≪五章≫反撃
秋夜は死を覚悟した。
これだけ近づいていれば『無』の魔法で消滅させることもできるが、カエデの不死のカラクリを知っては抵抗する気力も湧かない。
ここで『無』を発動させても空中にはまだ無数に木の葉が舞っている。
再生するまでの時間を考慮しても、一時しのぎにしかならない。
そしてその爪が触れる。寸前、
「明日へ飛ぶ光――邪なる者を討て」
不意に届いた詠唱が紡いだのは、紛れもない魔術。
たった一筋の光――現代の魔術では到底およばぬ威力を秘めた古の魔術――が、カエデの右腕を撃ち砕いた。
「グオッ!? クッ!」
右腕を吹き飛ばされた魔術師は続く光の筋を見るまでもなく回避。
三筋目の光を木の葉の楯で防ぐ。
「再生しない!? 『神代魔術』……ツカサ、貴様かぁ!」
楯の向こうでカエデが叫ぶ。
「これは一回目の分だ!」
「ガッ!? おのれ!?」
司に気をとられている隙に背後をとった冬弥の一撃が小柄な体に突き刺さる。
全身五箇所を氷の爪で貫かれたカエデは前進し、間合いを広げる。
空いた穴から血の代わりに数枚の木の葉がこぼれてすぐ、傷は修復された。
「秋兄、大丈夫か?」
「あぁ、間一髪だった」
険しい表情にほんのわずかな安堵の色が見えたが、それもすぐになりを潜める。
二人の生存が確認できたからといって、短絡的に安心できる状況ではない。
むしろ秋夜としては、己が推測した危惧がどこまで現実味を帯びているのかを確かめなければならない。
この会話をしている冬弥が、はたして本当に冬弥であるのか……?
刀を杖にして秋夜が立つ。
しかし膝に力がはいらず、すぐに片膝をついてしまう。
「無理するなよ。俺たちがなんとかするから」
わずかに目配せして司の同意をとる。
司は首を縦に振ったが、その額には尋常でない汗が浮かんでいた。
本心では、冬弥は司の同行を好んでいない。
敵はあのカエデなのだ。
戦地でかち合えば、生存率は極めて低いことなど目に見えている。
しかも司にとってカエデの存在は強烈なトラウマだ。
戦闘はもとより、対峙するだけでも身がすくんで動けまい。
けれど司はみずからの意思で冬弥との共闘を望んだ。
本当は怖くてしかたがないくせに、それ以上に誰かが傷つくのを黙って見ていられないからだ。
正直、今の冬弥が一対一で対決したところで勝ち目はゼロ。
失っていた記憶をとり戻し、魔力を操る術を思い出してはいたところで、カエデを滅するには至らない。
唯一カエデを殺しきるには『神代魔術』が不可欠であるが、不完全だったトウヤの『神言』はカエデに通用しない。
また、覚醒しきっていない冬弥の魔術では、カエデに致命傷を与えられない。
苦悶の末、冬弥は己を危険にさらす囮として動く代わりに、司にカエデのトドメを任せるしかなかった。
「よくも……そこまでの余裕を見せられるものだな。№108ィィィ!」
カエデの右腕から木の葉が舞い落ちていく。
通常の魔術では傷一つ負わないはずの魔術師は、例外として『転生体』の魔術によってのみ致命的な傷を負う。
魔導書の所持者は膨大な魔力を有しているがゆえに、並の魔力程度なら弾いてしまう。
極論、現代の魔術師にはカエデを倒せない。
だが魔導書と同じく神代にのみ存在していた『神代魔術』であれば、同等以上の効果を持って対抗できるのだ。
『神代魔術』を扱えるのは『転生体』だけ。
そして司は『転生体』である。
カエデが積極的に“魂”を蒐集する理由は主に“原初”への扉を開くためだが、同時に、天敵となる『転生体』を抹殺するためでもあった。
げんに氷爪に串刺しにされようとも再生していた肉体が――吹き飛ばされた右腕が再生しない。
「この出来損ないが!」
数百年ぶりに感じる痛みに激昂したカエデが、己の力の象徴を顕現させる。
「全員まとめて消し飛ばしてくれる!」
宙を散り散りに舞っていた木の葉がかざされた左手へと急速に集合していく。
それらはまたたく間も惜しんで本来あるべき姿――魔導書となって正体を現した。
これこそカエデが所持する神代の幻書。
世界最高と名高き『ナコト写本』。
その本は、数年ぶりにとり戻した己に歓喜するように、貪欲に、かつ傲慢に、世界に溢れる魔力を根こそぎ吸収していく。
「まずい!」
秋夜が叫ぶ。
暴虐の権化たる暗黒の魔力が、さらなる力を凝縮して、ふたたび解き放たれる。
「失意の漆黒!」
「明日へ飛ぶ光――邪なる者を討て」
それを迎え撃つ司。
光弾は収束点を射抜き、完成直前に不純物の混じった魔力の塊は暴発する。
「ぬおっ!?」
爆心地そのものといっていいカエデは己の膨大な魔力に吹き飛ばされた。
しかし、それで終わるような怪物ではない。
次回は12/20
22:00投稿予定です。




