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プロローグ 

お待たせしました、第一章の再改稿を終了しました。

現在、四章目をゆっくりと更新中です。よろしくお願いいたします。

 遠い記憶の中にある母は、僕を守るために傷付き血にまみれていた。美しい栗色の長い髪を伝って、赤い血が僕の頬に滴り落ちる。母の異変に、僕は怯えた。


「オリアンナ、あなたは生き延びるのよ。何があっても生きてお兄様を……、セルジン王を助け出して。あなたにしか出来ない事なの!」


 僕と母が隠れ住む広いけど質素な館に、屍肉に飢えた屍食鬼ししょくきが入り込んだ。突然の襲来に人々は成す術も無く、醜い翼の生えた屍肉喰いの長い爪に殺され、餌食となった。


 阿鼻叫喚の中を潜り抜け、護衛達、召使い達と共に広間まで来たところで、母が屍食鬼に襲われたのだ。助けようとした護衛達も、多勢に無勢の状態で一人、また一人と倒されてゆく。

 僕は狭い隠し通路の入口に押し込まれ、瀕死の母の鬼気迫る要求に、訳も分からずただうなずくしか出来ない。


「お願い、行くのよ。必ず生き延びるのよ!」

「母さまも、行こう?」


 僕は母の手を掴み放さない。母は涙を流しながら僕を突き飛ばし、扉を閉めた。


「母さま!」


 幾つもの蝋燭に照らされた室内と違って、隠し通路は暗い。暗闇は恐怖だ。扉を開けようとしたが、固く閉ざされ幼い少女の力ではビクともしない。扉を叩いて、必死に母に呼びかける。


「母さま、開けて! オリアンナ、怖いの。母さまも、来て! 一人は嫌ぁ!」

「一人で行くの! いい子だから、早く逃げて!」


 その直後。


「きゃああああ――――――」


 母の魂切る絶叫が聞こえ、その後は母の声がしなくなった。




「母さま……?」


 僕は恐怖に震え、その場から動く事が出来ない。手に大きな細長い包みを抱え、それを抱きしめたまま石の床に(うずくま)り動けない。心の中で母を呼び続けた。



 母さま、母さま、母さま――――っ。



『いつまで、そうしているつもりかな?』


 背後の暗闇から、男の声が聞こえた。隠し通路の明り取り窓から差し込む月明りが逆光になり、男の顔は見えない。涙に溢れた目では、余計に見えない。

 

 男はゆっくり近づいてくる。

 

 僕は怯えて母の閉じた扉に、助けを求めるようにしがみ付く。不思議な事に願いが通じ、扉はゆっくり開き、僕はそのまま転がり、細長い包みを抱え、板床に広がる血の海の中に横たわる。

 混乱した幼い子供には、それが母の流した血だと認識出来ない。ただ恐怖から逃れるために、血の床を這いずり何度も転んだ。


 男は狭い隠し通路の入口から姿を現し、ゆっくり剣を抜きながら残酷な笑みを浮かべる。



 エステラーン王国を壊滅へと導いた男――――魔王アドランと呼ばれる母の異母兄、その男の顔ははっきり覚えていない。

 ただ残酷な口元だけが、妙にくっきり印象に残っている。



『そなたが死ねば《ソムレキアの宝剣》は、再び私のものになるだろう。母と共に死ね!』


 男は剣をわざと恐怖を(あお)るように、ゆっくり確実に僕の心臓に突き下ろす。僕は細長い包みを抱えたまま、激しい痛みに訳も分からず死を迎え、魔界域という奈落の底へ堕とされた。





 ――――悪夢は、いつもそこで終わる。







「うあああああ……」


 恐怖に叫びながら、冷や汗まみれで飛び起きる。鼓動は激しく高鳴り、息遣いは荒く震えが止まらない。胸に貫かれた痛みの感覚が残る。


「夢だ。これは夢……」


 視覚はいつもと同じ、窓から差し込む月明りに照らされた一人ぼっちの薄暗い僕の部屋を映す。静かに扉を叩く音がした。


「オーリン様、大丈夫ですか?」


 僕の叫び声が聞こえたのだろう、部屋の外から護衛が静かに声をかけてくる。


「あ……、ああ、大丈夫だ。怖い夢を見たんだよ」


 護衛は納得したように、それ以上聞いてはこない。悪夢にうなされるのは、よくある事だ。僕は、少し冷静さを取り戻す。


 うなされていた事は、養父である領主ハルビィン・ボガードに報告されるだろう。そうして必要以上に心配した領主が、医師を従えやってきて、治療と称して血を取り、変な薬を飲まされる。

 この悪夢は、治療しても治らないよ。


 過保護な養父のやり方に溜息を吐きながら、ベッドの横にある小卓の引き出しから小袋を取り出し、中から小さな石を取り出した。

 月光石――――月の光を凝縮したような、小さい範囲を短時間だけ照らす希少石だ。それを手に乗せ、裸のままそっとベッドから離れた。


 護衛に気付かれないように足音を忍ばせて、あらかじめ用意してあった服を手に取る。もうすぐ夜が明ける。


 鏡が月光石の光を反射して、僕の痩せた身体を露わに映す。少し膨らんだ胸に、顔をしかめる。

 また膨らんできた。あんまり膨らむと、女だと気付かれる。

 その胸元の醜い傷痕が目に付く。胸元から背中にかけて剣で貫かれた傷痕、普通だったら完全に生きてはいられない痕だ。



 《王族狩り》と言われる悪夢のようなあの出来事から、もう八年が経つ。



 この傷は(みにく)い。八年前に僕は死んでいるはずだ、それなのに生きている。なぜ、生きている?

 

 理由は誰も教えてくれない。ただ、あれ以来、男子として生きる事を強要された。名前もオリアンナ・ルーネ・ブライデインから、オーリン・ボガードに変えられ、《王族》である事は隠され、レント領主の養子として存在してきた。


 それが《王族狩り》を繰り返さないための最良の策だと、幼い僕にも理解出来たから、割り切って生きてきた。

 男なら傷痕は気にせず生きていられる。丁度いいじゃないか。



 僕は(さらし)を手に取り胸にきつく巻き、いつもより少し派手な男子の服を身に着ける。

 今日はセルジン王に会う、僕の婚約者に……。


 そう思うと、嬉しくなって自然に心が舞い上がり、鏡に向かってにっこり微笑んだ。その微笑みはどう見ても女子のもの、男子を装っていても、それは隠す事が出来ない。


 少しウェーブのある短い金髪が、彫り深い顔立ちに明るさを添え、抜けるような白い肌に、薄紅色の頬の赤みが健康的な女子の華やかさを醸し出す。どことなく印象的な灰色の瞳が、僕を見つめ返す。


 それだけならまだ良いけど、僕には自分でも嫌いな特徴がある。上腕と上腿がエステラーン人より長い、父から受け継いだ異国人の特徴。僕の中の最大のコンプレックス。これがある限り、僕は不必要に目立ってしまい、女だと悟られない努力を必要以上に強いられる。



 その努力も、もうすぐ必要がなくなるのだ。



 国王軍の中では、男子を装う必要がない。なぜなら《王族》が残り少ない今、僕は秘かに王の婚約者とされたからだ。セルジン王が大好きな僕には嬉しくて、時々男子を装えなくなる。


「今日は僕の、〈成人の儀〉だよ、オリアンナ。おめでとう、これからずっと陛下と一緒だよ」


 鏡に映る少女の僕に、そっと呟いた。

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