≪一章≫魔性の瞳はヒトなりや? ③
「!?」
虚空の彼方から轟いた遠雷の声に、昏いユメは霧散した。
そして現実には、暗い礼拝堂の内装と、目の前に立っている司がいるだけだった。
慌てて司の瞳を確認する。
それは何の変哲もない黒い双眸でしかない。
妙な違和感がつきまとう。
けれど実際に、異常らしいものはなにもない。
(今のは……なんだ?)
「…………なに……?」
いつもどおり、司は意思の薄い小さな声で、問いかける。
冬弥は一瞬なにを言うべきか迷い、抱いた違和感をうまく説明することもできず、下手に踏み込むのはやめにした。
アレに触れてはならないと、本能が恐れた。
「……いや、晩飯食ってなかったからさ」
「……いらない」
「ダメだ。せっかく秋兄が作ってくれたんだし、栄養とらないと風邪も治らないぞ」
もっともらしく言葉を発しているが、先ほどの違和感がぬぐいきれない。
不安を蹴散らすために冬弥は舌を滑らせる。
「だいたい、こんな寒いところで上着も羽織らずにいたら悪化するだろ。ただでさえ体が弱いんだから気をつけないと」
「…………あなたには、関係ない」
ふっ、と目を伏せた司は、そのまま冬弥の隣を素通りして、礼拝堂を出ていった。
「あっ」
さっきの違和感を引きずっているのか、いつもの素っ気ない挙動のはしばしに一抹の寂しさがあるように感じる。
でも今は、その寂しそうな背中を追いかける気にはなれなかった。
少しのあいだ、冬弥は独りで礼拝堂に居残った。
不可思議なユメを視て感傷的にでもなっているのか。
祈るべき『神』もみいだせないまま、見よう見真似で、絨毯に片膝をつく。
ただ、頭を下げたりはしなかった。
見上げた天井には、円に切り取られた天窓に収まった星空の中央に、孤独に輝く月が浮かんでいた。
次回は11/16
22:00投稿予定です。




