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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
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≪六章≫君には愛を ボクには獣の祝福を ①

 もうもうと昇る黒い煙が、内側からあふれた白い凍気に吹き飛ばされた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 粉塵の奥――粉塵と見紛うほどに密集した氷の粒子から、膨大な魔力が発せられた。


 それは“魂”の暴走とは対極の力。


 荒々しく触れるものすべてを破壊する暴力とは相反する、静寂にして威厳を(たた)える高貴なる力の波動。


 あらゆる光を弾き、銀幕の密度を保つダイヤモンドダストから飛び出した影が、一つ。


 万物を切り裂き――時すらも凍結させ――理さえも破壊する。


 刃の輝きに勝るとも劣らぬ氷爪をそなえ、鎧とも鱗とも皮膚ともつかぬ氷の腕をたずさえた、銀髪碧眼の――フローズヴィトニルの力を完全に引き出した――石動冬弥が、カエデを目標に()える。


「№108ィ!」


 カエデはその氷腕を目視して、怨嗟(えんさ)を吼える。


 当然だ。何故ならその光景は七年前の焼き直しに他ならない。


 たしかに№108が転生しているとは察していた。


 だが、その力を完全に扱えるはずがないと高をくくっていた。


 少なくとも、理性を残したままで『神』の意思に耐え切れる人格などありえないと。


 カエデは知るよしもない。


 冬弥の覚悟の重さを。


 カエデよりもよほど人間味ある銀狼の暖かさを。


 二つの“魂”が共鳴するほどの“想い”の強さを。


 神獣の猛々しさを咆哮に変えて、冬弥は煌く氷爪を振るう。


「ハアァァァ!」


 風圧だけで地面を裂き、爪の通過した部分は絶対零度に凍りつく。


 秋夜の斬戟さえも完璧に防ぎきった木の葉ごと、魔狼の爪はカエデを襲う。


「ッ! チィ!」


 構成は一瞬。


 ほんの刹那、爪の到来を遅らせるために形成させた木の葉の(たて)はやはり、氷爪から溢れる魔力と冷気に分子ごと切断される。


 ただ、その刹那があれば充分だった。


 カエデは一足で距離を離し、爪の射程圏から逃れる。


 練磨された戦闘狂であるがためにとれた回避行動。


 この反射速度そのままの反応ができていなければ、確実に引き裂かれていた。


 げんに……


(ちっ、左腕がやられた!)


 楯を構成するさいに振りあげた左腕は、肘までが凍傷を負っていた。


 かすめただけでこの効果。


 直撃を喰らえばひとたまりもない。


 再生はできない。


 何故なら冬弥の纏う氷の魔術は、魔導書と同様の『神代魔術』。


 しかもその属性は『停止』である。


 時すらも凍結させる氷爪にかかれば、大気の流れや水の流動、ましてや魔力の循環さえ硬直する。


 かすっただけで凍結した左腕。


 完全防御と誉れ高い木の葉の防壁さえも、たやすく突破されてしまった。


 忌々しい。

 果てしなく憎々しい。


 かつて肉片一つ残さず殺し尽くした№108の亡霊が、目の前にいるのだ。


 これを嫌悪せずして何を憎むか。


「死してなおも邪魔をするか! 失敗作!」


 激昂は猛々しく、気合は裂帛。総じて醜悪。


 一気に最大値まで溜められた魔力が逃げ場を求めて体外にあふれだす。


 怒りに呼応する木の葉が変質し、やがて本来の姿を取り戻す。


 『ナコト写本』――世界最古の魔導書。


 古代における聖剣の神聖をも超える“原初”から在るべくして存在する宝具。


 そこに込められた魔力の純度はもはや、現世とはかけ離れた奇跡の類であろう。


 『神』と対抗するうえで、これ以上に適した礼装はない。


「記せ、現世――解かせ、零世――刻め、宵世――来たれ、禮世――」


 詠われる言語は、神代に確立された非現実。


 失われた文字を詠むなど、現代の人間である魔術師には不可能だ。


 それでも、カエデはその本の所持者である。


 魔導書はみずからの意思で所持者を選ぶ。


 選んだ所持者が()めぬのでは価値がない。


 カエデは眼で見てそれを認識するのではない。


 己の心体の一部として成りたっている魔導書から、記憶を引き出すように、その効果を発言するのみ。


「影絵の世は深遠に沈む――求めし愚者は業火に消える――我、天命を得たり――この身を捧げよ。我が業に溺れよ。其の罪を(さら)せ!」


 中空に固定されていた魔導書が詠唱を受諾して赤光を放つ。


 魔導書を介して発動された、神代魔術にも引けをとらない大魔術。


 乱雑に舞っていた木の葉が突如として燃えあがる。


 その炎は純悪なる漆黒。


 それらは一点に収束し、巨大な熱の塊へと変貌する。


煉獄(ディアボロス)(ヘイム)き!」


 黒い太陽を思わせる熱量が一気に冬弥へと()しよせる。


 開放された黒炎は有に六千度を超えている。


 いくらフェンリルの氷気を纏う冬弥でも、炎が触れる前に蒸発するのは明白だ。


 なれど、それは魔術師としての常識の範囲。


 人間程度の器で『神』の存在意義を否定することなどできはしない。


 ――盾ヲ! ――


氷河(グレッツヒュッツ)の守り手・聡明な(アイギス)!」


 二つの声が重なった。


 瞬間、冬弥の眼前に六芒星をかたどった氷の結晶が出現した。


 邪神の攻撃すらも跳ね返す伝説の氷鏡と漆黒の炎が激突する。


「オオオオオオオオオオアアアアァァァァァァ!」


 ヒトでは足元にもおよばぬ神獣の咆哮が(とどろ)く。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 現世最強の魔術師が、怨嗟の声を魔力に還元していく。


 膨大な魔力と魔力が互いの力を削り合う。


 数瞬の競り合いを制したのは、


「ッッッラアアアアアアアアアア!」


「!?」


 極冷の氷盾。

 必滅を祈って放たれた邪なる黒炎はまたたく間も惜しんでかき消され、なおかつ、炎の奔流が去ったと同時に、


 ――牙ヲ! ――


「暁を穿つ孤狼(ディガロ)光牙(シュバイン)!」


 台風の目を抉るように飛び出した氷爪――冬弥の右手から切り離された五本の爪が飛翔し、カエデの胴体を貫いた。


(馬鹿、な……!?)


 内心で焦っていながらも、過去に殲滅した敵だという事実がカエデの心に油断を生んでいた。


 それが致命的な隙だと気づかぬままに戦闘を継続していたせいで、カエデは思わぬ致命傷を負った。


 喰らっては初めて思い知るその威力は、間違いなくフェンリルの神代魔術。


 フェンリルの魔術は物理的な異常を引き起こすだけにとどまらず、時間でさえも凍結させてしまう。


 受けた傷は回復のしようがない。


 回復するにしても、木の葉をかき集めて傷口を修復するだけでは無意味だ。


 破損部を一から再構成し直し、もう一度、カエデという人型を作り直さなければならない。


(なんたる屈辱……。このオレが退()かねばならぬとは)


 一瞬だけ、絶対者としてのプライドと殺戮者としての自己顕示欲が撤退の意思を堪えようとしたが、このまま戦闘を続行してもものの数秒足らずで駆逐されると、歴戦の魔術師であるがための直感が警鐘を鳴らす。


 砕けるほどに奥歯を噛み締め、カエデは周囲の木の葉を目眩ましとして展開。


 脱兎の如く教会の敷地から脱した。


次回は12/27

22:00投稿予定です。

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