私服が、眩しすぎる
カフェの扉を押した瞬間、甘い香りがふわりと鼻先をくすぐった。
焼き菓子と珈琲の混ざった匂い。
落ち着いた木調の内装に、柔らかな光。
(……人気があるって言ってたけど)
なるほど、これは確かに。
「ここ、素敵だね」
そう言いながら、私は――
無意識に、隣を見ていた。
ベルンハルト。
ローブを着ていない。
学園では当たり前だった黒の外套も、今日はない。
代わりに、身体の線がはっきり分かる私服。
さりげなく主張する胸板。
動くたびに浮かぶ、腕の筋肉。
襟元から覗く首筋。
(……あ)
視線を逸らそうとしたのに、逸らせない。
整った横顔。
さらりと流された髪。
そして――唇。
(……あの唇が)
いつも、私に触れていた。
触れる前の、ほんの一瞬の間。
吐息が近づく感覚。
(……っ)
心臓が、跳ねる。
バチッ、と視線が合った。
「~~~~~っ!」
思わず、勢いよく俯いた。
なにこれ。
なんでこんなに恥ずかしいの。
「……気に入ってくれて、なにより」
低くて、落ち着いた声。
「えっ?」
顔を上げると、
ベルンハルトは涼しい顔をしていた。
「このカフェは、人気があるらしい」
そう言いながら、椅子を引く。
(……え、今の)
気づいてた?
私が、見てたこと。
(……気のせい、だよね)
席に着くと、ベルンハルトは自然な動作でメニューを手に取った。
その仕草すら、妙に洗練されている。
(前からこんなだったっけ……)
学園では、ローブに隠れていたもの。
今は、全部、目に入る。
視線を落としても、
存在感が消えない。
(……落ち着け、私)
「何にする?」
「え、あ、えっと……」
メニューを見るふりをして、深呼吸。
(デザート。そう、デザートを楽しみに来たんだもん)
ベルンハルトは、私の様子を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「甘いものがいいんだろう?」
「……うん」
当てられて、余計に恥ずかしい。
注文を終えて、少しの沈黙。
カフェの中は賑やかで、
でも、私たちの席だけが、妙に静かだった。
(……変だな)
さっきまで楽しかったのに。
今は、ドキドキの方が勝っている。
ベルンハルトが、私を見ている。
じっと。
逃げ場のない視線。
(……見ないで、とは言えない)
だって、恋人だから。
「……さっきのことだが」
不意に、声が落ちる。
「さっき?」
「迷子の子」
私は、思い出して、微笑んだ。
「無事でよかったね」
「ああ」
ベルンハルトは、少し間を置いてから、続けた。
「……お前は、優しいな」
その言葉が、
胸の奥に、じんわり広がる。
(……褒められると、弱い)
「そんなこと、ないよ」
そう言ったけれど、
彼の視線は、変わらない。
むしろ、
さっきより近い。
(……あれ?)
距離、こんなに近かったっけ。
気づけば、
テーブル越しなのに、存在感が迫っている。
穏やかな時間。
なのに――
胸の奥に、
小さなざわめきが残っていた。
理由は、分からない。
でも。
ベルンハルトの視線が、
さっきより、離れない。




