表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/108

第十一話 義兄ハラルド 

 エラン・クリスベインはレント城の門内で、君主であるロイ・ベルン指揮長官の元、城付きの新任務に就いていた。国王軍の中で王配候補とされている事は、レント騎士隊のほんの一部の人間だけが知る機密事項とされ、国王軍の出発まで騎士隊の一員として仕事をしていた。


 騎士隊は国王軍に協力する形で、城外と門外を隊列組んで巡回し、指揮長官のベルンの元には多くの人が立ち寄り、城内外の色々な連絡が入ってくる。自然に、従騎士のエランも情報通になる。


 もうすぐ、接見が終わる頃だ。

 王配候補と知らされてから、オリアンナに会えずにいる。高熱を出したのは知っているが、回復した直後にアルマレーク人との接見に参列している情報を知った。

 しかも女装して!

 幼い頃から一緒にいるが、彼女の女装は見た事がない。大事な接見の場で、馴れない女装に失敗してないか心配になる。



 騎士の大広間の扉が開き、接見終了のラッパが吹き鳴らされ、アルマレーク人が姿を現した。国王軍が一斉に警戒する中、三人の異国人が外階段を下りてくるのが遠目に見える。


 異国の立派な身なりをしたどことなく美形の男が、オリアンナにどう映ったのかエランは気になった。父親がアルマレーク人の彼女は、連れ戻される可能性も口にしていた。それが現実になるかもしれないのだ。


 彼女を取られてなるものか!


 そう思うと、どす黒い何かが心の中に沸き起こる。長い足で足取りも速く、アルマレーク人達はあっという間に近付き、エランの前を通り過ぎた。

 憎しみに満ちた目で睨み付けていると、ある事に気が付く。


 通り過ぎた立派な身なりの男が、二重になって見えるのだ。目がおかしくなったのかと擦ってみたが、彼の姿は同じ人物が二人いるように見える。


 なんだ、あいつ……?


 一人は使者達の先頭を歩き、門を通り抜け、もう一人は城へ引き返す。


「あいつ!」


 思わず城へ向かう方の後を追いかけようとして、ベルン長官に腕を掴まれた。


「どこへ行く! 持ち場を離れるな」

「アルマレーク人が城へ入ろうとしているんです。止めないと!」

「……アルマレーク人ならもう門の向こうだ。何を言っている?」

「え?」


 長官には見えていない。これだけ警戒しているのに、誰一人城へ向かう異国人を止めようともしない。

 誰にも見えていないのだ。

 怪しい行動をする男は、騎士の大広間とは別の入り口へ、迷う事無く近付いている。城へ侵入しようとしているのだ。


「あれは見間違いじゃない! 陛下に知らせなきゃ……」


 尋常ではないエランの様子に、長官も城周りを警戒し見渡す。

 焦るエランの気持ちを余所に、テオフィルスは通用口から城内へと入って行った。






 接見が終わり、エアリス姫からオーリンに戻るため着替え部屋へ入った直後、まるで追いかけるように部屋の扉がノックされた。部屋の安全を確認させていたトキが、用心しながら扉を開けるよう指示を出す。前室から騎士が姿を見せ、報告した。


「レント辺境伯ハルビィン・ボガード様が、姫君にお会いしたいとお出でです」

義父上(ちちうえ)が?」


 トキが頷いた。

 領主が直属の騎士達を引き連れて入室し、うやうやしく僕に要求する。


「出来れば姫君の姿のまま、サフィーナに会ってくれませんか? エアリス姫」


 僕は一気に、気が重くなる。


「君が上手く女装出来たか、気になっているのだ。安心させてやってくれないか?」


 トキは納得出来ないように、首を横に振った。


「陛下の到着を待ってからにした方がいい。私を含め騎士達は魔法が使えない。もし、城内に魔王が潜んでいたら? 先程のアルマレーク人が潜んでいたら? 相手は強力な魔力を持つ者達だ。ウル、陛下にお知らせしろ」


 セルジン王はアルマレーク人が知らせた魔王の動向について、側近達と会議中だ。トキの従者が部屋を出ようとしたが、領主の一言で立ち止まった。


「陛下になら許可は取ってある。部屋に直接向かわれるはずだ。警戒するのは解るが、ここは私の城。心配は不要に願う!」

「……」


 トキが怪しむように顔をしかめる。

 領主ハルビィンが妻の意志を優先するのは、昔からの事だ。《王族》の遠縁にあたるサフィーナは、ハルビィンにとって願ってもない結婚相手だった。何があっても、僕を連れて行くだろう。義父とトキが言い争うのも、見たくはない。


「いいよ。僕、義母上ははうえに挨拶してくる」





 レント領主の奥方サフィーナの部屋は、三階の一番奥にある。宮廷風の城は、旧城塞の城に比べ開放的で明るい。領主と奥方、その息子達はここに暮らしていた。僕だけが自由を求めるように、旧城塞の部屋を選んだのだ。


 多くの召使達が広い廊下を行き来し、皆が通り過ぎる領主と直属のレント騎士隊に礼を取る。直属の騎士は、領主家の血縁者が多い。召使い達は領主の後に続く見知らぬ姫君にも礼を取りながら、不思議そうな顔で見送る。誰もそれが養子オーリンだとは、思わないだろう。


 領主の後に従い静々と廊下を進んでいた時、前方の扉が開き一人の男が姿を現した。領主も含め、皆が一斉に緊張する。エランと同年齢の彼は、少し太めの身体にとても豪勢な服を身に付け、父である領主ハルビィンに不敵に笑いかける。



 ハラルド・ボガード。



 僕の義兄。幼い時から僕を憎み、彼の計略にはまって殺されかけた事が幾度となくある。養父が僕に護衛を付けた理由は、過保護さばかりからではない。彼の犠牲になり、命を落とした僕の友達も何人かいる。



 僕は彼が、大嫌いだ!



 オーリンとバレないように、ヴェールの中で(うつむ)いた。トキがさりげなく僕の前に立ち、彼から隠す。


「ハラルド、なぜここにいる? 総指揮官の家に行ったんじゃないのか?」


 ハルビィンが狼狽えながらも、不機嫌そうに彼に問いかける。


「行ってない。ずっとこの部屋に潜んでいた。父上が俺を遠ざける理由を探るためにね。国王陛下が滞在中だって? 俺は次期領主なんだろ? 挨拶くらいしても良いじゃないか」

「お前はまだ陛下に会える立場にない。控えていろ、ハラルド」


 彼は狂暴さを剥き出しにして、父に噛みつかんばかりに大声を上げた。


「オーリンは陛下に会っているそうじゃないか! 父上はあいつを次期領主にするつもりだろう? 俺を廃嫡はいちゃくするつもりなんだ!」

「何を馬鹿な事を! オーリンが会ったのは、必要があったからだ。彼は《王族》ではないが、陛下の遠縁にあたる。母上と似た立場だ、だから会えるんだよ」


 領主は僕の養子としての表向きの設定を、あらためて伝えた。


「俺だってそうじゃないか! 母上は《王族》の血をひく者だ。俺にも会う権利がある!」

「残念だが、お前は遠すぎる。権利はない!」


 ハラルドは暴れだしそうなほど、顔を真っ赤にして父を睨み付けた。


「いつもそうやって、オーリンを特別扱いするんだ! 俺よりあいつの方を優先する!」

「…………」


 領主は無表情にハラルドを見つめていた。僕は絶望感を覚えながら、小さく溜め息をついた。ハラルドの気持ちは解らないでもない。領主が僕を特別扱いした事で、僕と年齢の近い実子の彼は歪んでしまったのだ。


 僕はトキの後ろから、そっとハラルドを見つめる。不意に彼が視線を移し、目が合ってしまった。僕は慌ててトキの後ろに隠れる。


「誰だよ、その女?」

「ハラルド、下がれ!」


 父の警告も聞かず、彼はどんどん近付いて来る。レント騎士達が止めようとするが、誰も彼に強く出る事は出来ない。後でどんな目にあうか、分からないからだ。彼は未来の暴君。少しでも感に触れば、殺される危険もある。

 彼等はハラルドに押し退けられた。


 トキが小声で僕に伝えてくる。


「何があっても、声を出すな」


 僕はヴェールの中で頷く。オーリンが女である事を悟られてはいけないのだ。

 トキがハラルドを阻むように一歩前へ出る。彼の強靭な肉体と無表情な威圧感に、ハラルドは足を止めた。


「ハラルド、引け! 部屋に帰るんだ」


 領主が再び警告したが、それは無視された。


「誰だ、お前?」

「国王陛下の近衛騎士隊長トキ・メリマン」


 国王の近衛騎士が如何に強いか、ハラルドも噂には聞いていたが、今の彼の興味は僕に注がれている。


「国王陛下の近衛騎士? じゃあ、そこにいる女は《王族》か?」


 ハラルドの周りから、黒い渦が俄かに湧き起った。僕が彼を嫌う、もう一つの理由。おそらく《王族》にしか見えない黒い渦を、目の当たりにしただけで、僕は気分が悪くなる。


「退けよ、ここは俺の城だ! いきなりやって来て、偉そうな態度を取るな!」

「俺がお守りする姫君の御前で、声を荒げるのは止めてもらおう、無礼者。怪我をしたくなければ、立ち去れ!」


 彼は聞く耳を持たず、黒い渦を盛大に撒き散らしながら突進して来る。僕は恐怖に、逃げ出したくなった


「ハラルド、止せ!」


 領主の声と、トキの素早い動きが同時に重なり、一瞬何が起こったのか解らないまま、ハラルドがトキの前で床に倒れた。トキの剣の柄頭は深く彼の鳩尾(みぞおち)に食い込み、瞬時に意識を失わせたのだ。


「ハラルド様!」


 騎士達が駆け寄り、息がある事を確認して領主に報告する。トキを敵とみなした騎士達は、剣に手を掛けて彼を囲んだ。それを気にもせず、トキの視線は領主ハルビィンを注視する。


「貴殿の手前、剣は抜かなかったが、次に同じ事が起きれば容赦はしない」


 レント騎士達が憤りを覚えたように、トキに詰め寄る。今にも争いが起きそうな雲行きに、領主が溜息交じりに指示を出した。


「国王軍が去るまで、ハラルドは〈沈黙の獄〉に収容する」

「お館様、それは……」

「今のは、完全にハラルドが悪い。連れて行け!」


 〈沈黙の獄〉は貴人を収容する牢獄の事で、豪華な内装とは裏腹に、誰とも面会出来ない苦しみに、精神を病む者が続出する場所の事だ。

 騎士達は渋々トキの包囲を解き、領主の命令に従い、ハラルドは運ばれて行った。


 辺境伯の領主より国王の近衛騎士隊長の方が、立場が上に見える出来事に、レント騎士隊の国王軍への反発が起きたりしないか、僕は心配になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ