第六十七話 厄介事が増えそうだな
# 第六十七話 厄介事が増えそうだな
中級ダンジョンを完全攻略した《希望の夜明け》だったが、最後の最後で思わぬ問題に直面していた。かつて中層ボスだったデュラハンが、どうしてもダンジョンの外へ出られないのだ。
「うーん、やっぱり駄目か。デュラハン、もう一度だけ試してもらってもいいか?」
「ああ、構わないぞ。しかし、何度やっても同じ結果になる気がするな」
デュラハンは大きな黒い鎧をきしませながら出口へ進んだが、あと一歩というところで見えない壁に阻まれてしまった。剣を振るうことも、魔法を使うこともできるのに、たった一歩が踏み出せない。
「アルトよ、これだけ強いデュラハンが出られんとは、妙な話じゃな。いっそのこと、出口の壁をぶち破ってしまったらどうじゃ?」
「ガルド、それはさすがに無茶だろ。ダンジョンの出口を壊して、みんなまで出られなくなったらどうするんだよ」
「ははは、それもそうじゃな。じゃが、せっかく外の世界を楽しみにしとったのに、これではかわいそうじゃ」
アルトはデュラハンの状態を詳しく調べ始めた。レベルだけでなく、能力や弱点、加護なども見ることができるが、今回の制約はどうやら個人の能力とは別の仕組みによるものらしい。
アルトは紙式神を出口の内外に配置し、霊力の流れを調べる。トウとリクも加わり、境界に働いている力を一つずつ確かめていった。
「アルト様、どうやらデュラハンは、ダンジョンそのものに存在を結びつけられているようですね。友達になったことで中層ボスとしての能力制限は解除されていますが、外へ出られない制約までは消えていないのでしょう」
「なるほどなあ。じゃあ、ダンジョンとのつながりを切ることができれば、外へ出られるのかな?」
「それだけでは難しいかもしれないんだな。うん。ダンジョンから切り離すだけじゃなくて、外の世界でも存在できるように、別のつながりが必要だと思うんだな」
トウの言葉を聞いたアルトは、しばらく考え込んだ。
「別のつながり……あっ、もしかして使役契約か?」
「そうなんだな。使役契約を結べば、アルトとつながることで外へ出られるようになると思うんだな。リクもそう思うんだな?」
「はい。正式な契約であれば、この境界を越えられる可能性は十分にあります。ただし、使役は命令されれば逆らえません。はっきり主従関係になってしまいます。本人がそれをよしとするかどうか」
方法が見つかったことに仲間たちは喜んだが、アルトだけは少し複雑そうな表情を浮かべていた。
「使役契約か……。デュラハンとは友達になったんだし、今さら主人と従者みたいな関係になるのも、何だか違う気がするんだよな」
「アルト君、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな? 契約したからって、今までの友達関係まで終わるわけじゃないでしょう?」
フィーネがアルトの腕にそっと触れると、デュラハンも大きく頷いた。
「自分もそう思うぞ。アルト、お前は自分と契約するのが嫌なのか?」
「いや、そんなことないよ。ただ、契約を結んだせいで、お前が俺の命令に逆らえなくなったり、自由に行動できなくなったりするのは嫌なんだ。今までどおり、自分の意思で好きなことをしてほしいからさ」
「ははは! お前は本当に面白い奴だな。自分はどうしても外の世界へ出てみたいのだ。そのために契約が必要なら、喜んで結ぶぞ。主従の関係になってもかまわん。それに、これまでだってお前に頼まれて嫌なことなど一つもなかったではないか。これからも一緒にいろんな場所へ行こうじゃないか!」
「……そうか。ありがとう、デュラハン。なんか俺ばっかり大げさに考えすぎてたみたいだな。それじゃあ、使役契約を結ぶよ」
リクとトウの助言を受け、アルトは使役契約の術式を組み立てる。デュラハンの意思を確かめながら霊力をつなぐ。二人の周りが明るく輝き始める。
「我アルトはデュラハンを我の下僕とすることを認める」
「我デュラハンはアルトを我の主とすることを承諾する」
すると、二人の足元に淡い光が広がり、やがてそれぞれの身体へ吸い込まれるように消えていった。
「…。よし、これで契約は成立したはずだ。デュラハン、もう一度出口まで行ってみようか」
「ああ!」
デュラハンは勢いよく歩き出したが、境界の手前で足を止めた。先ほどまで何度も阻まれていた場所だ。大きな身体がわずかに緊張しているのが、鎧越しにも伝わってくる。
アルトはその隣へ並んだ。
「大丈夫だよ。もし今回も駄目だったら、また別の方法を考えよう。俺たちは何度でも付き合うからさ」
「……ありがとう。では、行くぞ!」
デュラハンがゆっくりと足を踏み出した。
今度は、何の抵抗もなかった。
一歩、また一歩と進み、ついに巨大な黒い鎧の騎士は、ダンジョンの外へ出ることができた。
春の柔らかな陽射しが降り注ぎ、青く澄み切った空には白い雲がゆっくりと流れている。木々の間を吹き抜ける風が草を揺らし、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてきた。
デュラハンはその場に立ち尽くした。
長い間、暗いダンジョンの中で過ごしてきた彼にとって、どこまでも広がる青空も、頬をなでるような風も、すべてが初めての経験だった。
「……外に出られたのか」
デュラハンは両腕を大きく広げ、しばらく空を見上げていた。
「どうだ、デュラハン。外の世界は?」
「……ああ。なんだろう。妙に懐かしいな。かつて自分はあの空を見ていた気がする。それにこの風、匂い、ダンジョンの中では味わえなかったものだ」
「よかったな。これからは海も山も見に行けるし、王都にはおいしいものもいっぱいあるんだ。みんなでいろんなところへ行こうな!」
「アルト……ありがとう。本当にありがとう。自分は、もうあのダンジョンからずっと出られないものだと思っていた。お前と出会わなければ、こんな景色を見ることもなかっただろう」
デュラハンは大きな身体をかがめ、アルトの肩へそっと手を置いた。
「お前と友達になれて、本当によかった。本当に感謝する」
「いいんだよ、デュラハン。これからもずっと友達だからな!」
アルトが笑うと、デュラハンも嬉しそうに剣を掲げた。
フィーネはそんな二人を見ながら、アルトの腕へぎゅっと抱きついた。
「よかったね、アルト君! デュラハンさん、本当に嬉しそう。私まで泣きそうになっちゃった」
「フィーネ、ありがとう。お前もいろいろ助けてくれたからな。でも、こんなに喜んでもらえるなら、頑張ってよかったよ」
「もう、そういうところがアルト君らしいんだから!それはそうと、ダンジョンの中はデュラハンさんいなくて大丈夫なの?」
「うむ。自分の影が生まれたのを感じる。たぶんそっちが今後はダンジョンの中ボスをこなしてくれるんだろう。何とも不思議なものだ」
「不思議の塊のデュラハンに言われてもなあ。でもホントにダンジョンて不思議だよなあ。どうなってるのか研究してみたいな」
「あ、アルト君また目を輝かせてる。ダメだよ、まずは報告に戻るんだからねっ!」
トウもそんなアルトを見て楽しそうに微笑み、リクは久しぶりに見たアルトの笑顔を懐かしむように眺めていた。ノエルも穏やかに微笑んでいる。
そんな感動的な雰囲気の中、ガルドが突然、何かに気づいたように声を上げた。
「ところでアルトよ。こやつをこのまま王都へ連れて帰るつもりか?」
「え? そのつもりだけど、何か問題あるのか?」
「あるに決まっとるじゃろ! こんなでっかい首なし騎士が突然町へ入ってきたら、門番が腰を抜かすぞ! 下手をすれば騎士団が総出で飛んでくるわ!」
「……あっ、そっか。俺たちにとっては友達だけど、ほかの人から見れば危険な魔物なんだよな」
「ようやく気づいたか! お主、たまにとんでもないことを当たり前のようにやるから、こっちの心臓がもたんわい!」
ガルドの言葉に笑い声が上がった。デュラハンも何が面白いのか理解したらしく、大きな肩を揺らしている。
「では、王都へ入る前に冒険者ギルドへ相談しておくのがよいでありますな。使役契約があるとはいえ、元中層ボスともなれば、相応の説明が必要でしょう」
「そうだな。レオンの言うとおりだ。デュラハン、悪いけど、しばらく不視化してくれるか。その間に街の中歩けるように説得してみるから」
「ああ、構わないぞ。自分は皆と一緒にいるだけで十分楽しいからな!」
デュラハンはそう答えると、再び青空へ顔を向けた。
◇
冒険者ギルドへ報告に向かったアルトたちを待っていたのは、予想をはるかに超える騒ぎだった。
「中級ダンジョンを……完全攻略した、ですって!?」
受付の職員が報告書を二度見し、思わず大きな声を上げる。周囲にいた冒険者たちも一斉に振り返った。
「去年の夏休みに中層を攻略したばかりじゃなかったか?」
「しかも、まだ魔法学校の1年生だろ? それがもう最深部まで行ったっていうのか?」
「おい、あのギフトなしのアルトだぞ。勇者がライバル視してるという……」
あっという間に人だかりができてしまった。
アルトは苦笑しながら、最深部でデスナイトを倒したこと、デュラハンと使役契約を結んだこと、そして王都への立ち入りについて相談したいことを説明した。
「ちょっと待ってください。中級ダンジョンの完全攻略だけでも大事件なのに、中層ボスのデュラハンを仲間にしたということですか!?」
「はい。あいつ、外の世界を見たがってたんです。ようやく出られるようになったから、今度は一緒にいろんなところへ行きたいと思ってるんですけど……使役してるんだし、他の使役獣たちみたいに町中歩かせちゃダメかな?」
「……少々お待ちください。これは私だけでは判断できませんので、責任者を呼んでまいります!」
職員が慌てて奥へ駆け込んでいく。
「アルト、なんだかまたやっちゃったみたいだね」
フィーネがくすくす笑うと、アルトは困ったように頭をかいた。
「うーん、俺たちは普通に冒険して帰ってきただけなんだけどなあ」
「普通じゃないんだな。うん。中級ダンジョンのラスボスを倒して、元ボスまで連れて帰ってきて、それがまだ学生なんて、トウはアルト以外に聞いたことがないんだな」
「それはそうかもしれないけどさ……」
その後、ギルドの責任者も交えた話し合いが行われ、デュラハンについては正式な使役契約を確認したうえで、王都の警備担当とも協議することになった。
結果、使役獣だと分かるプレートを他の使役獣と同じく首元からかけておくなら町中を歩かせてもよい、ただし、他人に迷惑をかけた場合は主であるアルトが責任を負うことを確認させられた。
その後、報酬や持ち帰った素材については、クラリスが手際よく整理してくれた。
「アルト君、今回の素材はかなりの額になるわよ。ほら、こんなに。それと、デュラハンさんの件も、必要な書類をこちらで整理しておくからね」
「うわ、すげえ。さすがクラリス。ありがとう。助かるよ。手続きも助かる。こういう手続き苦手なんだ」
「ふふっ、だから私がいるんじゃないの。みんなには、余計な心配せずに精一杯冒険を続けてもらいたいからね」
クラリスが笑うと、ガルドも感心したように頷いた。
「さすがクラリスじゃ。わしらが魔物と戦っとる間に、金勘定も手続きも全部片付けてくれる。ほんに頼もしいのう」
「ガルドに褒められると嬉しいわね。でも、こっちの重いやつ運ぶの手伝ってね。鍛冶に使えるものもあるからね」
「お、おう! もちろんじゃ! わしに任せておけ!」
なぜか急に背筋を伸ばしたガルドを見て、仲間たちは顔を見合わせて笑った。
◇
その日の夕方、王都の外でささやかな祝勝会が開かれた。
デュラハンも参加し、仲間たちが楽しそうに食事をする様子を眺めていた。自分が食べることより、こうして大勢の友達と同じ時間を過ごせることが嬉しいらしい。
アルトはフィーネと並んで座り、今日の冒険を振り返っていた。フィーネがアルトの肩へ頭を寄せると、アルトも自然にその手を握る。
「アルト君、今日は楽しかったね。デュラハンさんも外へ出られたし、私たちも中級ダンジョンを完全攻略できたし、春休みの最後にいい思い出ができたよ」
「ああ。一年の最後にダンジョン攻略が間に合ってよかった。これで思い残すことなく2年になれるな」
「2年も皆同じクラスかな?」
「そりゃそうだろ。誰も悪い成績取ってないしな。大丈夫だろ。たぶん」
「たぶんは余計だって。かえって心配になっちゃうよっ」
アルトの言葉にフィーネが楽しそうに笑う。
少し離れた場所では、ルウとトウが二人を眺めていた。
「アルトは相変わらずなんだな。うん。友達を助けるためなら、面倒なことでも平気で引き受けるんだな」
「そうだな。あやつにとっては、相手が人族だろうと魔物だろうと関係ないのであろう。だが、王国の者たちはそう簡単には考えられぬ。今日の一件も、また新しい問題として扱われるはずだ」
「ユリウスたち秩序派も、騒ぎ出すかもしれないんだな」
「それは仕方あるまい。力を持つ者に責任を求めるのは間違ったことではないからな。ただし、アルトがただ力を持っているという理由だけで自由を奪うのなら、話は別だ」
「アルトはきっと、ちゃんと話し合うと思うんだな。うん。トウたちはどうするんだな?」
「まあ、我としては見守るしかないがな。」
「そうなんだな。トウはアルトが自由に道を決めるのが好きなんだな」
「……ああ、我もだ」
ルウの視線が、ほんの一瞬だけ遠くへ向いた。
王都から離れた林の中で、何者かが放とうとしていた攻撃魔法が、音もなく消滅する。直後、そこに潜んでいた数人の人影も、跡形なく姿を消した。
ルウは何事もなかったように視線を戻す。
その様子を、魔力の動きを細かく視えるフィーネがちらりと見ていた。
「……ルウも、いつもありがとうね」
突然声をかけられ、ルウは少し目を見開いた。
「む? 何のことだ?」
「ううん、何でもないよ。ただ、ルウがいてくれて本当によかったなって思っただけ」
「……そうか。それなら、礼を言われるほどのことではないぞ」
ルウが少し照れたように顔をそらす。
トウはそんな二人を見比べ、小さく微笑んだ。
フィーネもまた、何かを思いついたようにトウへ視線を向ける。
◇
一方、王立魔法学校では、新年度を目前に控え、二年生のクラス編成が最終段階へ入っていた。
教務主任のアウグストは、机の上に置かれた二つの書類を見比べていた。
一つは、新年度のクラス名簿。
もう一つは、冒険者ギルドから届けられたばかりの中級ダンジョン完全攻略報告書だった。
「……またしても、アルトか」
アウグストは深いため息をついた。
昨年の中層攻略、体育祭での異常な連携能力、そして学校襲撃で見せた実力。いずれも少年の善意と努力による成果であることは認めている。
だが、今度は中級ダンジョンの完全攻略に加え、ボス級アンデッドとの正式な使役契約まで結んだという。
「一体、どこまで目立つつもりなのだ、あの少年は……」
しばらく考えたあと、アウグストは報告書を閉じ、新年度の名簿へ目を戻した。
二年一組。
そこには、昨年の一組の主要生徒たちに加え、新しく二組から昇格してきた二人の名前が記されていた。
ユリウス・フォン・エーレンフェルト。
そして、セドリック。
アウグストはその二つの名前を見つめ、静かに頷いた。
「……なるほどな。今年の一組は厄介事が増えそうだな。このまま放置もできんか」
春休みは、もうすぐ終わる。
アルトたちの王立魔法学校二年目が、いよいよ始まろうとしていた。
次回更新は明日の12時の予定です。
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