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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第四章 ディスカール公爵領
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第十五話 人質

こんにちは。再改稿終了後も、あちこちある矛盾点を直しつつ、なんとかようやく更新出来ました。読んでいただけると幸いです。

「エラン? 君は……、本当にエランなのか?」

「当たり前だろ、他の誰に見える?」


 黒い翼を背に持つ彼は、モラスの騎士の服装ではあるものの、総隊長のマントは羽織っておらず、何よりセルジン王から賜った銀の額飾りが外されている。僕と天界の住人になる事を希望していたエランとは、あまりにもかけ離れて見える。


「嘘だ! 君は、違う。何者だよ? その姿は、止めろ!」


 屍食鬼の暗黒の翼が、暗闇の中で羽ばたき音を立てる。彼は暗い微笑みを見せながら、僕を抱き寄せる。僕はその腕を振り払おうとしたが、がっしりと掴んだ手は吸いついたように離れず、〈祥華の炎〉はまったく役に立たない。


「放せ!」


 テオフィルスとトキが剣でエランに切りかかるが、幻を切るように何の傷も負わせる事が出来ない。


「何だ、手応えが無いぞ」

「魔法だ、本物じゃない!」


 僕を掴んだ手は力を増し、引き摺られてエランに捕らえられる。僕は〈祥華の炎〉を彼に放ったが、やはり何の効果も無かった。


 どうして?

 泉の精の魔法が、役に立たないなんて……。


 僕は助けを求めて、周りを見回した。暗闇の中に国王軍の灯す松明が、上空を埋め尽くす屍食鬼を照らし出す。咄嗟に僕は、炎が屍食鬼と人々の間に壁を作るのを思い描いた。すると炎は勢いを増し、僕の周りの人達を犠牲にする事なく壁を作る。屍食鬼には、泉の精の魔力は有効なようだ。


 上空の屍食鬼は阻めたが、地上の屍食鬼との戦いは阻めず、激しい戦闘が至る所で始まった。屍食鬼の鋭い爪が国王軍の兵を切り裂く。不思議な事に倒れた兵に向けて、屍食鬼が火矢を放ったのだ。身体が乾いているので燃えやすい屍食鬼は、火を恐れる、火を扱うのは異例な事だ。トキが激を飛ばす。


「火矢を放つぞ、気を付けろ! 屍食鬼を殲滅しろ! マール、殿下を守れ!」

「解っている」


 優しい外見のマール・サイレスは、微笑みながら僕を静観している。


「殿下、いったい誰と、いつまで遊んでいるのです?」

「え?」


 その瞬間、エランの姿がかき消えて、僕の腕に絡み付く醜い植物の(うごめ)(つる)が見えた。蔓には黒い渦が絡み付き、毒素を撒き散らしながら僕を引き摺る。その毒気に恐怖を感じるのは、気分が悪くなり身動き出来なくなるのを知っているからだ。泉の精の魔力のせいで、僕に人々が近付けない時に、その状況では国王軍が不利に陥る。



 ところが不思議な事に、いつもの気分に悪さが感じられず、普通に動けるのだ。



 〈抑制の腕輪〉を、外しているからなのか?


 蔓を持つ植物には、多くの屍食鬼の口と思しき醜い牙が、茎の中から涎を垂らしながら、僕を食い尽くそうと待ち構えていた。


「放せ!」


 右手と足に蔓が絡み付き、僕の身体が浮き上がる。必死で空いている左手で、右腰に下げた短剣を取り出し、腕に絡む蔓を何度も切り付けて離し、足に絡む蔓はテオフィルスが飛び上がりざま切付け、落下した僕を素早く抱き抱えて、暴れる植物から救出する。


「大丈夫か?」


 切り離された蔓が僕の手足に絡んでまだ蠢いているのを、彼が冷静に取り外して顔を覗き込む。心配している彼の真っ青な瞳に、僕は頷きながらも狼狽えた。


「だ……、大丈夫だよ」


 泉の精の魔力はテオフィルスを弾かず、逆に彼の周りをうっすらと水の幕が被い、〈生命の水〉が守っているように見える。


 どうして?

 テオフィルスは泉の精に好かれているのか?


 七竜の加護が無い状態でも、彼が特別な存在に思えて、僕はなんだか無性に腹が立った。彼から慌てて離れ、八つ当たりのように、不機嫌に文句を呟く。


「マールさん、判ってるんなら、もっと早く魔法を解いてくれても……」


 マールは微笑みながら、背から輝く翼を出現させ、次の瞬間に切り裂くような魔力を(まと)ったマルシオン王に戻った。


「そのくらいの単純な魔法も見抜けないで、泉の精までたどり着けるのか、ブライデン? この先は魔界域の入り口だぞ」


 外見も対応も鋭角的な古の王に、僕は顔をひきつらせながら疑問をぶつける。蔓を切られ暴れる植物が、僕を狙って突進して来るのを、国王軍が必死に戦い止めている。


「魔界域って、あの植物は魔界域のものなのか? でも、泉の精の魔法が通じないよ?」


 マルシオン王から微笑みが消えた。


「あれは魔界域に飲み込まれた聖なる泉の構成員だ、泉の精の魔法が通じないのは当然だ。我が妃も飲み込まれようとしている」


 マルシオン王の周りから冷たい怒りの炎が溢れ出て、僕が恐怖に逃げ出したくなった時、テオフィルスが緊迫した様子で割り込んだ。


「マルシオン王、この屍食鬼達も幻なのか? 何かがおかしい、味方が圧されているぞ! なんとか出来ないのか」

「ふふん、竜がいなくても、貴殿の目は節穴ではないようだ。その通り、上空の屍食鬼は本物だが、地上の者は偽者。こんな術は簡単に破れる」


 彼はそう言って片手を上げ、皮肉な笑いを浮かべながら指を鳴らした。古の王の周りから、辺り一面に何かが拡がっていく。激しい戦闘を繰り広げていた国王軍の兵達は、一瞬で屍食鬼を見失い、目の前に現れた前衛部隊に度肝を抜く。


 屍食鬼との戦いと双方とも思い込まされ、味方同士で殺し合っていたのだ。地に倒れ屍食鬼のように扱われた遺体は、誰であるか見分けもつかない。皆がその残酷さに、茫然と立ち尽くす。


 笑い声が聞こえた。


 前衛部隊の中心部、アレイン・グレンフィードの上空、そして中心を取り巻く数人のモラスの騎士の上空、それから部隊の前面に立つ総隊長の朱色のマントを纏ったエラン・クリスベインの上空。


 〈祥華の炎〉を突き抜けて降りてくる、黒い翼を生やした五人の〈契約者〉達。エランの上空にいるのはハラルド・ボガード。彼は卑下した笑いを浮かべながら、僕達を指差し命じた。


「目の前の屍食鬼を、全滅させろ!」


 するとエランが操り人形のように、同じ言葉と動作を繰り返す。中央にいるアレインも同じ指示を出した。彼等には僕達が、まだ屍食鬼に見えている。マルシオン王の魔法が効いていないのだ。前衛部隊から火矢が飛び、エランとモラスの騎士達が魔法防御の壁を作り、触れた者を弾き飛ばす。味方の攻撃を防ぎながら、本隊の兵達はじりじりと後退する。


「エラン、正気に戻れ! 僕達が解らないのか!」


 僕は無駄と解っていても、彼に呼び掛けずにはいられなかった。エランの元に走ろうとして、テオフィルスに止められる。彼は冷静に(いにしえ)の王に問い質す。


「マルシオン王、彼等を助けられないのか?」

「ふん、小賢しい。私を誰だと思っている?」


 マルシオン王は輝く翼を大きく広げ、〈祥華の炎〉を気にもせず上空に舞い上がる。


『汚らわしき〈契約者〉よ、水晶玉の〈管理者〉を侮るな! お前達の魔法は無効だ』


 マルシオン王の身体から、強烈な光が放たれ辺りを満たした。

 上空の屍食鬼達が恐れをなして逃げ惑う。〈契約者達〉が身を縮めて前衛部隊の中に墜落する。


 エランもアレインも、目が覚めたように辺りを見回し、魔法防御の壁は消滅した。僕はテオフィルスの手を振り払い、エランの元に駆け出しながら叫ぶ。


「エラン、気を付けろ! 〈契約者〉が側にいるぞ!」

「オリアンナ」


 僕の移動に、本隊が前衛部隊に迫り、落ちた〈契約者〉を捜そうとする。エランは人波にもまれながら、モラスの騎士に指示を出そうと赤い魔剣を掲げた瞬間、動きを止めた。


「お前は、僕の下僕だ」


 姿の見えないハラルドの声だけが、彼に絡み付く闇黒の呪縛のように思考を奪い、動きを止めてゆく。エランの首を被うように、長い鍵爪が現れた。側面が鋭い刃物のようにエランの皮膚を薄く裂く。短い傷口から赤い糸のような血が流れ、朱色のマントに吸い込まれてゆく。


「エラン!」


 彼に絡み付く爪から先の醜い手が、腕が、身体と頭が、いやらしい程彼を抱え込む醜い形をした翼が姿を現し、〈契約者〉ハラルドが、どれだけエランに執着しているかを如実に見せ付けた。


「誰も動くな。僕の命令に従わなければ、こいつを八つ裂きにしてやる」


 動けないエランは成す術もなく、ハラルドの人質に取られる。他の四人の〈契約者〉も、アレインと周りの騎士達を捕らえた。僕は助けを求めマルシオン王に視線を送るが、彼は呆れたように首を傾げる。


「あれに魔力が使われていると思うのか? 奴等を動けなくしたとしても、あの爪から助け出すのは無理だ。私の魔力で奴等を消し去る事は、この界域では出来ない」


 捕らわれた者達は全員、〈契約者〉の爪に今にも切り裂かれそうに見えた。彼等の身体がふわりと浮き上がる。その動作だけで、エランの首の傷が広がり、血が朱色のマントに、赤さを増して広がり始める。


「エラン!」


 ハラルドの笑い声が響き渡る。


「ついて来い、魔界域へ」


 五人の〈契約者〉は人質と共に国王軍の頭上を飛び、サージ城塞の奥、暗闇が支配する魔界域の入り口へと飲み込まれて行った。

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