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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第四章 ディスカール公爵領
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第十話 最強の騎士の脅威

 まもなく《ディスカールの聖なる泉》へ辿り着く。道の端を兵達が剣を抜き警戒する中を、僕は近衛騎士達とテオフィルスに守られながら本隊の先頭へと進む。辺りは静まり返り、行軍の物音と馬の(いなな)きが異様に響き渡る。風もない荒れ果てた森の道は、前衛部隊が整備したので楽に通る事が出来た。


 その前衛部隊は、誰一人いない。偵察隊の報告では、《聖なる泉》の前に陣を張っているはずだが、戦った形跡もなく忽然と消えていた。知らせを受けた僕達は、急ぎ《聖なる泉》の前に駆け付けたのだ。


「どこへ行ったんだろう? まさか、全員消されちゃったんじゃ……」


 僕は馬上から、エランの姿を求めて必死に辺りを見回した。彼の安否が心配で、居ても立っても居られない。


「落ち着け! 天界の連中にセルジン王は加勢を求めたんだ。エステラーン王国が滅ぼされるのは、王が水晶玉の〈管理者〉になった時だ。少なくとも今の段階では、俺達を消したりしない」


 僕の馬の横を並走しているテオフィルスは、緊張しながらも落ち着いた様子で辺りを(うかが)っている。彼が率いるアルマレーク人の竜騎士隊でも、最年少の竜騎士見習いルギーが姿を消していた。本隊と後衛部隊でも、十数名の兵が削り取られるようにいなくなっている。その中にはエランがレント領にいた時の主君である、ロイ・ベルン長官も含まれている。


 いなくなった者達がどんな方法で連れ去られたのか、誰にも分からない。一足ごとに緊迫感が高まる中、前衛部隊とモラスの騎士の失踪は、よりいっそう恐怖を煽った。国王軍のほぼ四分の一を、失ったに等しいからだ。


 彼等はいったい、どうなったのか?


「やはり魔王が仕掛けてきたって事か? 上空に天界の兵士がいるのに?」


 魔界域の軍勢ともいえる屍食鬼は、天界の兵達によって遥か上空に追いやられ、僕達には近付けない。魔王アドランと〈契約者〉達が、直接仕掛けてくる可能性が高い。


「ふん、当然仕掛けてくるさ、お前の持つ宝剣を奪い、殺すために。奴等にとって、お前は唯一邪魔な存在だから、魔力を身に着けるのを阻止したいのさ」


 僕は立ち枯れた木々越しに空を見上げた。屍食鬼が作り出す暗黒の空に、ゆっくりと輝く星が動く、それらはすべて天界の兵士達だ。地上の異変に気付いている様子はない。


 僕は天界に拘り過ぎている。

 セルジンを奪われたから……?


 導を受けた左手を見つめた。


 最後の導を受け取ったら、僕はどうなるのだろう?

 魔力をもらっても、扱う事すら出来ないのに……。


 ますます不安になり、僕は腰に厳重な装備で吊るしてある、《ソムレキアの宝剣》に手を置く。紫水晶で作られた宝剣は、冷たく心地良い。それは緊張を(ほぐ)す不思議な安心感を僕にもたらし、心を落ち着かせた。


 この安心感は、セルジンに触れている時と同じだ。

 《王族》の魔力に近い。

 ……これも天界の魔道具なのに、なぜこんなに優しい?


 同じ天界の魔道具でも、〈抑制の腕輪〉とは正反対な感覚だ。これを奪われると、セルジン王を、水晶玉から助け出す事が出来なくなる。


 絶対に奪われてなるものか!


 僕の中に、魔王と戦う気構えが、ようやく湧き起こる。王を失ってから、しばらく見失っていた事だ。いつの間にか、平常な状態の自分に戻りつつあるのを意識する。


「お前はその宝剣を守れ、俺がお前を守ってやる。だから絶対に俺の側を離れるな!」

「え?」


 その言葉と同時にテオフィルスが突如、僕の馬に飛び移り、手綱を奪い取る。突然の加重に馬は驚き暴れ、僕は振り落とされそうになった。


「どけ! お前に二人乗りの操作は無理だ。鞍の前で(たてがみ)を掴み、(あぶみ)を外せ。早く!」


 有無を言わせない気迫に押され、なんとかバランスを取りながら移動する。彼の見事な手綱(さば)きで、馬はすぐに落ち着きを取り戻した。抗議しようとした僕は、ようやく異変に気付く。前方に嫌な空気を感じ取り、息苦しさに喉を詰まらせる。


[リンクル、元の姿に!]


 テオフィルスの言葉に、アルマレーク人達が周りに警告を出す。周りの騎士達も竜の影の出現に慣れてきたのか、巻き添えを食わないように、恐怖に逃げようとする馬達を制御し、急いで移動する。


 テオフィルスの馬は膨れ上がり、三倍くらいの大きさになったところで、大きな翼を広げ長い尾を振り、立ち枯れた木々を薙ぎ倒す、凶暴な外見の七竜リンクルの姿になった。竜から強烈だが、心地良い熱気が溢れ出る。それは前方から来る邪気を押し退け、僕の気分の悪さを元に戻す。


 竜の出現と同時に、前方から叫び声が上がった。《聖なる泉》のある場所から、黒い渦が爆発的に湧き起こり、本隊を先導していた兵達が苦しみ倒れてゆく。


[あの瘴気(しょうき)を吹き飛ばせ!]


 テオフィルスの指示に、竜は空中へ舞い上がり翼を前方に羽ばたかせ、強風を湧き起こす。人々を苦しめる黒い渦が吹き飛ばされる。テオフィルスに抱き抱えられたまま、吹き飛ばされないように、僕も必死に馬の鬣を握りしめ、強風の中で薄目を開けて周りを見回した。


 身を屈める人々の後ろ、《聖なる泉》のある方向に、全身に豪華な黒い鎧を装着した〈門番〉が立っていた。怒りを(みなぎ)らせ、黒い渦を撒き散らしながら近付いてくる。黒い渦は吹き飛ばされても、〈門番〉は強風等関係なく、剣を抜き今にも国王軍に襲い掛かろうとしている。


「危ない、逃げろ!」


 僕の声は、風に阻まれ兵士達には聞こえない。この世で最強の騎士と言われる〈門番〉に、立ち向かう間もなく切り殺される兵達。


「〈門番〉から離れろ!」


 トキの怒声に彼等はようやく危険に気付き、強風の中を必死に後退するが、〈門番〉の素早い動きに次々と倒されてゆく。テオフィルスが僕を抱き抱えながら、上空の竜に向かって低い声で指示を出す。


[リンクル、(おとり)になれ!]


 聞こえそうもないその声を、リンクルはしっかり受け止め、羽ばたきを止め〈門番〉に向け急降下する。竜の鋭い爪を、〈門番〉の剣が受け止める。〈門番〉は防戦に転じ、国王軍は難を逃れた。テオフィルスが前進する指示を身振りで伝え、トキが指示を出す。


「本隊騎士隊全員、歩兵を守りながら、泉へ進め! 後衛部隊はその場で待機!」


 後衛部隊への、待機合図のラッパが吹き鳴らされた。馬車や大きな荷物を運ぶ役割もある後衛部隊は、道から逸れる事が出来ないため、〈門番〉を迂回する事が出来ない。一定の距離を保てば、〈門番〉は人を襲う事はしないはず。危険を承知でも、その場で待機するしかない。


 本隊の騎士達は歩兵達を守る陣形で、枯れた森を突き抜け、戦う〈門番〉を迂回しながら前進した。〈門番〉の横を通り過ぎた時、地の底から響くような声が聞こえた。


『全ての入場を、拒否する!』


 黒い渦を盛大に振り撒きながら、剣を振るい国王軍を阻止しようとする〈門番〉を、竜が阻む。〈門番〉としての意識が残っている事に、僕は一縷(いちる)の希望を見つけ出す。


 完全に、魔界域に呑まれている訳じゃない。

 泉の精も、きっと生きている。


 〈門番〉を迂回した後、足場の悪い枯れ森から、枯れ木の散乱する道らしき場所へ戻る。ここまでは前衛部隊が辿り着いてないため、森よりは幾分ましな状態の悪路。枯れ枝と倒木のせいで、人も馬も身体に小傷を負いながら、〈門番〉から逃れるために必死で疾走した。




 どこまで行っても、《聖なる泉》の門は現れない。皆が不安を感じ始めた頃、二人乗りの僕の馬が、疲れのため速度を落とす。テオフィルスが手綱を引き、馬速を常足まで落とす。


「おい、ヘタレ小竜、俺は下りるぞ。手綱を取れ!」

「え? そんな、急に……」

「今のお前なら出来る。裸馬の訓練を信じろ」


 そう言い残して、彼は走る馬から飛び下りた。一瞬、指示を失った馬は止まりかけたが、僕がどうにか鐙に足をかけ、鞍に移動した事で再び走り始める。裸馬の訓練は、思った以上に僕の平衡感覚を鍛え、騎乗操作を上達させていた事に驚きを覚える。


 馬の横を走り始めたテオフィルスが、僕を見上げて嬉しそうに微笑む。僕は自分でも不思議に思うほど、彼に微笑みを返していた、まるで心が通じ合ったかのように。



 ラッパの音が、後方から鳴り響く。本隊の最後尾が、〈門番〉から安全な距離まで離れた合図だ。トキが停止の指示を出し、テオフィルスは七竜リンクルを呼び戻す。


 いつの間にか森の前方に霧が立ち込め、停止したばかりの本隊に、霧魔を警戒して松明の数が増えた。僕は後ろを振り返る。後衛部隊を仕切る、レント領主ハルビィンが気になったのだ。


義父上(ちちうえ)、どうかご無事で……)


 未踏の森に迷い込んだように、在るべきはずの《聖なる泉》と前衛部隊の姿を、僕達は必死に捜し求めた。

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