22話
「なんてことすんのよっ!」
「ぐぎゃっ!」
突き飛ばされてよろけた体勢を立て直しざま、男の顔を蹴り飛ばして失神させたリーラが、倒れたままのアイカに慌てて駆け寄った。
「なによ、これ‥‥‥」
だが、抱き起こそうとしたアイカの全身が黒いもやで覆われているのを見て絶句する。
「まさか瘴気?!大変だわ、早く取り除かないと‥‥‥!」
リーラが予想外の事態に焦っていると、彼女の契約精霊が姿を現した。
『リーラ』
「シルカ、ちょうど良かった!たった今、あんたを呼び出そうとしていたのよ。悪いけど、この瘴気の浄化をお願い!」
だが、そう頼み込んでくる契約者に、雌鹿の姿をした光の上位精霊・シルカは力なく首を振って意外な事を告げた。
『その黒いもやは瘴気ではない。さっき放たれた魔法は禁忌魔法――精霊の怒りや呪詛を利用して作られた邪悪な魔法で、この瘴気によく似たものは、精霊の呪いが具現化したものだ』
「はあ?呪いですって?!じゃあ、すぐに解呪してよ!」
『残念ながら、わらわの力では無理だ』
「嘘でしょ?!光の上位精霊のあんたでも解呪できないって、どれだけ強力な呪いなのよ!」
このエーベル王国で、上位精霊よりも高い階位の光の精霊と契約している者は一人もいない。つまり、アイカにかけられた呪いを解くために打てる手は無いに等しい。
事実を突きつけられたリーラが狼狽しているうちにも、アイカの姿はどんどん縮んで、人ではない何かへと変わっていく。
「まってまって、こんなのどうしたらいいの?!いっそこれは夢だって言ってよ‥‥‥」
やがて黒いもやが全て消え去り、変わり果てた姿で横たわるアイカを目の当たりにした彼女は、ほとんど半泣きになっていた。
炎熱の魔女と恐れられ、凶悪な魔物を笑いながら屠る時の勇ましさや余裕は、もはやひと欠片も残っていない。呆然となっていた彼女の意識を引き戻したのは、彼女の契約精霊であるシルカだった。
『リーラ、こうなってしまったからには仕方がない。とりあえず今は、安全な場所に移動すべきだ』
「あ、ああ‥‥‥。そうよね‥‥‥」
忠告されてようやく我に返ったリーラは、のろのろとした動作で、気を失ったままのアイカを抱え上げた。
「とりあえず、あたしの研究室に行こう。フォイエ、悪いけどちょっとぐらい焦がしていいから、そいつらも運んでくれる?もしかしたら禁忌魔法の解呪方法を知っているかもしれないからさ」
『心得た』
襲撃犯を研究室に運び入れるよう炎の契約精霊に指示すると、リーラは研究室に備え付けられたベッドにアイカをそっと横たえた。
「これは、詰んだかもしれないわ‥‥‥」
リーラの願いもむなしく、襲撃犯たちは解呪方法を知らなかった。催眠魔法で口を割らせる事ができたのは、彼らが私怨ではなく誰かに依頼されてアイカを襲ったという事だけで、依頼者が誰なのかもわからなかった。
「契約魔法で誰が依頼したのか言えないようにされているって事は、こいつらは全員捨て駒扱いなんだろうね。どうやら依頼主はずいぶんと狡猾で残忍な性格をしているみたい。持っていた許可証の事も含めて、何だか気にいらないわ」
リーラは不愉快そうに吐き捨てると、ベッドに横たわるアイカを見た。
「そんな奴に、この子が生きている事を知られるのは、ちょっとまずい気がするわね」
『わらわもそう思う。もし事が失敗したと知れれば、彼女はまた命を狙われる』
「それならやっぱり、襲撃が成功したと思わせておくしかないわよね」
そこでリーラは、襲撃犯に催眠魔法を重ね掛けする事で「襲撃が成功した」と信じ込ませると、彼らが所持していた伝令鳥を使い、依頼を完遂したという報告を依頼主宛てに入れさせた。
その際、シルカに伝令鳥の行先を追わせる事はしなかった。追跡している事に気づかれて、相手にこちらの偽装を見破られるのを避けたかったからだ。
「とりあえず、今出来ることはこのくらいよね。あとは、急いでこの事を叔父様に知らせないと」
催眠状態の襲撃犯を眠らせて研究室に閉じ込めると、リーラはアイカを大事そうに抱え上げ、急いで彼女の叔父――魔導学院長のモルドを探しに行くべく踵を返した。
「はあ。久々に王都でゆっくりするつもりだったのになあ‥‥‥」
彼女が約一か月ぶりにもぎとった休暇は、一日も使うことなく終わりそうだった。
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