誘いの言葉
夏季休暇に入った朝は、いつもより空が高く感じた。
窓を開けると、あたたかい風がカーテンを揺らし、庭の葉がさらさらと音を立てる。
学園の鐘が聞こえないだけで、時間が少し緩む気がした。
「お嬢様。お手紙が届いております」
執事の声に、胸が跳ねる。
――来た。
分かっているのに、分からないふりをして、心だけが先に走る。
「ありがとう!」
受け取った封筒は、見慣れた紋章。
指先が自然と震え、封を切る前に一度、深呼吸をした。
(落ち着いて……)
けれど、文字を追った瞬間、全部が吹き飛ぶ。
「君と二人で過ごしたい」
短い一文なのに、胸の奥にまっすぐ届く。
回りくどくない。言い訳もない。
ただ、こちらを向いて差し出された言葉。
(……誘ってくれた)
思わず、封筒を胸に抱きしめる。
足先が浮く。
今すぐ飛んで行けそうな気がして、同時に、笑ってしまう。
(……やっとだ)
嬉しい。
本当に、嬉しい。
ただ、彼が「一緒にいたい」と言ってくれただけ。
私はその場で踵を返し、廊下を走った。
「お父様!お母様!」
息を切らして扉を開けると、両親はちょうど朝の支度を終えたところだった。
そして、机の上には――同じ紋章の封筒。
「ああ、カレン。ちょうど話そうと思っていた」
父が微笑む。
母は、私の顔を見て、すぐに察したように頷いた。
「ベルンハルト君からでしょう?」
私はこくこくと頷く。
声が出ない。
「先ほど、先方からも丁寧なお手紙が届いたわ。期間、滞在先、配慮……どれも申し分ない」
父は穏やかに続けた。
「大切にされているのが伝わる。行っておいで」
(……あっ)
胸の奥が、じん、と温かくなる。
こんなにもあっさり、許可が下りるなんて。
「……ありがとうございます」
声が震えたのは、安心のせいだ。
部屋に戻る途中、私はもう一度、ベルンハルトの手紙を読み返した。
余計な言葉はない。
でも、行間に、彼らしい丁寧さと、静かな決意が滲んでいる。
(ベルン……)
ふと、昨日のことを思い出す。
少し悪戯っぽく言われた、あの一言。
「嫌なら、断っていい」
その瞬間、私は笑ってしまった。
――断るわけ、ないでしょう。
思い出すだけで、口元が緩む。
彼の言葉は、いつもそうだ。
押さない。けれど、引かない。
選択肢を残すようでいて、
実は、ちゃんと“彼のほう”へ導いている。
(……優しいのに、ずるい)
私は机に座り、返事を書くためにペンを取った。
迷いはない。
「とても、楽しみにしています」
それだけで十分だった。
余計な装飾はいらない。
書き終えた瞬間、胸がいっぱいになる。
この夏は、きっと、今までと違う。
――彼が、選んでくれた夏。
それが、こんなにも嬉しいなんて。




