表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
37/59

≪四章≫連理の枝 ~願い~

「信じて……いたのに……。やっと、信じられた、のに……」


 女の子の背中が小刻みに震えている。

 常の小さな声が、涙に濡れてより(しぼ)んでいく。


「せっかく……やっとあなたを……好きになれると、思ったのに……」


「ぁ、っ」


 心から泣く女の子に力なく一歩、近づく。


「近寄らないで!」


「っ!」


 けれどその一歩が遠い。


 カエデに裏切られたショックよりも、女の子に拒絶されたことのほうが、より強く№108の心を締めつける。


 いつも、裏切られて傷つくことは想定していた。


 けれど、裏切って傷つくなんて考えたこともなかった。


 だからこそ重い。

 だからこそ辛い。


 それでも彼は、足を止めなかった。


 女の子まで残り二歩まで近づき、己の意思で立ち止まる。


 女の子に間違いはない。


 間違いは全部、自分にあるのだ。


 そも、カエデの研究の末、不自然に生まれてきた自分が人並みの幸せを願うなど馬鹿げている。


 誰かに好意を抱いたり、想ってもらいたいなどと切望することこそが、大きく間違えている。


 それでも№108は女の子のことを、幼いながらに愛おしく想っていたのだ。


 それが間違いだなどと、誰にも言わせたくはない。


「ごめん……ボクはたしかにキミを裏切った。たしかにカエデの命令でキミに会いにきていた」


「ッ」


 自分から口にしたとはいえ、独白のように紡がれる真相は女の子の気持ちを傷つけるには凶悪すぎた。


それでも、声はとまない。


「ボクはカエデのために造られた人造魔道師(ホムンクルス)だ。だから彼らにとってボクは都合のいい人形だったのと同時に、ボクにとって彼らは親代わりだった。

 だからボクは命令されるまま、何人もヒトを殺してきた。それもこれも全部、ボクは死にたくなかったから、殺されたくなかったから。

 都合がいいのはわかってるつもりだよ? 彼らにとって命令を聞かない人形は廃棄の対象だ。

 だからボクは自分が生き続けるために、必死で他人を傷つけて殺してきた。でもね……」


 (うれ)いを帯びていた瞳に、絶対に退かぬという強い決意が宿る。


「ボクがここに来るようになったのは、本当に、命令されたからじゃない。ボクは本当に、キミのことが好きだから……だからずっと一緒に居たいと想うようになったんだ!」


「ッ!?」


 懺悔に似た告白。それを女の子は嬉しく思い、そして憎くも思う。


 いっそ彼が酷いヒトならよかった。


 優しくなんてされなければこんなに苦しむこともなかった。


 両想いだと知れて、嬉しくなんて思わずにすんだ。


 けれど女の子はどこまでも孤独だったから……


「わたし……あなたを、恨みます」


「…………うん」


「わたし……あなたが、嫌いです」


「……うん」


「ずっと、憎みます」


「うん」


「それでもいいのなら――――」


 遠くから足音が聞こえた。


 時間はない。

 迷っているヒマはない。


 けれど女の子は次の言葉を発せない。


 それがどれだけ覚悟を必要とするかがわかっているから。


 どれだけの後悔と残酷さを背負わなければいけないか、幼い精神で耐え切ろうとしているから。


 №108は焦らない。


 焦りなどとっくに吹き飛んでいた。


 今はただ、女の子の出した結論をちゃんと受けとめるために、迫る足音を無視して、全身全霊を賭して傾聴する。


 そうしてついに、言った。


「――――わたしを、連れて行って」


「うん!」


 長きに渡って閉じ込められていた女の子は大粒の涙をこぼしながら訴えた。


 自由を欲し、№108の胸に飛びついた。


 長きに渡って殺戮を続けてきた№108は歓喜と贖罪に震えながら抱きとめた。


 どれだけの犠牲を払おうとも、女の子を守ると誓った。


 足音はだいぶ大きくなっている。


 もうすぐそこまで来ているのだろう。


 №108単独でなら廊下を突破することも可能だが、女の子を守りながらでは無理がある。


 胸に自分より小さな女の子を抱きとめたまま天井を見上げる。


 壁と同様に天窓にも防御陣は刻まれているが、他と比べればいくらか薄い。


「来い」


 無詠唱で天井付近まで氷の階段を螺旋状に形成させる。


「少し怖いかもしれないけど、しっかりつかまっててね」


「……うん」


 強く抱きついた女の子を肉体強化した左腕一本で支える。間髪入れずに階段を駆け上がり、


「オオオオオオオォォォォ!」


 右手に纏わせた氷爪で窓を裂く。


 防御陣に込められた魔力と、氷の爪が与える魔力がぶつかって、まばゆいスパークを起こす。


 並の魔術師なら傷つけることさえ困難な防御陣は、氷爪の有する膨大な魔力に成す術もなく砕け散った。


 砕けたガラスの破片がいくつも肌を打つがかまわない。


 №108は破った天窓から女の子を抱いてついに、牢獄の外へと飛び出した。


 同時に数人の魔術師が部屋に飛びいる。


 しかし二人が上った階段はすでにない。


「ふん。どこまでも予想どおりに動いてくれる」


 割れた天窓からのぞく空を見上げながらカエデが冷笑とともに呟く。


「いかがなさるおつもりですか?」


 数人の魔術師の内一人が今後の方針を確認する。


 カエデは(あざけ)りをふくんだ()みを見せて、言った。


「オレは予定どおり儀式の場へ向かう。貴様らは侵入者を排除しろ。

 慌てる必要などない。どうせ奴らは逃げられん。クククッ」


 そう言い残してカエデは自分の身体もろとも無数の木の葉へと分裂し、砕かれた天窓から二人を追った。


次回は12/10

22:00投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ