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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第四章 ディスカール公爵領
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第十二話 告白

 霧の中に見え隠れする荒れ果てた城壁は、押し寄せてきた国王軍を拒絶するように高く(そび)えているが、堀の水は干上がり、跳ね橋は下りたままで朽ち果て、容易に中に入れそうに見える。堅く閉ざされた鉄の落とし格子は、長年の(さび)に覆い尽くされ、その向こうは黒い幕でも張ってあるように暗闇だ。


 突如現れたサージ城塞の前で、僕は突然現れたマルシオン王を協力者として受け入れた。セルジン王を天界の罠に追い込んだ、敵に等しい存在なのに手を借りざるを得ない、それほど国王軍は追い込まれている。僕は不安を振り払いたくて、(すが)るように問いかけた。


「それで、前衛部隊と後衛部隊は? 窮地に陥っているって……、皆は無事なのか?」

「後衛部隊は天界の兵士達が助けましたが、前衛部隊とモラスの騎士隊はこの中です。中までは見通せず、安否は不明のままですね」


 マルシオン王が変身した姿のマールは、そう言ってサージ城塞の城門を指差す。エランの事が心配で、胸が痛みを訴える。


 無事でいてくれ、エラン……。


 僕は恐る恐るマールに近付こうとしたが、近衛騎士隊長のトキに止められた。彼はかつての友を、信用出来ずにいる。


「マルシオン王、貴殿が本当に我等に加勢する気があるのか、証を見せてもらおう」


 マールが呆れ顔で、トキを見据える。


「相変わらず現実的な男だな、トキ・メリマン。……証か」


 そう言ってテオフィルスに目を向ける。マルシオン王がアルマレーク人を毛嫌いするのは、彼の王家が竜の襲来によって滅ぼされたからだ。七竜の魔力によって地上にいる竜は大人しくなったが、彼の中では今も竜は憎しみの対象、水晶玉の〈管理者〉として永遠に生きていても、その憎しみは変わらないように見える。


 七竜を崇めるアルマレーク人が、まして〈七竜の王〉であるテオフィルスは、宿敵にも思える存在だろう。琥珀色のマールの目から、冷たい憎しみの色が消えた。


「テオフィルス殿、私は過去には囚われない。今は共に国王軍のために協力しよう」


 マールが手を差し出す。テオフィルスは無表情にその手を見つめた。


「お妃も、この中か?」

「…………」

「目的は妃の救出だ、そうだろう、マルシオン王?」


 マールは皮肉な笑みを浮かべる。


「貴殿もそうではないのか? 婚約者を取り戻したいだけだ。王国も国王軍も、本当はどうでもいいのではないのか?」


 テオフィルスは一瞬、眉をしかめ、その後静かに笑い始めた。


「俺がそうでも、こいつが許さない」


 そう言って、僕を指差した。テオフィルスが否定しない事に、僕は内心狼狽えながら、二人の勝手な会話に怒りを隠さず声を上げた。


「当たり前だ! 僕には国と国王軍を守る責任がある。個人の理由はなんでもいい、貴男(あなた)方は僕に協力してくれるのか?」


「なんでもいい」の一言に、テオフィルスは少し非難するような視線を、僕に投げた。命がけで僕を守ってきたのに、彼の意識に目を向けない言い方だ。僕は失言を恥じながら、彼から視線を逸らした。


「すまない。なんでもいいという言い方は、少し乱暴だ。個人の意思は自由だと言いたかったんだ」


 嫌な予感に僕は、彼からジリジリと後退する。テオフィルスは構わず僕に近付き、腕を掴み引き寄せた。彼が屈み込んで、僕の耳元で(ささや)く。


「お前が好きだ。俺の理由は、それだけだ」


 いつものからかいではない甘い囁き。彼の表情はとても真剣で、少しせつなげに僕を見つめている。僕は真っ赤になって彼の手を振り払い、トキの後ろに隠れた。テオフィルスの真っ青な瞳に魅入られたように、心臓が勝手に暴走する。


 また、竜の魔法にかけられたんだ。

 簡単に思い通りにされて、たまるものか!

 ……セルジン。

 セルジン、助けて!


 僕は必死にセルジン王を思い浮かべて、抵抗を試みる。僕の盾にされたトキは盛大な溜息を吐いて、苛立ち露わにテオフィルスを睨み付ける。


「早くしろ。霧が濃さを増している、夢魔が来る! それに〈門番〉も……」


 彼がそう言った途端に、本隊後方から叫び声が上がる。


「追って来たぞ、〈門番〉だ!」


 皆が一斉に剣を抜き、戦いに備える。城壁に退路を断たれ、倒木だらけの深い荒れ森に分け入るか、最強の騎士〈門番〉と無謀に戦うかしかない。テオフィルスは即座に、左腕を空に突き出し叫ぶ。


[リンクル、〈門番〉を追い払え!]


 彼の竜の指輪から、再び七竜の影が上空高く飛び立ち、その勢いで霧が払われ視界が少し広くなった。リンクルは後方へ飛び去る。テオフィルスは急ぎマールの元へ戻り、無理やり彼の手を取り握手した。


「マルシオン王、今は手を組もう。絶対に裏切るなよ!」


 マールは優しい微笑みを浮かべて頷く。マルシオン王の表情とは、ずいぶん対照的だ。


「約束する!」


 僕はテオフィルスを警戒しながら、マールに近付いた。今度はトキも口を出さず、僕の後について来る。


「少しは信用する気になったか、トキ?」


 マールの問いかけに仏頂面で頷くトキは、城門を見ながらボソッと呟く。


「前衛部隊はどうやって、この錆びた鉄格子を開けた?」

「上空から見ていた限りでは、門を通る事に難儀していた様子はなかったぞ」

「では、あの鉄格子は、幻覚か?」


 マールは首を傾げながら、腰に下げた鞄から小袋と極めて細い短剣を取り出した。トキは呆れ返って、表情を崩す。


「まだそれに、(こだわ)っているのか!」

「まあ、見ていろ」


 そう言って小袋を鉄格子に投げ、それが当たる直前に、短剣が投げられ突き刺さる。爆発的な発火を予想していたが、何事も起きず小袋と短剣は、鉄格子の中に消えた。


「また貴重品を無駄にした。お前の予想通り、あれは幻だ」

「鉄格子の穴を通り抜けただけじゃないのか?」

「その場合は炎が見えるはずだ、石畳に短剣が落ちた音さえしない。あの門は変だ。中に何が待ち構えているかは分からん、気をつけろ!」


 本隊の後方からの声は、まだ収まらない。リンクルが〈門番〉を追い払うのに苦戦しているのだ。


「サージ城塞へ入ろう、早くしないと後方の兵が〈門番〉に殺されてしまう。エネスさん、良いね?」


 エネス・ライアスが治めていた城塞に、立ち入る許可を求めた。彼の言う通り、これは魔王の罠だと僕にも思えるが、前衛部隊とモラスの騎士を助けるには、罠に飛び込んでみるしかない。エネスは厳しい顔つきで、マールに問い質す。


「マルシオン王、天界の兵達は貴殿に従うのか?」

「この姿の時は、マールとお呼び下さい、宰相殿。女神アースティルが介入しない限り、私に従うでしょう。あの中の状況は解りませんが、《ソムレキアの宝剣》がある限り、天界の加護はあるとお思い下さい」


 マールの言葉に僕は驚き、腰に下がる《ソムレキアの宝剣》を見た。マルシオン王を呼び寄せたのは、この宝剣だ。今は光を放ってはいないが、確実に意志を感じる。


「殿下の宝剣には、天界のどなたの意志が介在しているのですか?」


 エネスの鋭い質問に、マールはやんわりと皆の意識を現実に戻す。


「それは殿下にしか知らされない。それより急いだ方が良いでしょう、天界の兵達は、〈門番〉には不介入です。本隊の兵達が、無謀な応戦を始めている。見殺しにしたいですか?」


 エネスは顔を(しか)め、深い溜息を吐いた。


「致し方ありません。急ぎましょう」


 その言葉にトキが指示を出し、僕を守るように隊列が組み直された。先頭の勇気ある騎士が警戒しながら鉄格子の中に入り、すぐに戻ってくる。


「中は普通に城門内で、外郭(そとぐるわ)の原と立ち並ぶ家が見えますが、人の姿も屍食鬼の姿もありません」


 僕はトキと顔を見合わせた。前衛部隊とモラスの騎士は、サージ城塞の奥深くに、危険を承知で分け入ったという事だろうか。後方の騒ぎがより大きくなり、迷う暇はないと僕を責め立てる。


「急ぎ、サージ城塞へ進め!」


 僕は指示を出し、本隊がようやく動き始めた。テオフィルスとアルマレークの竜騎士達が、僕の馬の横にピタリと寄り添うように走り始める。七竜リンクルが〈門番〉と戦っているので、テオフィルスは馬を失っている状態だ。僕は彼を意識しないようにしながら、城門を通り抜けた。鼓動の騒ぎは緊張感のせいだと、自分に思い込ませる。






 城門内に本隊が、ほぼ入り終えた。国王軍の喧騒以外、何の気配もない。屍食鬼に滅ぼされたはずの城塞の内部は、驚くほど荒れ果てた様子もなく、つい先ほどまで人が管理していた状態に近い。


「ここは壊滅した城塞です。十五年前、私の目の前で、屍食鬼に覆われた、死の都です。幻覚に騙されないで下さい」


 懐かしさと苦しみを滲ませ、エネスが僕に警告する。テオフィルスが、左腕を高く掲げる。


[リンクル、戻れ!]


 城門の上空は、不思議なほどの青空で、澄み渡っていた。そこにも屍食鬼の姿はない。


[リンクル!]


 テオフィルスの低い声が、大きく響く。しばらくして彼は左手を下し、竜の指輪を見つめた。マシーナが心配そうに空を見上げて、不安を口にする。


[若君。七竜が、戻ってきませんね……]

[ああ、リンクルと隔絶された]


 彼の顔は、青褪(あおざ)めていた。

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