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30話

 周囲の様子を伺いつつ、モルドが学長室から出ていくと、リーラが両腕を伸ばして息を吐いた。


「あーあー。せっかく久しぶりに王都へ帰ってきたのに、なんだか大変な事に巻き込まれちゃったなあ‥‥‥」

「確かに災難だったな」

 レイザックは苦笑しながら向かい側に座ると、憮然とした顔の親友に彼が気になっていた事を切り出した。


「ところで、俺がアイカ嬢に会ったのは今日が初めてだったが、お前は彼女を以前から知っていたようだな。一体どこで知り合ったんだ?」


 ちょうど口に放り込んでいた茶菓子を飲み込むと、リーラはついと目をそらした。


「んー、まあ、ちょっと昔に東の方でね。色々あってあまり詳しく話せないけど、彼女はあたしの恩人なのよ。まさかこの国で再会するとは思ってもみなかったから、正直かなり驚いているんだけどね」

「お前に年下の恩人がいたとは初耳だな」

「あ!そうだ、一応言っておくけど、彼女はあんたが忌避するような女たちとは違うわよ?」

「そうなのか?巷には彼女が悪女だという噂もあるようだが」


 噂を鵜呑みにするつもりは毛頭ないが、そのような噂を立てられるということは、本人にも何らかの問題があるのではないか――レイザックの脳裏には、いまだにそんな疑念がこびりついている。


「人は見かけだけでは判断できないからな。か弱く見える女性が内心では他人を蹴落とす事ばかり考えている、というのはよくある事だ。まあ、彼女が精霊に好かれているのは確かなようだが」


 レイザックが視線を向けた先では、昏々と眠り続ける子猫に契約精霊たちが寄り添っていた。


 小鳥の姿をしたモルドの契約精霊・パニちゃんはアイカのすぐそばでうずくまり、リーラの契約精霊である雌鹿姿の光の契約精霊・シルカと、いつの間にか姿を現していたサギに似た鳥の姿をした火の契約精霊・フォイエは、それぞれ左右から心配そうに子猫の顔を覗き込んでいる。

 レイザックと契約している白い子狐姿の氷の上位精霊・キールはというと、ソファの背に座り込んで不安そうに子猫を見下ろしていた。


「あのねえ、あたしはほとんど王都にいないから、それがどんな噂なのかは知らないけど、精霊からこんなに好かれている時点で、彼女があんたの妻の座を狙うハイエナ令嬢たちとは違うってわかるでしょ?」

「確かに初めて俺を見た時の反応は、他の女性たちとは違っていたな」

「へえ?どんな反応だったの?」

「俺から見つめられると大抵の女性は顔を赤らめて呆けるが、彼女は俺を怖がって震えていた」


 レイザックのその言葉を聞いた途端、リーラは腹を抱えて爆笑した。



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