≪五章≫幕間 ~とおい再会~ ②
そうしてずいぶん時間が経った。
刺さるように冷たかった雨も、もうやんでいる。
やっと泣きやんだ司は俺から放れて、うつむいている。
俺は冷静になった頭で、思い出したばかりの情報を整理する。
カエデが“魂”の器として準備していた人造魔道師の一体目がトウヤ、未完成だった二体目が俺だ。
施設を脱走したあの日。
トウヤはカエデに敗れた。
魔術師同士の対決において、敗北は死を意味する。
肉体を失ったトウヤは“魂”だけの不安定な状態で数分も保たずに消滅するはずだった。
普通の人間ならそうなるはずだ。
でもトウヤは『転生体』だった。
施設にはまだ“魂”を受け入れていないままの二体目が残っていた。
そこで苦肉の策として、トウヤは空っぽの二体目に『転生』した。
そこで俺が目覚めた。
人格はトウヤを基盤にして、記憶がなくても知識だけで生きられる状態で生まれた。
それが石動冬弥だった。
そして何の因果か、トウヤは新しい肉体に『転生』すると同時に、共存していた『神』までも身体の内に宿らせてしまった。
その『神』こそが俺の中で破壊衝動を繰り返す“誰か”――その正体は、混沌の時代を統治していた神王オーディンを喰らった氷狼『フローズヴィトニル』。
別称を『フェンリル』と名づけられた神獣。
死なない理由も単純明快。
人造魔導師として造られた器は、擬似的な不死の肉体として完成されていた。
もとよりカエデが人造魔導師の作製に着手した目的は、いくらでも『神』の“魂”を取りこめる許容量を持った器を用意するためだった。
通常なら肉体から“魂”を抽出された者は死に到る。
けれどそれでは価値がない。
だからカエデは、何度死のうとも蘇る器として人造魔導師を欲していた。
以上が、石動冬弥に関する考察だ。
自己分析を終了して、今後のことを考えると気が重くなる。
絶望を重ねてきた司が、もう二度とトウヤと廻り逢えないと知ったらどうなるのか、想像するのも恐ろしい。
けれど司が絶望から命を粗末に扱うのは許さない。
そのための覚悟はもうできている。
トウヤでありながらトウヤではない石動冬弥にできる、司との関係。
それは恨まれ続けることだ。
それは苦しい――
それは悲しい――
それは辛い――
それは生きている限り続く茨道だと理解している。
憎まれて生きる苦しさなど想像もできない。
内心は怖くてたまらない。
それでも俺は、トウヤの果たせなかった誓いを守ろうと決めた。
お門違いでもいい。
自己満足だとしてもいい。
蔑まされても嫌悪されてもかまわない。
わがままだろうとなんだろうと、俺はようやく自由になれそうな司に生きていてもらいたい。
覚悟はできた。
意を決して、真実を告げる。
「司、俺は……トウヤじゃない。キミの待っていたトウヤはたしかに俺の中にいる。でも彼が目覚めることはもうない。
それでも、トウヤは司との約束を守ったんだ。
こんな結果になって残念に思う。けど、トウヤはまだ死んじゃいない。
“魂”だけになってでも、司に会いに来たんだ。それを邪魔したのは俺だ。
司が俺を恨んでくれるのはかまわない。どれだけ憎まれても文句は言わない。だからトウヤを……あのときの約束を充分に果たせなかったトウヤをどうか、嫌いにならないでやってくれ」
「…………」
答えなんて期待はしていなかった。
嫌われるとわかっている。
蔑みも甘んじて受ける。
なのに、心を抉るような告白を、司は意外な言葉で受けとめた。
「…………わかってた」
「――――え?」
「トウヤに、逢えないのは、わかってた」
下を向いていた顔があがり、ふたつの視線が重なった。
その瞳に絶望の色はない。
あるのはどこまでも深い、哀しみだけだ。
「ずっと、知ってた。あなたが『転生』したのだと、トウヤがもう生き返らないのだと、ずっと、知ってた……」
「……………………」
「最初は、あなたが嫌いだった。トウヤが犠牲になって生まれたあなたが、大嫌いだった。
でも……一緒に暮らして、いつも私と一緒にいてくれようとして、全部トウヤに似ていて、わたし、わたしは……!」
治まった涙がまたこぼれる。
きつく唇を噛んで嗚咽を我慢する司の眼から、大粒の涙がとめどなく落ちていく。
「わたしは、あなたが大嫌いだったのに、なのにいつのまにか、あなたも大切に思っていた。
どうして? どうしてトウヤじゃないの? どうしてあなたなの?
ずっと我慢してたのに、ずっと待っていたのに、どうしてあなたが生まれてトウヤが死んでしまわなければいけなかったの!
どうしてわたしはあなたを嫌いなままでいられなかったの!」
言葉を知らない子供みたいに、司は「どうして」と繰り返す。
繰り返して泣いているのを見て、俺はようやく、司がいま、何に対して涙しているのか理解した。
司は、単純にトウヤに逢えないから泣いているのではなかった。
トウヤを待っていたはずなのに、いつからかトウヤを上塗りした俺がいなくなることさえも懼れていた。
それがトウヤに対するとてつもない裏切りだと……悩んでいた。
トウヤだけを想い続けていられたのなら、こんなにも苦しむ必要はなかったのに。
もう一つ、司は自分と関わった人間がみんな不幸になってしまうと思いこんでいる。
今回のカエデの強襲さえも、自分のせいだと思いこもうとしている。
怨敵に俺が殺され、司は自分を呪っただろう。
「こんなわたしなんていなければよかった! 嫌ってほしかったのに、でも独りは怖くて……わたしは、どうすればよかったの……?」
司は不器用すぎたのだ。
愛したいのに離れたい。
愛してほしいのに嫌われたい。
死ねば苦痛の檻からも開放される。
だけど、トウヤとの約束があるから死ぬわけにはいかなかった。
心を押し殺して、罪を背負い、罰を受け、自ら苦しんだ。
間違ってる。
なにもかも間違えている。
心が死んだまま生きるなんて、死んでいるのと同じだというのに、司はそれが当たり前だと思いこんでいる。
そんなこと、トウヤは望んじゃいなかった。
誰が司を責めるものか。
そんな罰を自分に与えるのは間違いだ。
司は悪くない。
司がみんなを好きであるように、俺も夏姉も秋兄も、みんなが司のことを好きなんだ。
だから司も、自分のことを好きになってくれればいい。
どれだけ不器用でも、どれだけ素っ気なくても、どれだけ拒絶されても、それだけは曲げられない。
もう、自分を許してあげてもいいんだよ。
「……俺は……司が好きだよ」
「……え…………?」
「夏姉も秋兄だってそうさ。みんな司が大好きだ。
だからさ、全部を独りで背負おうとしないでくれ。司には頼れるヒトがいるじゃないか。
だから、苦しいことも悲しいことも独りで背負うんじゃなくて、みんなで分ければいいんだ。
誰もそんなことくらいで、司を嫌いになんてなったりしない」
「…………ッ」
「夏姉のこと、嫌いか?」
司は首を横に振った。
「秋兄は?」
もう一度。
「それでも、嫌ってほしいのか?」
「ッ、わ、わたし……わたしは、一緒にいて、ほしい……」
「じゃあ大丈夫。だから、一緒に帰ろう」
「…………ん」
最後に首を縦に振った。
俺は立ちあがって手を差し伸べる。
でも、差し出した手は重ならなかった。
「どうした?」
「……わたし……あなたは、大嫌い」
「そっか」
その答えに思わず笑ってしまった。
司はうつむいていて表情を見せてくれないけど、たぶんまんざらでもない顔をしているんじゃないかな。
「それでいいよ。大嫌いでいい。だから勝手に約束する。俺が、司を守るから」
「…………好きにすれば、いい」
河の上流に目を向ける。
流されてはいたが、そう遠くもない。
小高い丘の上に、礼拝堂の頂が見える。
次回は12/15
22:00投稿予定です。




