≪四章≫連理の枝 ~無口な少女~
男の子は女の子に会うたび、カエデに報告する。
変化なし。
翌日も変化なし。
さらに翌日も変化なし。
報告には変化なしの項目だけが増えてゆく。
やがて一ヶ月が過ぎた。
それだけの期間があれば、人は嫌でも変わってしまう。
一言も喋らなくなっていた女の子も、№108にだけは、話すようになっていた。
馴れ合うつもりなどなかったが、それでも、他者の存在は孤独を紛らわせるには充分な意味があった。
「やっほ。来たよ」
「…………」
「なんだよ~。挨拶くらいしてくれよな~」
「………………おはよう」
無愛想な返事。
しかも声が小さくて聞き取りづらいが、№108は不満ではなかった。
不満そうに唇を尖らせてはいるが……これも演技だ。
「ちぇっ、いっつもそれじゃん。べつにいいけどさ」
愚痴をこぼしてから、女の子の後ろに座った。
許可も得ずに髪に触れる。
ここ最近はまず、髪を梳かすのが日課になっていた。
女の子も何も言わず、ただポツンと座っている。
会話はない。
№108は少年の命令どおり、ずっと一緒にいるだけだ。特出すべき事項もない。
子供たちが死んでいくだけの施設で暮らしているのだから、世間的な話題など一切ない。
対して、女の子は自分から話すことがない。
あえて言葉があるとすれば、男の子に対する返答くらいのものだ。
部屋から出もしないのだから、言って聞かすようなこともない。
№108は思う。
いつまでこの時間を続けるのだろうか? 続けられるのだろうか?
カエデが課した命題は一つだけだった。
”女の子と仲良くなること”。
具体的にはどうするのか、最終的にどうなるのか、思惑は何一つ晒されていない。
ただ、言うことを聞き続ける限りは生かされる。
それだけは確実だった。
しかし№108は利口だった。
あらゆる知識を叩きこまれ、考えることを教育されたからだろう。
常にカエデの命令の意図を考えていた。
教えられた知識の中には無論、魔術に関するものもある。
魔術師は『この世の始まり』である“原初”を目指す者だと聞いた。
“原初”に至るためには、『転生体』の“魂”が必要だとも教わった。
それと女の子と仲良くなることがどう繋がるのかは教えてくれなかった。
教えてもらえなくとも、№108も魔術師だ。
他の子供たちとは違い、女の子の魔力は根本的に異質だと気づいている。
女の子は恐らく、強力な『転生体』なのだろうという程度には当たりをつけている。
それなら、どうやって“魂”を使うのか。
カエデはそのあたりも教えてくれない。
「………………わっからないなぁ」
「……どう、したの……?」
「え? ううん、なんでもないよ」
考えこんで手が止まっていた。
ごまかすようにふたたび髪に指を通す。
整え終わってから、№108は指を弾いた。
途端に、大気中から集められた分子が物質を形成した。
指先で作ったばかりのヘアピンの出来を確かめて、女の子の長い髪をひとつにまとめる。
「はい。できたよ」
「…………そう……」
いつもならこのまま二人で、何もせずに時間が来るまで、一緒にいるだけだ。
女の子は病弱で、あまり激しい運動――そもそも遊びまわれるほどの広さはない――もできない。
だから男の子は無茶な遊びに付き合わせようともしないし、二人でいられるのなら、何もしなくても充分満たされていた。
でもこの日は、少しだけ違った。
「………………あの……」
次回は12/5
22:00投稿予定です。




