49話
「アイカ様、今すぐお逃げください!」
「待て!どこに行く!」
声を限りに危険を知らせながら、廊下の奥の客室へ向かう彼女を、使用人たちが追いかける。
「急げ、イライザさんが向かった部屋に女魔導士がいる!」
「おう!俺にまかせろ!」
「だめよ、入らないで!」
「うるせえ、邪魔だ!」
制止しようとしたイライザを押しのけて、使用人たちが扉に殺到する。
「鍵はどれだ?」
「ちょっと待ってよ、いま鍵束から探してるから」
「ぐずぐずしてると逃げられてしまうぞ!扉を蹴破ったほうが早い!」
叫んだ護衛騎士が乱暴に扉を蹴破るのと同時に、使用人たちが一斉に室内になだれ込んだ。
「ん?やけに静かね」
彼らの予想に反して、部屋の中は一切散らかっておらず、まるで掃除したばかりのように綺麗だった。首を傾げながらしんと静まり返った部屋の中に入って皆でくまなく見て回ったが、子猫の姿はどこにも見当たらない。
「おかしいわね。どこにもいないわ」
「女がいたのは本当にこの部屋なのか?部屋を使用した形跡すらないが‥‥‥」
レイザックに指示された通り、室内で大人しく過ごしていたアイカは、暴れたり部屋を汚したりすることは一切しなかった。そのため室内はいつも綺麗に保たれていたのだ。
「そんな‥‥‥。確かにアイカ様はこの部屋にいらっしゃったのに‥‥‥」
訝しむ護衛騎士の隣で、イライザが呆然とつぶやいた。彼女が給仕のために部屋を訪れると、アイカは窓辺から外を見つめている事が多かった。だが、その窓は扉と同様に施錠されており、非力な子猫が固い鍵を開錠して重い窓を開けられるとは到底思えない。
使用人たちは、さてはお前が逃がしたのかと、彼らを追って後から来たベイリーに詰め寄った。
「まさかここから逃げたというのか?だが、扉も窓も閉まっていたのに、一体どうやって――」
だが、彼もイライザと同様に驚きで顔色を変えているのを見て、それ以上追及するのを諦めた。
その後も皆で手分けして、日が暮れるまで全ての部屋をくまなく見て回ったが、とうとう子猫を見つける事はできなかった。標的を失って勢いを削がれた使用人たちは、やがて一人また一人と、肩を落として階下へと戻っていく。悪女に制裁を加えようと気勢を上げた時の勢いはすっかりしぼんでいた。
聖女を襲った女魔導士を捕らえるという目的を果たせずに、主の言いつけを破ったという事実だけが残った今、彼らはこれからの処遇を不安に思いながら、黙りこんだまま主の帰りを待つ事しか出来なかった。
この日の夜。仕事が一段落してようやく屋敷へ戻って来たレイザックは、出迎えた使用人たちの顔色が一様に悪くなっているのを見て、自分の不在中に何か良からぬ事が起きたのだとすぐに気が付いた。
「ベイリー、一体何があった?」
「旦那様、申し訳ございません!」
床に頭をなすりつけて泣きながら謝罪する家令をなだめて、ようやく事の顛末を聞きだした彼は、イライザの案内でアイカがいた客室へと急行した。




