足手まといになるだけだ」



 広い部屋とはいっても、室内戦である事に変わりはない。最初にトキが壁に打ち付けた半変化は、凶悪化する前に醜い翼を切り取られ、火を放たれて塵の如く消滅した。良い香りに嫌な臭いが混ざり、室内の居心地が悪くなる。


「アレル、正気に戻れ!」


 先程僕に近付こうとした騎士は、レント騎士隊の中でも余程信頼の厚い騎士だったのだろう。一人が変化を止めようと彼にしがみ付き、激しく暴れる半変化の爪に、首を引き裂かれ絶命した。周りに飛び散った血の匂いを嗅いで、半変化は急速に顎と翼を伸ばし、屍食鬼へと変化が早まる。


「あれは、アレルではない! 翼を切り取れ!」


 領主ハルビィンが命じ、騎士達が戸惑いを振り捨て切り付ける。もともと体格の大きい優秀な騎士だったため、攻撃は(ことごと)く跳ね返される。そうする間にも黒い翼が大きく広がり、目付きは凶暴な屍食鬼へと変化する。その目で絶命した友の死体を見、(よだれ)を垂らしているのだ。


「国王軍を呼べ! 近衛騎士、姫君と領主夫妻を守れ!」


 トキの号令に、近衛騎士は迅速に動く。部屋の中にいる、トキ以外の近衛騎士は四人。僕を守りながら、サフィーナ達と共に扉へ移動する。マールは従者の持つ鞄から何かを取り出し、いち早く扉に向けて走り出す。


 トキはレント騎士隊を押し退けて、半ば屍食鬼と化し今にも飛び立ちそうな半変化の前に立つ。


「お前を、飛ばさないぜ」


 瞬間に長く重い剣を抜き、肩に構え、切っ先を半変化の顔面目掛けて振り下ろす。威嚇する半変化は翼を大きく広げ、足が浮き上がり、後退して剣を避ける。完全に屍食鬼になりかけ、攻撃してくるトキに凶悪な牙をむく。

 

 踏み込む態勢から、敵の振り下ろす長い爪を避け、部屋に置かれた重い飾り棚に飛び乗り、瞬時に屍食鬼の背後に飛び降りざま、トキは重い剣を振り下ろす。


「飛ばさん!」


 剣は黒い翼の片側を切り落とした。


「ギャアアアァァァーーーーッ」


 耳を(つんざ)く悲鳴を上げながら、背から緑色の粘液を撒き散らし、片翼の屍食鬼は、あらぬ方向へと回転しながら飛んで行く。


「マールさん、危ない!」 


 僕の声に、マールが足を止めた。扉に向かう彼に、ぶつかる程の至近距離に屍食鬼が落ち、騎士達が守ろうと近付く。


「離れろ、火傷するぞ!」


 騎士達に警告した後、マールは手に持つ革袋を屍食鬼に投げつけ、次に短剣状の物を投げ、それを突き破った。その瞬間、屍食鬼は声を出す間もなく盛大な炎に包まれ、灰と化し、炎と共に消えた。


 騎士達は、慌てて水瓶に殺到する。炎が盛大過ぎて、部屋に燃え移ったのだ。


「お前の戦い方は、過激過ぎる! 屋外でやれっ」

「一瞬で消える。屋内でもイケるはずだが、火炎石の量が、多すぎた! 半量にするべきだ、貴重な物を無駄にした……」


 呆れ返るトキの言葉に、火事になった事より、火炎石を使った実験に失敗した事に、マールは顔を(しか)めている。砂利状の火炎石を、革袋に入れて量を調整し、特定の金属で衝撃を与えると、爆発的に燃え上がりすぐ消える。試作段階だが、屍食鬼消滅の有効性は非常に高い。


 部屋中に煙が充満し、嫌な臭いに咳き込みながらレント騎士が、扉を開けようとして慌てて叫ぶ。


「鍵が掛かっている。閉じ込められているぞ!」

「何? 前室の者達はどうした?」


 トキが扉を叩いて呼んでも、何の反応も返ってこない。


「この部屋以外でも、半変化が出たんじゃないのか?」


 マールの言葉に、トキは振り返る。部屋に充満する視界を遮る煙の濃さ、鎮火されているはずなのに、異常な煙の量だと気付いた。


「マール、また分量を間違えたのか?」

「まさか! コルの実の調合薬から、煙は出ない」


 二人は顔を見合せ、魔王が身近に迫っている事を認識した。




 扉が開かないと知った僕とエランは、充満する煙の中を咳込みながら移動し、扉近くの窓に駆け寄った。窓を開ければ煙も消え、助けも呼べると考えたのだ。鍵を開錠しても、窓はなぜか開ける事が出来ない。エランの力でも開かないのだ。


「駄目だ、ビクともしない」

「どうして? どうなっているんだ、これは?」


 重いドレスを引き摺りながら、別の窓に移動し開錠しても、やはり開かない。レント騎士達も同じように窓を開けようと必死になる。近衛騎士が二人、顔を顰めながら警告する。


「エアリス様、あまり動かない方が良いです。視界が悪すぎて、守れなくなります」

「分かっている」


 突然、僕は何かの違和感を覚え、窓辺から煙る室内へと、視線を移した。広い部屋に充満した白っぽい煙の向こうから、何かの気配が近付いて来るのだ。それは背筋を凍らせるような、強烈な憎悪。


「姫君を守れ! 魔王が、来るぞ!」


 マールの叫びが、部屋に響く。


 違和感は僕の目の前で、徐々に姿を現した。白っぽい煙の中に細い黒、清らかな水に滴った汚水のようなものが、大きく渦巻き邪気を放ち僕に近付いて来る。気分が悪くなり、僕は立っている事が出来ない。エランが僕を支えながら、見えない敵に向かって剣を抜く。

 

 黒いの渦の中で、何かが(うごめ)いていた。



「ぎゃああああぁぁぁぁ――――――――――――――――――――!」



 魂切る絶叫が、僕の耳を(つんざ)く。トキが駆け付け、近衛騎士達と共に僕の前に立ち防御の構えを取る。マールがエランに変わって僕を支え、エランも近衛の一員に加わった。


「大丈夫ですか、姫君?」


 マールの問い掛けに、震える声で伝えるのが精一杯だ。


「誰かが、殺された。この中で……」


 指差した場所の異変は、大方の人間には見えない。


「魔王か、マール?」

「そうだ! すぐに実体化する、気を付けろっ」


 黒い渦は収縮し凝縮して、徐々に人間の形を取り始めた。倒れている少年に見える、それは騎士達にも見えるようになった。


「ハラルド?」


 黒い影は完全に実体化し、捕らえられたはずのハラルドの姿になった。白目をむき苦悶の状態で皮膚は青ざめ、完全に死んでいるように見える。サフィーナが悲鳴を上げる。


「ハラルド!」


 領主ハルビィンが息子の状態を確認しようと近付きかけたが、周りのレント騎士に止められる。〈沈黙の獄〉に監禁されたはずが、突然、扉も通らず部屋に現れるのは異常だ。トキが叫ぶ。


「近付くな、これは罠だ!」


 急にハラルドが白目の状態のまま起き上がり、僕に顔を向ける。


『最後に死人が生き残っていたとは驚きだ。ただの《王族》ではない……、何者だ?』


 ハラルドの声ではない。

 遠い昔に聞いた声、魔王アドランの声だ!


 セルジン王の声と、驚く程よく似ている。アドランはセルジン国王の腹違いの兄、似ているのは当然だが、僕を混乱させる。死人と呼ばれて恐怖はいや増す。八年前、僕は魔王に殺されているのだ。身体が震えて、思うように動く事が出来ない。


 マールが僕を庇い、抱きしめると、ほんの少し冷静さが戻ってきた。


「ハ……、ハラルドを殺したな!」

『この男が我が魔力を欲しいと言った。だから〈契約者〉として生き返り、我が(しもべ)となる望みを叶えてやった』


 領主が悲鳴にも似た呻き声を上げる。後継者を魔王に奪われ、国王軍の敵となってしまったのだ。レント騎士隊もショックを隠せない。


「そんな……」


 僕の中に、魔王に対する憤りが湧き起こる。ハラルドは大嫌いだったが、その身体を乗っ取り〈契約者〉と伝える事に、憤りを感じるのだ。養父母を苦しめる魔王が許せなかった。


「何のために、そんな事をする? それはハラルドの身体だ、放れろ!」

「姫君、魔王に聞いてはいけません!」


 マールが慌てて、僕の言葉を遮ろうとする。

 魔王に操られたハラルドの顔が、白目を向きながらニタリと笑った。


『《ソムレキアの宝剣》を持って、そなたが死んだ場所に来い。《ソムレキアの宝剣》を渡せば、ハラルドは解放してやろう』

「死んだ場所……」


 僕の全身が、痛みを覚えた。胸から背中にかけて心臓を貫かれた傷痕が、強烈な痛みを訴えてくる。父エドウィンの館を想像しただけで身体が震え、息が上がる。


『《ソムレキアの宝剣》だ。必ず、一人で持って来るのだ!』


 そう言った瞬間にハラルドは倒れ、苦悶の表情も消えた。魔王が去ったのだ。それと同時に僕の痛みも消え、思考が動き疑問が湧き起こる。


 《ソムレキアの宝剣》なんて……、僕は持っていないのに?

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