59話
『まずは少しずつ魔法をかけて弱った内臓を元通りに治していかなくてはね。でも、とりあえず今は、病気の進行を遅らせる魔法と苦痛を減らす魔法をかけて終わりにしましょう』
精霊たちの助力を得て、ベッドの上に座り込んだ彼女の右前足から魔法が放たれる。キラキラと輝く光の粒子がマリーナの体に吸い込まれていくと、苦しそうだった彼女の表情がやわらいでいった。
『あいか、ありがとー』
『助けてくれてありがとー』
『どういたしまして。でも、本格的な治療にかかるのはまだ先だから、お礼を言うのは少し早いわ。それ、先に解決しなければならない事もあるし──』
アイカはそう言うと、表情を曇らせた。
『なにか問題でもー?』
『病気を治療する前に、あのドロレスという人に二度と毒を盛られないようにしなければいけないでしょう?』
『そっかー!』
『毒女のこと、わすれてたー!』
『そうだったー!ドロレスをなんとかしないとー!』
『あいつを、マリーナに近寄らせないようにしないとー!』
『それなら追い出しちゃえばいいよー』
『でもどうやってー?』
『わかんないー』
『あいか、何かいい方法はないー?』
精霊たちに問いかけられたアイカは、しばしの間考え込む。実は既に腹案はあるのだが、その方法をとると、この屋敷の人々に彼女や精霊の存在を確実に知られてしまうのだ。
(ああ、この期に及んでもまだ姿を見られる事を恐れているなんて、私って本当に意気地なしだわ。でも、マリーナさんを助けると決心したからには、いい加減に覚悟を決めなくては──!)
アイカは気合を入れるようにに肉球の付いた両前足で頬を叩くと、気持ちを奮い立たせて精霊たちに向き直った。
『私に一つ作戦があるのだけれど、みんな聞いてくれる?』
『いいよー!』
『よろこんでー!』
『おまかせあれー!』
母国からついてきた精霊はもちろんの事、屋敷の精霊たちも皆、アイカの呼びかけに快く応じると、彼女の説明に大人しく耳を傾けた。
精霊たちと相談した結果、彼女が考えた作戦を決行するのは、明日の早朝と決まった。温室に戻って果物で腹ごしらえをしたアイカは、屋敷の者たちが寝静まった頃を見計らい、再び精霊たちと共にマリーナの部屋に忍び込んだ。
『あいか、今夜はここで寝るといいよー』
『寝床の準備は、出来てるよー』
精霊たちに案内されたベッドの下の隙間には、彼らが庭園からとって来た花びらと葉っぱで出来た綺麗な寝床が作られていた。彼女は丁寧に礼を言うと、マリーナを起こさないようにそっと寝床に潜り込んだ。作戦に備えて少しでも眠っておこうとしたが、目をつむってもなかなか寝付けない。
その事に気づいた様々な姿をした精霊たちが、小さな子猫の体を包み込むように集まってくる。
『あいか、眠れないのー?』
『ええ。作戦が上手くいくかどうか心配で、つい色々と考えてしまって‥‥‥』
『大丈夫ー。みんな一緒ー』
『ぼくらが助けるー』
『だから安心して眠るといいよー』
『私たちが眠らせてあげるー!』
自分たちの出番が来たとばかりに、眠りの精霊たちが柔らかな声で子守歌を歌い出す。
(ああ、優しくてとても落ち着く歌ね‥‥‥)
目を閉じて耳を傾けているうちにゆるゆると眠くなったアイカは、それから間もなく夢の世界へと旅立っていた。




