第一話 ギフトなし
新作です。
似たようなものが多いので、検索して類似作品がないか調べないといけなくなりましたね。
一応同じ内容同じ展開の作品はなさそうなので、投稿させていただきます。
少しの間おつきあいください。
すこしでも楽しんでいただけたらうれしいです。
「九十七、九十八、九十九……ひゃく!」
朝日が町を囲む城壁の向こうから顔を出し始めた頃、アルトは自分の身体には少し大きな木剣を両手で握り、最後の一振りを終えると満足そうに息を吐いた。まだ五歳になったばかりの小さな腕はすっかり疲れていたが、それでも木剣を放り出したりはせず、父がいつもそうしているように、ゆっくりと腰の横へ戻す。
「今日も百回か。相変わらずよくやるなあ、お前は」
すぐ隣では、町の門番をしている父マックスが、本物の剣を使った朝の鍛錬を終えようとしていた。門に立ち、いざというときには武器を持って町を守る父は、幼いアルトにとって身近にいる一番強い男であり、剣を振り始めた理由も、物心がついた頃に父の真似をしたことだった。
「父さん、もう終わり?」
「ああ。今日はこれくらいでいいだろう」
「昨日より少なくない?」
「よく覚えてるな。明日は父さん、休もうかな」
「なんで?」
「毎日やる必要もないだろう。身体を休ませるのも大事なんだぞ」
「俺はやるぞ」
「好きだなあ、お前も。たまには休んだらどうだ?」
アルトは少し考えてみたが、休んでいる自分を想像するとどうにも落ち着かなかった。雨が降れば軒下で振ればいいし、疲れているなら回数を減らせばいい。以前熱を出したときには母に布団から出ることを禁じられたので、その日だけは仕方なく、寝たまま剣を振るところを頭の中で何度も想像していた。
「やらないと気持ち悪いんだよ」
「変な奴だなあ」
「父さんが始めたんじゃないか」
「俺のせいなのか?」
「そうだぞ」
「そりゃ悪かったな」
そう言って父が笑ったので、アルトも笑った。
剣を振った後は、父と一緒に城壁沿いを少し走る。それが終わると腕や脚を鍛える運動をし、最後には庭の端へ胡座をかいて目を閉じた。
「今度は魔力か?」
「うん」
「今日こそ見つかりそうか?」
「全然」
「毎日やってるのにか?」
「だから探してるんだよ」
アルトは真剣だった。魔法使いは身体の中にある魔力を使うらしい。それなら自分の中にも何かあるはずだと思い、胸、腹、腕、指先へと順番に意識を向けているのだが、心臓の鼓動や身体の温かさ以外は何も分からない。
「見つかったら何するんだ?」
「魔法使う」
「何の魔法だ?」
「強いやつ」
「ははは、雑だなあ」
「火も出したいし、風も出したいし、空も飛んでみたい。強くなったら父さんの代わりに悪い奴をやっつけられるだろ?」
「父さんの仕事を取るなよ」
「そしたら父さん楽できるじゃん」
「なるほど。それなら頼もしいな」
マックスは笑いながらアルトの頭を少し乱暴に撫でた。アルトにとって強くなること自体が面白かった。昨日できなかったことが今日できるようになるのは嬉しいし、父の剣をいつか受け止めてみたいとも思う。それに強ければ、父や母、まだ小さな弟や妹に何かあったとき、自分にもできることが増えるような気がしていた。
鍛錬を終えて家へ戻ると、母ハイネが店先の商品を並べていた。アルトの家は大通りから一本入ったところにある小さな雑貨店で、父が門番として働き、母が店を切り盛りしている。決して裕福な家ではなかったが、食卓を囲めばいつも誰かが喋っていて、笑い声の絶えない家だった。
「お兄ちゃん!」
店の奥から妹のアーニャが走ってきたかと思うと、入口の小さな段差につまずいた。
「危ない!」
アルトは咄嗟に身体を入れ、前へ倒れかけた妹を受け止めた。
「走るなって。怪我したら母さん泣くぞ」
「転んでないもん」
「俺がいたからだろ」
「アルト、あなたも人のこと言えないでしょう。朝からそんなに泥だらけになって」
ハイネに言われて自分の服を見ると、確かに膝から下に土がついている。手で二、三度払ってみたものの、当然そんなことで綺麗になるはずもない。
「これくらいいいじゃん」
「よくないわよ。今日は何の日だと思ってるの?」
「何の日って……あっ」
「まったく。自分の祝福の日を忘れる子がどこにいるのよ」
今日、五歳になったアルトは神殿でギフトを授かることになっていた。
ギフトとは、五歳になった頃に神々から授けられる特別な力である。《剣術》を授かれば剣を扱う才能に恵まれ、《火魔法》なら火の魔法を習得しやすくなり、《商才》なら商人として力を発揮しやすい。何を授かるかは誰にも選べないが、その後の人生を左右するほど大切なものだということくらいは、五歳のアルトも知っていた。
「父さんは《剣術》なんだよな?」
「ああ。普通の《剣術》だけどな」
「俺、《剣聖》だったらどうする?」
「父さんが仕事を辞めて、お前に食わせてもらう」
「嫌だよ。働けよ」
「おまえ、さっき俺を食わしてくれると」
「さっきはさっき、今は今!」
「えー」
「アルト、早く着替えなさい。タクトもアーニャも待ってるわよ」
「はーい」
弟のタクトと妹のアーニャまで一緒に出かけられるのが嬉しいらしく、二人は朝から妙にはしゃいでいる。アルト自身も、まだ見ぬ自分のギフトを想像すると自然に足取りが軽くなった。
剣に関係するものなら父ともっと本格的に稽古ができる。魔法系なら、毎朝探しても見つからなかった魔力を本当に使えるようになるかもしれない。できることなら両方欲しいが、そんな都合のいい話はないだろう。
神殿の前には、同じように五歳を迎えた子供たちと、その家族が集まっていた。その中に見慣れた少女を見つけ、アルトはすぐに手を上げる。
「ルウ!」
「アルトか。遅かったな」
ルウは同い年とは思えないほど落ち着いた少女で、幼いながらも妙に整った顔立ちをしていた。人族と魔族の血を引く半魔であることから距離を置く大人もいたが、アルトにとっては昔から一緒に遊んでいる幼馴染でしかない。
「ルウは何のギフトが欲しい?」
「別に何でもかまわぬ」
「剣聖とか欲しくない?」
「我らが望んだところで、与えられるものを選べぬのであろう? ならば今から考えても仕方あるまい」
「…………」
「なんだ?」
「お前、本当に五歳?」
「お主にだけは言われたくない」
「なんでだよ」
そんなことを話しているうちに神殿の扉が開き、祝福の儀が始まった。
儀式そのものは、アルトが想像していたよりずっと簡単だった。名前を呼ばれた子供が祭壇の前へ進み、神官が額へ手をかざすと、授けられたギフトが告げられる。《農耕》《裁縫》《剣術》とさまざまな名前が続き、《火魔法(小)》が出たときには周囲から小さな歓声が上がった。
やがてアルトの名前が呼ばれた。
「行ってくる!」
「おう。何が出てもちゃんと戻ってこいよ」
「当たり前だろ」
父の冗談に笑いながら祭壇の前へ進み、神官の指示通りに立つ。神官が額へ手をかざしたので、アルトは期待しながらその言葉を待った。
しかし、何も言わない。
神官は眉を寄せ、もう一度手をかざした。
「あの……?」
「少々お待ちください」
祭壇の脇に置かれていた水晶のような道具が取り出され、今度はそこへ手を触れるように言われた。アルトが触れても、水晶は何の反応も示さない。
神官は別の神官を呼んだ。
二人で確認する。
もう一度調べる。
それでも結果は変わらなかった。
「どうしました?」
後ろで見ていたマックスが尋ねると、神官は困惑した表情でアルトを見た。
「……ありません」
「え?」
「この子には、ギフトがありません」
神殿の中が静かになった。
アルトは言われた意味がすぐには理解できず、神官を見上げた。
「何も?」
「はい。少なくとも、我々の鑑定では何も確認できません」
「じゃあ……魔法は?」
剣のギフトがないことより、アルトにはそちらの方が気になった。
「念のため、魔力も調べてみましょう」
別の水晶へ手を触れるよう言われる。先ほど魔法系のギフトを授かった子供が触れたときには内部に淡い光が浮かんでいたのだが、アルトが触れても透明なままだった。
神官がもう一度確認する。
変わらない。
「魔力反応も……ありません」
「…………」
ギフトなし。
魔力もなし。
今朝まで剣のギフトがいいか、魔法がいいかと迷っていた自分が、急に馬鹿みたいに思えた。
周囲から小さな声が聞こえる。
「ギフトがないって……」
「そんなことあるの?」
「かわいそう……」
最後の言葉だけが、妙に耳へ残った。
帰り道、家族はいつもより静かだった。
マックスは何度もアルトの頭を撫で、ハイネは「大丈夫よ」と言った。タクトとアーニャには何が起きたのかよく分かっていないらしく、二人ともいつものようにアルトの手を握って歩いている。
「アルト」
マックスが声をかける。
「ギフトなんてなくても、お前は俺たちの息子だ。それは何も変わらない」
「うん」
「剣をやりたいなら父さんが教える。別のことをやりたくなったら、それを探せばいい」
「うん」
ハイネもアルトの反対側から肩へ手を置いた。
「まだ五歳なんだから、今から将来のことなんて全部決めなくていいのよ」
「分かってる」
分かっているつもりだった。
それでも、楽しみにしていたものが突然なくなったことは悲しかった。
魔法は使えないのだろうか。
剣だって、ギフトを持つ者には勝てないのだろうか。
毎朝やっていたことに意味はなかったのだろうか。
家へ戻ると、アルトは庭の隅に置いてある木剣をしばらく眺めた。
剣のギフトはない。
魔力もない。
今朝まで毎日やってきたことを、これから続けても意味がないのかもしれない。
木剣へ手を伸ばしかけ、やめる。
そのまま家へ戻ろうとした。
けれど数歩歩いたところで、どうにも落ち着かなくなった。
昨日も振った。
一昨日も振った。
その前の日も、その前も。
ギフトがないと分かっただけで、昨日まで持てた木剣が急に持てなくなったわけではない。
アルトは庭へ戻ると、結局いつもの木剣を手に取った。
「いーち……にーい……」
「アルト?」
店から顔を出したハイネが、心配そうにこちらを見ている。
「今日は休んでもいいのよ?」
「うん」
アルトはそう答えながら、もう一度木剣を振った。
「でも、やらないと気持ち悪いから」
もう一振り。
「それに、ギフトがなくても剣は振れるしな」
ハイネは何も言わなかった。ただ少しだけ目元を緩め、店の中へ戻っていった。
アルト自身にも、これからどうなるのかは分からない。
強くなれるかもしれない。
なれないかもしれない。
魔法は本当に一生使えないのかもしれない。
それでも、今日やめなければならない理由にはならないような気がした。
木剣を振り上げたとき、足元を一匹の蟻が歩いていることに気づいた。このまま振り下ろして踏んでしまうのも嫌だったので、アルトは木剣を止める。
「おい、そこ危ないぞ。あっち行け」
少し離れた場所を指差した。
蟻が立ち止まった。
「ん?」
ほんの一瞬だけ、こちらを見たような気がした。
もちろん蟻の顔など、アルトにはよく分からない。
しかし次の瞬間、蟻はくるりと向きを変えると、アルトが指差した方向へ歩き始めた。
「…………」
アルトは蟻を見つめた。
蟻はそのまま草の間へ消えていく。
「今の……俺の言ってること、分かった?」
返事はない。
当然である。
アルトはしばらく草むらを眺めていたが、やがて小さく首を傾げ、木剣を構え直した。
「……まあ、いいか。続きやろ」
考えても分からないことは、今のアルトにはいくらでもある。自分には本当に何のギフトもないのか。魔力がなければ本当に魔法は使えないのか。どうすれば父のように強くなれるのか。そして、さっきの蟻は本当に自分の言葉を理解したのか。
どれも今すぐ答えが出そうにはなかったが、分からないなら明日も試してみればいい。明日分からなければ、その次の日にも試せばいい。剣だって最初はまともに持つことさえできなかったのに、毎日やっているうちに百回振れるようになったのだから、他のことだって同じかもしれない。
「どこまで数えたっけ?」
しばらく考えたものの、蟻に気を取られたせいですっかり忘れてしまった。
「……まあいいや。最初からやろ」
木剣を振り上げる。
「いーち、にーい、さーん……」
庭に、いつもの風切り音が戻ってきた。
ブンッ。
ブンッ。
店の中では、ハイネがその音を聞きながら小さく笑っていた。仕事へ戻る支度をしていたマックスも窓から一度だけ庭を覗き、いつもと変わらず木剣を振っている息子を見て、何も言わずに頷いた。
タクトとアーニャも窓辺へ顔を並べる。
「兄ちゃん、まだやってる」
「お兄ちゃん、がんばれー!」
「ああ、がんばるぞ!」
アルトは木剣を振りながら答えた。
少しだけ元気が出た。
ギフトはなかった。
魔力もなかった。
それは五歳のアルトにはどうすることもできない事実だった。
けれど、父と母がいて、弟と妹がいる。明日になればまた剣を振れるし、走ることもできる。魔力だって、ないと言われたからといって探すことまで禁止されたわけではない。
それなら、明日もやればいい。
今日と同じように。
その日の夕方まで、アルトは自分が神から何も授からなかった少年なのだと思っていた。
そして、それは間違いではなかった。
彼には本当にギフトがなかった。
この先も、神から特別なギフトを授けられることはない。
ただし――。
神から与えられたものだけが、人の力とは限らない。
五歳のアルトはまだ、そのことを知らなかった。
ましてや、自分が何年も前から毎日繰り返している、ごくありふれた鍛錬がどこへつながっているのかも、先ほど話しかけた一匹の蟻が何を意味しているのかも知らない。
今はただ、昨日と同じように木剣を振る。
「九十八、九十九……ひゃく!」
最後の一振りを終えたアルトは、朝と同じように満足そうに息を吐いた。
結局、最初から数え直した分まで含めれば、今日は百回どころではなくなっている。
「……まあ、いっか」
アルトは笑った。
こうして、「ギフトなし」と呼ばれることになる少年の最初の一日は終わった。
何も与えられなかった、その日から。
それでも彼は、何ひとつやめなかった。
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