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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
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≪五章≫幕間 ~原初の枝~

 真っ暗な視界が急速な勢いで遠のいていく。


 眼を開けた先に広がっていたのは、見渡す限りの白。


 空も、

 大地も、

 前後も、

 左右も、

 視界で捕らえられるものは純白以外のなにものでもなかった。


 まるで俯瞰(ふかん)から世界を覗いているような錯覚。


 げんに俺は、自分が立っているとは感じていなかった。


 海にたゆたうように、空に浮かんだように、ありとあらゆる感覚を弛緩(しかん)しているような状態に近かった。


 時間でさえも止まっている。


 現実では一瞬ですら長く感じられるほどの空白の中に、俺は漂(ただよ)っている。


 そして悟った。


 ここは……“原初”だ。


 白とは何物にも染まっていない純粋でありながら、ありとあらゆる光彩をふくんでいる。


 何もかもが生まれる前の世界であり。

 何もかもが還(かえ)りつく生命の終焉。


 何もかもが存在していながら、存在していない。


 矛盾であるからこその正当が成立し、

 有限であるからこその無限を定める。


 この世の”全”が内包され、何一つとして生まれていない世界。


 だからこそ、ここは真っ白なんだ。


「ようやく、来たか」


 遠雷から響いた重く怜悧(れいり)なコエに、振り返る。


 そこには、白銀のたてがみを煌かせ、冷厳なる蒼き瞳を輝かせる、孤高の神狼がいた。


「……フローズヴィトニル」


「如何にも。ようやっと覚醒したか、哀れな人型よ」


 光沢を放つ氷の牙の並んだ口から白い息が吐きだされた。


 言葉など不要。


 この無にして一の世界では、俺とフローズヴィトニルの精神は同一。


 俺にはこの獣がなにを求め、なにを望んでいるのかが手にとるようにわかる。


 だってコイツは、俺と同じだから。


 生まれてすぐに牢に囚われ……。

 生まれたというだけで疎まれ……。

 愛情もぬくもりも与えられず……。

 大切に想っていた親(ヒト)をも奪われ……。

 ようやく得ようとした自由さえも許されず……。

 運命の鎖に縛られたまま、世界の美しさを識(し)らぬままで……滅ぼされた。


 だからコイツは理性を失った俺に代わって闘ってくれている。


 俺に同じ思いをさせないように。


 これ以上、無用の犠牲をださないようにと。


 力のない俺に代わって、カエデと激突している。


 けれど、それじゃ勝てない。


 他人の――しかも人間の肉体では、神獣としての力を最大限にふるえない。


 いくら強くても、それはカエデが動揺しているあいだだけしか通用しない、一時的な優位性でしかない。


 このままでは七年前と同じように、俺たちは殺されてしまう。


 だからこそフローズヴィトニルは、この世界に俺を呼びよせた。


 カエデを倒すための絶対的な切り札。


 ヒトの器でありながら『神』としての万能を再現する存在を現世に召喚するために。


 あとは現実に、矛盾を正当として発現するための儀式を成立させなければならない。


 昨日の夜にカエデに襲われる間際、初めて俺に接触しようとしたのには、正当な理由があったんだ。


 単純に力を貸したり身体を乗っ取ったりするだけなら簡単にできたのに、それだけじゃ勝てないのをわかっていたからだ。


 あのときは突然すぎてコイツを敵視してしまったけれど、今ならその重要性を理解できる。


 けどダメなんだ。


 それだけじゃ足りないんだよ。フローズヴィトニル。


 たとえここで勝利したとしても、司は蘇ったりはしないんだ。


「せめてお前が生死を司る神だったなら、完璧だったんだけどな」


 無意識のうちに漏れた言葉をどう受けとったのか。


 神狼は不愉快に告げた。


「我が御魂を繰る法を識らずとも、それは己が知っている。トウヤが得た知識の枝は、それほど浅くはない」


「え?」


 言われて、トウヤの記憶を掘り返す。


 俺の思い描いた理想に対して、検索結果はすぐに引っかかってくれた。


 この世界では思い描いたモノがすぐにできあがる。


 俺は目の前に浮遊した、小さな球状の光を手にとる。


 ――なるほど。代償としては上々だ。


「これが、アイツの覚悟か……」


 思わず溜息が漏れる。


 まさかトウヤがこんなモノにまで手を出していたとは思いもよらなかった。


 もしかしたら、カエデを裏切る前からこうなる予感があったのかもしれない。


「貴様だからこそ可能な『魔法』だ。さあ、創(はじ)めよう」


「……オーケー。てかさ、お前って意外とイイやつなんだな」


 銀狼の口から漏れる白い吐息は果たして、極冷の息吹か、はたまたただの溜息だったのか。


 その表情(変わっているようには見えない)からは判断できない。


 けどなんとなく、コイツが実は優しいヤツだってことだけは、よくわかった。


「フンッ」


 もう無駄に口を開く気はないらしい。


 さすがに二つの意思が明確に表現されたままで“原初”にとどまることは難しい。


 いくら時間軸から外れたセカイにいようとも、あまり時間的な余裕はない。


 白い世界が崩壊してゆく。

 刹那の夢から覚めてゆく。


 さあ、過去の弔いを果たしに行こう。


 未来の希望を繋ぐために、戦場へと舞いに往(ゆ)こう。


「力を貸してくれ、フローズヴィトニル」


 白から黒へ転じる景色の最中、俺は長く続く因縁の終結を予感した。


 ――耐エヨ。我ガ凍結ノ魔力ニ――


 姿の見えぬ獣の雄叫びを、夢と現実の狭間に聞いた。

次回は12/16

22:00投稿予定です。

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