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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第四章 ディスカール公爵領
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第十六話 聖なる泉の門

《オリアンナ》


 マルシオン王の魔力で、〈契約者〉の魔力から解き放れたエランは、すぐに僕の姿を見つけ出した。優しい水色の瞳は苦悩からも解放された、いつもの幼馴染みの様相で僕に微笑みかけた。



 それなのに、エランとアレインを含む五人が、〈契約者〉によって人質として連れ去られたのだ。



 サージ城塞都市の外城壁の異様な堅牢さに阻まれ、天界と七竜の助けも届かない閉ざされた空間で、僕達は敵の後を追った。上空の屍食鬼たちは僕の放った〈祥華の炎〉に阻まれ、国王軍を襲撃出来ない。僕たちは〈祥華の炎〉の明るさで、〈契約者〉たちを見失わずに済んだ。


 僕を取り囲む〈祥華の炎〉と〈堅固の風〉は、《聖なる泉の精》からもらい受けた魔力だ。まだ、満足に扱う事は出来ないせいで、僕の護衛たちも遠巻きにしか役目を果たせないでいる。


 〈契約者〉たちが内城壁の一か所で消え、そこまで辿り着いて僕は愕然とした。


 そこには崩れかけた《聖なる泉》の門が、内城壁に組み込まれて、人が屈んでようやく通れるくらいの小ささで存在していた。

 敵はこの小さな門を、人質を抱えて通り抜けたのだろうか?


 レント領で僕が初めて見たこの門は、大きく高く荘厳な美しさを(たた)えていた。今は貧弱で崩れかけ、亀裂の入った楔石(くさびいし)は、今にも消失しそうに見える。


 《聖なる泉》を構成するのは、泉の精と契約を交わした者達の魂。トレヴダールの《聖なる泉》で、魔界域の黒い渦の流出をくい止めたのは、この門を構成するマルシオン王の妃ロレアーヌの意識だ。


「ロレアーヌ」


 マルシオン王が門の前で(ひざまず)き、花とも人とも獣とも思える楔石に触れる。今にも崩れそうな石は、彼が触れると弱々しい光を放ち、一瞬元に戻ろうとする。その様子に僕の心は救出の焦りと、マルシオン王の心情の間で揺れ動いていた。


 この門は長く持たない。


 重い武具に身を包む大勢の国王軍が通れば、すぐに崩壊してしまうように見える。多く見積もっても、十人ぐらいが通れるかどうかだ。


 敵の目的は《ソムレキアの宝剣》を奪い、僕を殺す事。今まで何度も襲撃され、奇跡的に魔手から逃れてきた。でも、今度は逃れられないかもしれない。最後の泉の精の導を手にする事を、魔王アドランは徹底して阻むだろう。


 不意に僕の脳裏に、セルジン王の横顔が思い浮かんだ。

 天界の城に入る時の彼は、危険を承知で、一人で城に入ろうとした。招かれているのが、自分一人と解っていたからだ。


 《ソムレキアの宝剣》が奪われれば、全てが終わってしまう。

 僕一人で、宝剣を守れるのか?


 無意識に宝剣に触れた。

 すると、まるでセルジン王に触れているような安心感が、僕の心に流れ込む。



 この宝剣に守られている。



 そう思うと、勇気が湧き起こる。


 僕は、普段は威圧感を怖れて近付かない、マルシオン王の横に立った。


「お妃様の、この門を守れますか?」

「私を誰だと思っている? 当然、守る」


 マルシオン王の毅然とした様子に、僕はにっこり微笑んだ。


「では、僕がこの門を通った後、国王軍も屍食鬼から守ってください。お願いします!」


 僕は門に入ろうとして、彼に腕を掴まれ止められた。


「待て! どういうつもりだ? 勝手な行動は、許さん!」

「でも、僕が行かないと目的は果たせないし、エランを助けられるのは僕しかいないんです。お願いです、行かせてください」

「…………本気か?」

「はい!」


 躊躇(ためら)いのない僕の答えに、マルシオン王は無表情に頷くと、突如翼を広げ、周りの兵達が驚くのも構わず、天界の清らかな翼を羽ばたかせた。


 すると十枚の光る小さな羽が、僕の目の前に降りてくる。


「行くのは、五人までだ。その羽を身に着ければ、魔界域の住人からは見えない。残りの五枚は、連れ去られた者達に渡せ」


 僕は十枚の羽を受け取り、そのうちの一枚を、竜騎士の甲冑の腰鞄に入れた。


「ありがとうございます、マルシオン王。でも、他に連れ去られた者達がいた時は?  十人以上だと足りなくなります」


 今、連れ去られた五人以外にも、行方不明になっている者達がいる。その者達がいた場合は、危険に晒される事になるのだ。


「私に出来るのは、ここまでだ。後は自力で、困難を乗り越えよ。私は国王軍と竜騎士を指揮し、この魔界域の城壁に風穴を空ける。さあ、同行する者を選べ」


 僕は九枚の小さな羽を見詰め、その後、周りの人々を見た。

 皆が手を上げそうに身を乗り出し、僕を見つめる中、真っ先にテオフィルスが僕に近付き、羽を四枚取り去った。


「お前に近付けるのは、俺だけだ。周りとの橋渡しをする役割だから、当然俺も行く。他に行くのは、誰か?」

「待て、君は残れ! ここで七竜を呼んでくれ」


 テオフィルスはにっこり微笑んで屈み、顔を近付け青い優しい瞳で、僕の視線を釘付けにする。


「心配してくれるのか?」


 僕の鼓動は跳ね上がり、身体が熱を帯びる。こんな非常時にと思うと耐えられなくなって、近付き過ぎる彼の顔を、手で押し遠ざけた。


「そうじゃない。他国の重要人物を、危険に巻き込む訳にはいかないだろう」

「何を今更。俺はお前に、今よりもっと、思いっきり巻き込まれたい」


 僕は激しく狼狽(うろた)えて、思わず大声で叫んだ。


「巻き込まれなくていい!」


 その言葉と同時に、彼に向かって〈堅固の風〉を無意識に吹き付け、マシーナ・ルーザの元まで吹き飛ばした。


「あ……」


 感情的になって魔法を使ってしまった事に、僕は呆然とし不安を感じた。見境なく感情のままに魔力を使うとどうなるのか、想像するだけで恐怖に身が縮む。


[ うわっ ]


 吹き飛ばされたテオフィルスは、マシーナが受け止めた。


[ 大丈夫ですか、若君? また殿下に無礼な事を言ったでしょう? まったく口が悪いんだから。はい、一枚もらいますよ ]


 マシーナはそう言って、テオフィルスの手から羽を一枚取り、腰鞄に入れた。テオフィルスは立ち上がり、泥汚れを払いながら不服そうに口を尖らせる。長年仕えてくれるマシーナに対しては、素直に心の内を明かす事が出来るようだ。


[ ふん、至極全うに口説いただけさ。まったく、魔法使いは厄介だな ]

[ 〈七竜の王〉が、それ言います? ]


 面白がってケラケラ笑うマシーナを、テオフィルスは怪訝な顔で睨みつけながら、羽を掲げた。


「他に行く者は?」


 宰相エネス・ライアスが進み出て、僕に《王族》に対する礼を取った。


「この先が魔界域であったとしても、サージ城塞の形を取るのであれば、此処に一番詳しいのは私しかおりません。どうぞお連れ下さい」


 宰相エネスは、国王軍に必要な存在なので、出来れば残ってほしいと僕は思っていた。でも、このサージ城塞はエネスの元居城でもある。中に入りたいと希望するのは、当然だろう。


「これは魔王の罠だよ、エネスさんへの」

「解っております」


 エネスの覚悟を決めた様子に、僕は困った顔で下を向いた。彼を守れる自信がない。

 トキ・メリマンが安心させるように、助け船を出す。


「私は殿下の護衛だが、魔法のせいで近寄れない。ライアス宰相を守るとしよう。宜しいかな、殿下?」


 冷酷な決断を下さなければならない僕に、大人達は優しい。僕は感情を押し殺し、顔を上げた。


「分かった。行くのは、この五人だ。もし、一日以上経って、誰も戻って来なかった場合は、国王軍は速やかにマルシオン王の指示に従い、ここから脱出するんだ。僕達を待つ必要はない」


 残る高官達が冷静に、命令に従う礼を取った。脱出できる保証は無い。行くも残るも、命がけである事に変わりはないのだ。

 トキが伝令に向け、皆に聞こえるように指示を出す。


「マールの指示に従い、この閉ざされた空間を必ず打ち破れ!」


 マールという指定に、マルシオン王は口角を上げて少し笑った。そして、背の翼の間に腕を挙げ、何かを取り出すように掴んだ。その手には、拳ほどの大きさの皮袋が握りしめられている。


「これをお前にやろう、トキ」

「何だ、また火炎石か?」

「違う。天界にある巨大樹の、樹液が固まった魔石だ。人には害は無いが、魔界域の住人には脅威となろう。窮地に陥った時に、紐を緩めて袋ごと敵に投げ、すぐ逃げろ」


 トキは顔を(しか)めながら、薄気味悪そうに袋を受け取り、ベルトに吊るした。巨大樹の樹液の脅威を、思い出したのだろう。あれに呑まれたら、人としての自我を失うように思えるのだ。


「…………承知した。後を頼む」

「任せろ」


 トキが魔石を手にした事で、僕の心の重荷が少し和らいだ。


「ありがとうございます、マルシオン王。では、行きます」


 マルシオン王が厳しい顔付きで頷く。

 僕が《聖なる泉》の門に入りかけた時、テオフィルスが阻んだ。


「先頭は俺、お前は真ん中だ」

「若君は私がお守りしますので、ご安心ください」


 マシーナの微笑みに、僕の緊張が解れる。一つ深呼吸をして、狭い門に、足を踏み入れた。




 門に入った途端、暗闇が戻ってきた。僕の放つ〈祥華の炎〉は、漆黒の水に押し込められたように輝きは拡散せず、前を行くはずのマシーナの後ろ姿さえ映さない。〈堅固の風〉も同様に押し留められて、《聖なる泉の精》の魔力はまったく役に立たない。


 そんな状況で、暗闇の中に大勢の呻き声が聞こえた。

 男の声、女の声、獣の声。

 苦しみと絶望、憎しみと怒り、そして狂気染みた笑い声。


 聞いているだけで、恐怖に身が縮み、僕の足が進まなくなる。後ろにいるはずの、エネスとトキは気配すらない。僕一人だけが、暗闇に取り残されている事に、ようやく気が付いたのだ。


 暗闇が心を蝕むのに、どのくらい時間が掛かるのだろう。

 次第に絶望感が増し身動きも出来ず、身体が震え、声さえ出す事が出来なくなった。



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