65話
(高価な食材を使っているし、料理の量も種類も豊富だけれど、病人であるマリーナさんに食べさせるには、どれも重すぎるものばかりだわ)
おそらく屋敷の料理人たちは、マリーナにとにかく栄養を取らせようとするあまり、病と毒によって弱ってしまった彼女の体は、香辛料たっぷりの料理や、量の多い料理を受け付けなくなっているという事にまで気が回っていないのだろう。
実際、世話係がシェリーになってからマリーナが口にした料理は、スープ以外では生野菜や果物などのさっぱりしたものばかりである。
(困ったわ。野菜や果物だけでは体力を取り戻す事ができないのに。マリーナさんに栄養のある食事をしてもらうために何かいい方法はないかしら?)
マリーナの寝顔を見ながらアイカが悩んでいると、精霊たちが得意げな顔で彼女に話しかけて来た。
『それならいい方法があるよー!』
『あいかが、料理を作ればいいんだよー!』
『あいかなら、美味しくて栄養たっぷりに作れるでしょー?』
思いがけない解決法を提案されて、驚いた彼女は瞬きを繰り返した。
(確かにそうだわ!皆の言う通り、いっそのこと私が料理を作ってしまえばいいのだわ!)
そうと決まれば早速準備しなくては、と彼女は温室の住処へ戻って献立と料理の段取りを急いで考えた。必要な食材は精霊たちが手分けして調達してくれる事になり、調理は夜が更けてから屋敷の厨房に忍びこんで行う事になった。
そして、明くる日の真夜中。人気のない厨房には、一匹の黒い子猫と、数えきれないくらいの精霊たちが集まっていた。
清潔に整えられた作業台の上には、アイカに頼まれて精霊たちが調達した食材が所狭しと置かれている。
『今日の献立は、ミルユ草とカルジの実の雑炊と、タタ鳥のもも肉を使ったあっさりスープ、タタ鳥の卵のふんわりオムレツにしましょう。みんな、打ち合わせした通りに調理のお手伝いをお願いね』
『いいよー!』
『お手伝い、楽しそうー』
精霊たちがはしゃぎながら準備をはじめると、鍋やフライパンがふわりと宙に浮かび上がり、かまどに据えられる。
『ミルユ草はみじん切り、カルジの実は細かく砕いてね。あ、だしを取ったタタ鳥の骨はまたあとで使うから捨てないで!フライパンにひく油は少なめで――うん、そのくらいで大丈夫』
『了解ー!』
『炒めるの、たのしー!』
アイカの指示に従って、手順通りに精霊たちが調理を進めていく。子猫の手では調理できないため、彼女が調理過程を心の中に思い浮かべて、それを精霊たちに共有しながら料理してもらうという作戦を取っている。
好奇心が強い精霊たちが前のめりで作業してくれたおかげで、予定よりも早く朝昼晩の三食分、マリーナの食事を作り上げる事ができた。
窓の外はまだ薄暗かったが、あと少しで日の出となって屋敷の人々が起きてくるはずだ。昼と晩の分の料理は精霊に頼んで保存魔法をかけ、一足先に温室へ運んでもらう事にする。
『私たちは、朝食をマリーナさんの部屋に届けに行きましょう』
厨房の後片付けを屋敷の精霊たちに任せると、アイカは料理を運ぶ精霊たちの先頭に立って軽やかに歩き出した。
もし精霊が見えない者がこの光景を見たならば、ぽてぽてと歩く子猫の後ろに、料理がふわふわと宙に浮きながら付き従っているように見えたに違いない。
真夜中の厨房で、食材と調理器具限定のポルタ―ガイストが起こっています(*^_^*)




