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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第四章 ディスカール公爵領
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第十一話 かつての友

「ここは、どこだ?」 


 辺りを警戒しながらトキ・メリマンが、エネス・ライアスに問い掛ける。馬を休めるため、しばらく休憩を取った国王軍の本隊は、見知らぬ枯れ森で完全に道に迷っていた。荒れた道の先は、濃い霧が渦巻き、視界が利かない。ディスカール領主のエネスは困った顔付きで、見えない《聖なる泉》を見出そうとしていた。


「サージ城から続く街道が近くにあるはずだが、ここは分からない……。《聖なる泉》以外はないはずだ。街道の場合、馬で半日の距離でイルー河畔の砦があるが、まだ先のはず……」


 霧は今や濃霧となり、完全に行く先を閉ざしている。


 霧魔が出ないといいけど……。


 僕の不安を察したように、テオフィルスが左手を高く掲げ、声を張り上げる。


[リンクル、霧を吹き飛ばせ!]


 左手の竜の指輪から七竜リンクルの影が飛び出し、再び上空で風を起こす。霧は吹き飛ばされたが、現れたのはどこへ通じるとも知れぬ荒れ果てた道のみ、皆が失望の溜息を吐く。トキが皆の気持ちを代弁するように、ボソッと呟く。


「やはり〈門番〉の許可が無いと、門すら現れないという事か」

「そんな事はないよ、トレヴダールでは、許可が無くても門は現れたよ」


 僕の反論に、トキが指摘する。


「あの時はマール……、いや、マルシオン王がいたから、門が現れたのではないか?

 彼の妃が楔石として門を守っていると、殿下に聞いたが」

「それは、そうだけど……」


 マルシオン王に会うために門が現れたのだとしたら、彼がいない今は現れない。絶望的な考えが、心に浮かぶ。


 〈門番〉に許可を取るしかないという事か?

 どうしたら許可が取れる? 


 近付く事さえ叶わない〈門番〉を説得するのが不可能だと思えた時、トレヴダールで泉の精を呼び出した方法を思い出した。


「そうだ、水だ! 悪いけど皆、僕の周りから少し離れて!」


 近衛騎士達とテオフィルスが少し距離を置いたのを確認して、僕は水袋を持ち、心の中で強く願う。


 姿を現せ、泉の精!


 そうして水袋の水を、地面に垂らす。細く(したた)った水から霧が湧き起こり、吹き飛ばされたはずの霧も意志を持つように、僕の前に寄り集まってくる。近衛騎士達は警戒し、剣柄に手を置いた。目の前の霧は凝縮し、やがて人とも魚ともつかない姿を一瞬現す。それは最後に見た時より、かなり小さく苦しそうに見える泉の精。


『助けて……』


 泉の精は道の向こうを指差し、すぐに消えた。僕は泉の精が指し示す方向へ顔を向け、驚きの声を上げる。


「あれは?」


 道の向こうに、閉ざされた門が見える。それは《聖なる泉》の門ではなく、武骨な城門で、その上に聖鳥と船を重ねた紋章が刻まれている。


「そんなはずはない! サージ城がこんな場所に……」


 いつも冷静なエネスが、狼狽(うろた)えていた。突然現れたかつての居城が、彼にとって幸せな時間と、その幸せが残酷に奪われた記憶を思い出させた。


「これは明らかにアドランの罠です。入るべきではありません!」

「でも、この中に泉の精がいる。助けを求めているんだ」


 僕にはあの姿が本物と解る、ここ以外に《聖なる泉》へ辿り着けない事も。エネスは青褪めた顔付きで、城門に刻印された紋章を見つめていた。彼の葛藤が目に見えて分かる。魔王アドランへの憎悪を、一番抱えているのは彼だ。かつての友アドランが、彼の目の前で家族を惨殺した。絶対に魔王を、許しはしないだろう。一見冷静なエネスは、深い溜息を吐いた。


「では入場する前に、天界の兵士達に、危険を知らせる合図を出しましょう」


 トキが割って入る。


「それは危険だ、奴等は信用出来ない。天界の兵士の参戦は、地上が大変な事になると女神が言っていたではないか。それを承知の上で言っているのか?」


 セルジン王が、天界人の国王軍への加勢を条件に、女神の意志に従った。彼が去ってから今まで、天界への助けを求めた事はないし、僕もそれはしたくはない。王を連れ去った天界人を信じる気にはなれないからだ。エネスは厳しい顔つきで(うなづ)く。


「当然、承知の上だ。陛下が不在の状態で、モラスの騎士隊もいない。魔王相手に七竜一神の影の加勢だけでは、戦えない!」


 テオフィルスが頷いた事に、僕は驚きを覚えた。彼はもっと自尊心の強い人間だと思っていたので、意外に思える。


「……それは、そうだが、危険すぎる!」

「いや、宰相殿の言う通りだ。今の七竜は一神弱った状態で、本来の魔力(ちから)は出しきれていない。不本意だが天界の連中に、助けを借りた方がいい」


 テオフィルスの言葉に、トキが皮肉な笑いを浮かべながら挑発する。


「ふん、弱腰だな。それを分かっていながら、陛下から殿下を引き受けたのか? 王国が欲しかったから?」

「止めろ、仲違いしている場合か! 彼にどれだけ助けられているか、トキさんだってわかっているだろう?」


 僕が止めた事で、トキは顔を顰め視線を逸らす。彼の苛立ちも理解出来る。魔王は武力だけで勝てる相手ではなく、実際に今、僕を守っているのはテオフィルスと七竜リンクルなのだ。近衛騎士隊長として、面白い訳がない。


「レクーマの竜の指輪と、次期領主さえ戻れば七竜の魔力は元に戻る。それに今の状態でも、王太子は守れる。ただ、国王軍全体を守るのは不可能だ。……お前はどうしたい、エアリス姫?」


 テオフィルスが僕に、偽名で呼びかける。国王軍の一員として、冷静な判断を要求する時は、その名を呼ぶ。僕の心に、訳の解らない不満が湧き起こる。


 僕は、エアリスじゃない……。


 僕は俯いて、彼の顔を見ないようにした。天界に助けを求めるべきだと理性では解るが、セルジン王を連れ去る時の女神アースティルの笑い声が、僕を苦しめて判断を鈍らせる。


 僕は、天界人を信用出来ない!




 強くそう思った時、腰に下げている《ソムレキアの宝剣》が不意に光を放った。

 その光は紫水晶の宝剣の形のままに、宝剣を離れ僕の目の前に浮かび上がる。




 テオフィルスが宝剣の光から、僕を守るように前に立つ。


「宝剣に何を願った? 言え!」

「別に……、何も願ってないよ。ただ、天界人は信用出来ないって……」

「それだけか?」


 僕は頷く。

 宝剣の光は今や枯れ森の上空高く上がり、やがて強い光を放って消えた。


「何の合図だろう?」


 僕は不安から、無意識にテオフィルスの腕を掴む。《ソムレキアの宝剣》が勝手に動くのは、初めての事だ。緊張に皆が警戒し、トキの指示で弓兵が上空に向け矢を(つが)える。


 やがて上空から、大きな翼の羽ばたく音が聞こえた。近衛騎士達が剣を抜き、僕とテオフィルスを守り囲む。羽ばたきは大きくなり、枯れ木を吹き飛ばしながら、()は地上に舞い降りた。大きな美しい翼は、地に足を着けた段階で彼の背から消え、いつもの冷たい威圧的な金色の瞳が僕を睨み付ける。


「呼んだか?」


 マルシオン・ティエム・ベイデル。

 エステラーン王国で過去に葬られたベイデル王家の、最後の王が現れたのだ。


「ぼ……、僕は呼んでない!」

「そなたに言ったのではない、ブライデインの《王族》。《ソムレキアの宝剣》に、言ったのだ」


 《ソムレキアの宝剣》が答えるように、薄っすらと光を放つ。マルシオン王は黙り込んで、僕の聞き取れない何かを、聞いているように見えた。そして威圧的な金色の瞳で、僕を睨み付ける。


「そなた達はここまで追い込まれて、なぜ天界に助けを求めない? 前衛部隊と後衛部隊が、窮地に陥っているぞ」

「え?」


 僕の鳩尾(みぞおち)が、緊張でキリキリと痛む。最後に見たレント領主とエランの姿が、血に塗れている姿を想像して、泣き叫びそうになるのを必死に(こら)えた。横にいるテオフィルスが、僕をマルシオンから隠すように肩を抱きしめる。


「セルジン王の出した条件を、活用も出来ない愚か者め。そなたはそれで、国王軍を仕切っているつもりか、ブライデイン! 七竜の眷属に頼るなど、言語道断! そなたが宝剣の主でなければ、その首を()ねているところだ」

「無礼者! いくら(いにしえ)の王といえ、殿下に対する侮辱は、俺が許さんぞ!」


 かつての友に怒りを露わにしたトキが、剣を構えてマルシオンに近付こうとしたのを、僕は必死に止めた。


「いいんだ、トキさん。マルシオン王の言う通りだよ。僕は私怨で動いて、国王軍を窮地に落としている。女神の仲間を、どうしても信用出来ないから……」

「あの女神は、信用しなくて良いですよ」


 突然、マルシオンの声と口調が変わった。振り向いた僕の目に、優しい外見のマール・サイレスが映る。マルシオン王が変身した姿は、彼に対する恐怖を打ち消している。


「外見など当てにならないですが、私が国王軍に参戦するには、この姿の方が良いでしょう?」


 微笑むマールに、僕は顔を引き攣らせて頷く。未知の魔力(ちから)を有する者に近付く恐怖は、暗闇に一歩踏み込む恐怖と似ている。これも天界の罠かもしれない。それでもセルジン王が、身を(てい)して国王軍に残していった援軍なのだ。


「受け入れるよ、天界の加勢を」

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