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第十話 僕は負けない 

 アルマレーク人が騎士の大広間から姿を消した直後、僕の緊張が緩み、膝がガクガク震え始めた。とんでもないミスをして、オーリンと知られてしまったのではないか、不安で息が荒くなる。

 セルジン王が安心させるように、軽く抱きしめてくる。


「申し訳ありません。……たぶん、オーリンだと気付かれました」

「それはないだろう。オーリンをもらい受けたいと言っていたのは、気付いていないからだ」

「そう思われますか?」


 顔を引き攣らせながら恐る恐る王を見上げると、彼は優しく頷いていて、僕はほんの少し落ち着く事が出来た。同時に周りの大勢の国王軍の騎士達が、僕と王を見ている事に気付き、急に恥ずかしくなる。



 僕は領主の下で騎士見習いをしているので、この騎士の大広間には何度も出入りしているが、今はまるで別の場所にいるような錯覚を覚える。窓から斜めに差し込む日の光と、高い天井近くの窓からの光は、領主家とレント騎士隊の紋章旗や盾とは別に、国王旗と国王軍旗を照らし出す。


 いつもある長机や椅子は姿を消し、広く華やいだ広間に、国王軍の赤い長衣の多くの騎士達が、まるで陣形を成すように整列し、王の命令を待っていた。レント領騎士隊の黄褐色の長衣は領主の側近だけ、まるでここがレント領でないように思える。


 レント騎士隊で僕の正体を知るのは、最初に国王軍を迎えた、口の堅いごく一部の者達だけだ。オーリンの正体は、完全に隠されている。それでも不安が付きまとうのは、あの秘密通路で彼に抱きしめられ、僕が女だと知られたかもしれない不安のせいだろう。


「でも、あの男は普通の人間じゃない、魔法使いです。どこにでも忍び込めるんですよ」

「私がいる」

「陛下……?」


 セルジン王が、不安を払拭するように微笑む。緑色の優しい瞳に、新たな魔法をかけられたように僕は魅入られる。


「私が常にそなたの側にいる。それでも、安心出来ぬか?」


 体温が一気に上昇し、鼓動が勝手に騒ぎ始める。あまりにも簡単な自分の反応に呆れながら、即座に首を横に振った。


「本当に? ずっと、陛下のお側に?」

「そうだ。そなたは私の側で、学ばねばならぬ事が多くある。アルマレーク人の事等、気に掛ける余裕もない程に」


 王の表情が、突然厳しくなる。


「これはそなたが判断を下す、第一歩だ」

「……陛下?」


 王が騎士達に向かって命じた。


「アレインを呼べ!」


 その一言で騎士の大広間に緊張が走った。皆が一斉に動き始める。外へ出る者が多く、残った騎士たちは王の近くへ集まり、誰かのために道を作る。その先に一人の男が、外から現れ立っていた。


 二十歳ぐらいの精悍な顔付きの男は、ほかの騎士達を圧倒する程の存在感を放っている。騎士達の反応がそう見せているのかもしれない。羨望と嫉妬、畏怖と尊敬とが彼に集中し、それを当然の如く自分の輝きとして身にまとっている。

 通り過ぎる彼に、騎士達が礼を取る。男の視線は、まっすぐセルジン王を捉えていた。


 この(ひと)は、国王軍にとって重要な人物だぞ。

 なんだか……、圧倒される。


 男は王の前で跪き、《王族》に対する礼の姿勢を取った。


「アレイン、異国の使者達を見たか?」

「はい。竜騎士の身体能力は、優れていると見えます。特に随行者の若い方は、倒すには騎士二十人程は必要かと」

「なるほど、あの人数の少なさは、彼が(まかな)っているという事か。後ろに軍が控えている可能性もあるな」

「相手は竜騎士の軍です、空への警戒も怠ってはおりません」


 まるで今すぐアルマレークと戦いが起きそうに聞こえる。

 父の故国を、敵と捉えているの?

 不安に王の横顔を見つめると、何でもないように微笑みを返してくる。


「そなたを巡って、いつ争いが起きても可笑しくはない。そのための準備はしておく」


 頷きながら、迂闊な行動は取れないと感じた。王の側にいるというのは、そういう事だ。彼は絶対的な権力者、王太子の意志は気にもしない権力者だ。嬉しい反面、自由は無い。


 いつの間にか王に手を取られ雛壇を下り、男の前まで導かれた。


「紹介しよう。彼はアレイン・グレンフィード。ノルダイン公爵であり、国王軍の大将を務める。そなたの王配候補だ」


 アレインは優しい微笑みを浮かべて、貴婦人に対する礼をする。


「お会いできるのを、楽しみにしておりました。オリアンナ姫」


 儀礼的ながら、心をしっかり捉えようとする彼の瞳に、反抗心を覚えた。付焼刃の貴婦人の礼を、怪訝な表情でぎこちなく返す。彼が悪い訳ではない、僕の気持ちがセルジン王以外を否定しているだけだ。

 絶望的な気持ちで、王の顔を睨み付けた。


「また王配候補? でも、エランは?」

「エランもその一人だが、私はアレインを薦める。彼なら国のために、的確にそなたを補助してくれるだろう」


 王が本気でそう言っている事に、憤りを感じる。どうあっても自分以外に、目を向けさせたいのだ。


 王配候補等いりません!

 あなたの側にいるだけ満足です!


 心の中ではそう叫ぶ。でも、それを告げれば、王はますます王配候補を増やすだろう。自分がいない未来にしか、彼は意識を向けていない。


「僕は……」

「私と言ってくれ、その姿でいる時は」


 苦笑いしながら、睨み付ける相手に顔を近付けた。


「言ったはずだ、判断するのはそなただ。どう対応する、王太子は?」


 王の緑色の瞳が、面白がるように回答を待っている。

 判断をするのは、僕?

 陛下は僕の意志を、優先してくれるのか?


 戸惑いながらアレインを見つめた。

 彼は国王軍の騎士隊の頂点にいる人物、騎士達が注目する中で、恥をかかせる訳にはいかない。でも、王配候補として受け入れる事が出来ないのは、エランは(かわ)す事が出来ても、この男は無理だと思えるからだ。


 僕は今、姫君の姿をしている。

 きっとオーリンの姿を見ていない騎士も多いはずだ。


 本当は長い髪の(かつら)を取り除きたかったが、しっかりとピンで留められ一人で外すのは不可能だ。仕方がないので姫君の姿のまま、極力少年らしく振舞う。


「アレイン殿は剣の腕が、国王軍の中で一番強いのか?」


 少年口調の話しぶりにも、アレインは驚かず微笑みを崩さない。


「……私より強い者は、陛下の近衛騎士に配属されます。オリアンナ姫の近衛になる者も、私よりは強いでしょう」

「ふふ、謙遜するな。アレインより強いのは、トキ・メリマンぐらいだ」


 王の後ろでトキが無表情に頷いた。本当にそうなのだろう。


「アレイン殿に、()の剣技を鍛えてほしい。僕は国王軍の足手纏いにならないためにも、強くならなければならない!」


 その場にいる者達が、不思議なものでも見るように僕を注視した。おおよそ似つかわしくない物言いに、違和感と面白さを覚えるのだろう。「強くなる!」とは、姫君が言うセリフではない。なんとか解ってほしくて、真剣な顔付きでアレインに訴える。


「魔王を倒すまで、王配候補を決める気はない! オリアンナに戻るのは後の事、今はオーリン・トゥール・ブライデインとして存在する!」


 その言葉に、アレインは儀礼的ではない微笑みを向けてきた。


「私は剣に関して容赦のない男ですよ。宜しいのですか?」

「構わない! よろしく頼む」


 王が額に手を当て呆れている。やがて深い溜息をつき、保護者のように睨み付けてくる。


「エランも保留にするつもりか?」

「はい!」

「オリアンナ姫、王太子の未来をある程度決定しておかなければ、国は安定しない! アルマレークに付け入られるぞ!」

「……付け入られる事はありません。陛下が王として存在される限り、僕はアルマレークとは関わりは持ちません」

「…………私は間もなく消える身だ。そなたの未来は、国の未来であるから、王配選びは最重要事項なのだ。あの男が婚約者である限り、エステラーン王国はアルマレーク共和国に併合される危険がある!」


 その言葉に衝撃を受けた。

 テオフィルスの満面の笑みと言葉と青い瞳が、危機感をいっそう駆り立てる。


 《オリアンナ姫は、俺の婚約者なんだ》


 あの時、それが国の危機だと、なぜ気が付かなかった?

 僕は狼狽え、後先考えずに本心を口にした。


「僕は陛下の妃になる以外の未来を、考えられません。陛下を人に戻す方法を、必ず見つけ出します! だから消えるなんて、思わないで下さい」

「方法は十五年探して見つからなかった。淡い期待は苦しみを深めるだけだ。今すぐにとは言わないが、もっと現実を見て自分で判断するのだ。良いな?」


 僕は仕方なくうなづく。王は手を上げ、騎士達の解散を指示し、僕をトキに預け去って行った。

 怒らせたかもしれない……、そう思うと陛下に嫌われたようで怖くなった。

 立ち尽くす僕の隣に、まだアレインが僕を見ている事に気付いた。


「殿下のご意志に、賛同します」

「え?」


 アレインが僕に微笑み、胸に手を当て、誓いを立てるように僕に告げる。


「十五年探して見つからなかった事も、宝剣の主である殿下になら、見つけ出せるかもしれません。陛下を人に戻す方法を、陛下に負けないで探し出して下さい」


 彼の横で、トキが頷く。

 僕には同じ目的を共有出来る仲間がいる、そう思うと勇気が湧いてくる。


「……うん。ありがとう、アレインさん。僕は、負けないよ!」

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