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第十二話 《王族》の魔力 

 領主の妻サフィーナの部屋の前に二人の護衛とは別に、もう二人男が立っていた。僕の幼馴染みのエラン・クリスベインと、王の薬師マール・サイレスだ。彼等は僕に微笑みながら、《王族》に対する礼を取る。


 顔を上げたエランには、明らかに王配候補としての喜びが見て取れる。僕はなんとなく腹が立ち、さりげなく彼に近寄り、小声で文句を言ってやった。


「どうしてここにいるんだよ? 君はまだベルン長官の従騎士だろ? 早く持ち場に帰れよ!」


 彼にドレス姿を見られたくなくて、追い払おうと少し強めの口調で言った。最もエランは一向に気にする様子がなく、逆に喜んでいるように見える。


「エアリス姫の側にいるように、陛下に命じられたんだ。その姿で男言葉は変だよ。君は本当に姫君か? 怪しいからヴェールを上げて、僕だけにこっそり顔を見せてくれよ」

「絶対に嫌だ!」


 僕達はヴェール越しに牽制(けんせい)しあい、睨みあう。唐突に領主ハルビィンが割って入り、彼に忠告した。


「クリスベイン、国王軍がレント領を出るまでは、君はまだ私の指揮下にある。仮初(かりそめ)でもセルジン王の婚約者であるエアリス姫の横に立てるのは、国王陛下だけだ。君は一番後ろに就け!」

「…………はい」


 辺境伯である領主と、トルエルド公爵家の次期領主であるエランは、僕を廻って事ある毎に対立してきた。僕は十歳までエランの館に暮らしていたので、養父として僕達の仲は面白くないらしく、城に僕が移り住んでからは、(ことごと)くエランと引き離すように仕向けられた。


 それでも彼とこっそり会っていたのは、僕にとって一番大切な親友だから。親は王国中心部からの避難民だけど、僕達はこのレント領で生まれた。親の身分はどうあれ共に孤児で、まるで兄弟のように育った。

 今さら引き離そうたって、それは無理だよ。


 ……でも、セルジン王への想いを、エランにすり替える事は出来ない。


 不機嫌そうに最後尾に行く彼に、僕はヴェールの中で親しみを込めて手を振った。



 不意に横から、太い威嚇するような声が聞こえてくる。


「なぜ、お前がここにいる、マール・サイレス?」


 王の薬師に、トキが憮然と問い質す。僕は一瞬、この二人の仲が悪いのかと心配になった。マールは慣れた様子で、トキを睨み返す。


「陛下が到着なさるまで、部屋の守りを固めておくよう申し付けられた。魔法を使う竜騎士が場内に入って行くのを、エランが目撃したらしい」

「エランが?」


 トキが問うように視線を向け、エランはそれが本当であると、少し離れた場所から返事を返す。


「では殿下、極力姫君らしく振舞うように。どこで魔法使いが見ているか、判らない」


 僕は苛立ちと同時に緊張し、辺りを見回しながら頷いた。

 あの男――――テオフィルスはどこにでも入り込める不思議な魔法を使う、まったく厄介な存在だ。


 トキが皮肉に微笑みながら、マールの鳩尾に剣の柄を当てた。


「まずは、お前が魔法使いじゃないかを確認する。俺達が初めて会った場所を言ってみろ」

「…………」


 マールが呆れ顔で、盛大な溜め息をついた。


「まだ根に持っているのか? 十年前、コトリのイルー河畔で、初めて会ったお前を打ち負かしたのは、私だ」

「薬師のお前が、なぜ俺より強い? 怪しいんだよ、お前は!」

「偶然に運が味方しただけと、何度も言っているだろう。薬師には薬師の戦い方がある。それ以降は負け続けているんだ、いい加減疑うのは止めろ」

「ふふんっ。だったら、その薬師の戦い方とやらを、もう一度見せてもらおうじゃないか」


 そう言ってニヒルに笑い、扉を開けと指示を出した。仲は悪くないのだと、僕は少しホッとした。国王軍内の人間関係を、もっと知っておくべきだ。


 前室の扉が開き、少しきな臭いけど良い香りが漂い始める。サフィーナの部屋でこんな香りを嗅ぐのは初めてで、僕は違和感を覚えた。彼女はまだ息子ハラルドが、〈沈黙の獄〉に入れられた事を知らない。領主がどう伝えるのか、彼女がどう反応するのか、緊張しながら領主の後に続き、部屋へ入った。


 広い部屋にはサフィーナとお気に入りの侍女一人と護衛二人だけが、美しい調度品に囲まれ静けさの中に存在していた。領主の奥方としては地味なドレスを装い、僕の姿に気を遣っているのが見てとれる。夫に挨拶のくちづけをしてから、楚々(そそ)と部屋に入る僕に微笑みかける。


 ミアがヴェールを持ち上げ、変装した僕は姫君の意識を装う。


「まあ、素敵。お母様の若い頃にそっくりだわ。陛下もお喜びになられたでしょう。思った以上に姫君の所作も身に付いていて。頑張りましたね、オリアンナ姫」


 彼女は僕の母とは友達で、セルジン王とも親しい。だから余計に、僕に執着している。気持ちは解らなくもないけど、今は本当の名前を呼ばれるのはまずい。


「あの……」

「サフィーナ、エアリス姫だよ。間違えないでくれないか?」


 領主の言葉に、彼女はやんわり微笑み反論する。


「ここにアルマレーク人はいないと思いますわ」

「奥方殿、用心に越した事はない。相手は魔法使いだ」


 強面のトキの低い声に、サフィーナは顔を曇らせた。マールが苦笑いしながら説明する。


「サフィーナ様、彼は陛下の近衛騎士隊長トキ・メリマンという無骨者です、お気になさらずに」


 睨み付けるトキを尻目に、マールはサフィーナに微笑む。いつの間にか親しくなっているところが、優秀な癒し手と噂される所以(ゆえん)だろう。僕は極力不自然にならないように気を付けながら、彼女に対して貴婦人の礼を取った。


「このドレスのおかげで、私はアルマレーク人との接見を、無事乗り越える事が出来ました。義母上に感謝いたします」


 サフィーナは満足して(うなず)き、僕の手を取った。 


「陛下は今、ドゥラス様を亡くされて、とても辛い思いをしておられるわ。陛下をお救い出来るのは、最後の《王族》である貴女にしか出来ない事です。どうかその事を忘れないで」


 サフィーナのこんな真剣な表情を、僕は見たことがなかった。彼女の中に流れる《王族》の血を、初めて感じ取った気がした。これまでのわだかまりが少しずつ溶けてゆく。


「はい、養母上(ははうえ)、お約束します。必ず陛下を、お救いします!」


 彼女は僕の手を取り、力強く握りしめる。そこから何かが、僕の中に流れ込む。それは陛下の側にいる時に感じ取れる、勇気が湧き起こる波動。僕はその息吹に、感動を覚えた。サフィーナが力強く頷く。


「オリアンナ姫、あなたは陛下の希望の光におなりなさい!」


 それが《王族》の魔力だと気付いた時、彼女は手を放し少し眩暈(めまい)を起こしたようによろけた。


「義母上?」


 僕と、隣にいた領主が支える。


「大丈夫か、サフィーナ?」

「駄目ね。陛下のように、上手く出来ないわ。《王族》の遠縁じゃ、これが精一杯よ」

「もう、十分です、義母上。無理しないで下さい、伝わりましたから」



 陛下の希望の光になる!



 とても難しい要求だが、サフィーナからもらった勇気で(こな)せそうに思えるから、《王族》の魔力とは本当に不思議だ。初めてそれを認識出来た。

 そんな僕達の間に割って入るように、トキが低い声で僕に伝えてくる。


「姫君、領主夫妻と三人だけで、この部屋を出るんだ。マールの作ったコルの実の調合薬が、屍食鬼を炙り出した。もうすぐ姿を見せ始める」

「え?」

「屍食鬼? この城に入り込んでいるという事か?」


 領主が信じられないという顔で、トキを睨み付る。部屋に充満するきな臭さが強くなったと気付いた時、部屋の隅から大きな呻き声が響き、皆が何事かと声の方向に目を向ける。


 トキが剣を抜き、逆手に持ち替え、振り向きざま鋭く投げた。広い部屋ながら、剣は目標を外す事なくレント騎士隊の一人を貫き、大きな音を立てて剣ごと壁に突き刺さる。


 女達の悲鳴が上がる。あまり出来事に、他の騎士達は逆上し、王の近衛騎士隊長に対して剣を向けた。トキは腰にもう一本剣を下げているが、それを抜こうとせず堂々と騎士達に向き直る。


「レント騎士隊諸君! あれがお前達の仲間か?」


 腹の底から響く低い大声が、恫喝(どうかつ)するように騎士達の動きを止めた。トキの指差す方へ、警戒しながら目を向ける。赤い血が流れる無残な仲間の死体を思い浮かべていた皆は、その姿に衝撃を受ける。


 剣で打ち付けられた者は生きてもがき、黒い霞が薄っすら覆い人の形とは違う何かを形成していた。醜く歪んだ顔は顎が徐々に迫り出し、背からは尖った骨のような翼が伸び始める。


 腹に受けた剣から緑色のドロッとした粘液が垂れているが、死ぬ様子はない。急速に形を取り始めた黒い翼をバタつかせ、(くび)()から逃れようと必死に暴れている。


半変化(はんへんげ)だ、変化が早いぞ! 屍食鬼に変わる前に、翼を切り取れ! 飛べば、凶悪化する」


 トキの号令にレント騎士隊はかつての仲間だったそれを、迷う事無く切り付けた。屍食鬼の脅威は八年前に経験している。多くの人間が惨殺され、食べられた。新鮮な死肉を求める翼の生えた悪魔は、見境なく殺戮を繰り返す。ここで仕留めなければ、殺されるのは自分達だ。


 僕は恐怖に打ちのめされた。


 八年前に父の館で起こった悲劇が、サフィーナの部屋で再現されようとしている。僕の身体は震え、呼吸が乱れた。母の悲鳴が耳元で聞こえ、耳を塞ぐ。もう、恐怖に動く事が出来ない。


「姫君、しっかりするのです! 早く、部屋の外へ!」


 マールが駆け付け、僕を連れ出そうと肩を抱き、無理やり移動させる。慣れないドレスに足がもつれ、僕は混乱する部屋の中で転倒した。


「殿下!」


 僕を助け起こそうとするマールの側に、近衛騎士やレント騎士が駆け付けた。多くの者が、僕に近付く。

 その中に異常に長く爪が伸び、身体から黒い渦が吹き出しているレント騎士隊の男がいた。屍食鬼に変化し始めているのだ。


 あまりの恐怖に、僕は声を上げる事すら出来なかった。


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