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【11月】アウトフォーカス

三日間に及ぶ弊校の文化祭が無事、終了した。文化祭ステージでの公演も好評で何よりだった。これにて俺、都筑(つづき) 早輝南(さきな)は茅場高校演劇部の部長を引退する。


いいや……引退というより、事実上の廃部と言えるだろう。茅場高校演劇部には俺以降の後輩が存在しないのだから。


では、俺は如何にして演劇部として文化祭ステージで公演を成し得たのか。それは……


「……遅いよ」


俺を屋上に呼び出したこの女子、同学年で写真部の福原(ふくはら) 友子(ともこ)のおかげである。


「悪い。後片付けだから許して」


「まあ、そういう事ならいいでしょう」


普段は施錠されている学校の屋上も文化祭の間は垂れ幕等の設置の為入る事が容易になる。福原はどうも今年度の文化祭の垂れ幕を製作した三組の人間から鍵を借りていたらしい。


「鍵、最後に返しておいてってさ」


福原はそう言うと、俺に屋上の鍵を投げつけたので咄嗟に受け取った。


「もしかして鍵を押し付ける為に呼び出したの?わざわざ?」


「違うし。ほら、屋上からの景色って結構綺麗でしょ」


「うーん、まぁ、見えるのはビルばっかだけど。でも確かにこの時間の夕陽は綺麗だよね」


「でしょ」


福原はカメラを構え、夕陽とビルの風景に向けてシャッターを切った。


「てか、片付けの様子もホームページに載せるから撮っとけって顧問に言われてなかった?」


「ああ、それは後輩に任せた。私ももうそろ引退だし、仕事は引き継いでいかないとね」


……俺の見ていた限り、福原が顧問から言われた学内行事の写真をまともに撮っている姿は見た事がないのだが。


「それはそれとして……都筑、私に言うべき事があるでしょ」


「……ああ、そうだな」


そう、先述の通り、俺が文化祭ステージで公演できたのは福原のおかげである。


部員が俺一人の演劇部で、演劇の大会とも無縁の部活動生活を送り、毎日部室に来ては部費で契約した『観劇三昧』で様々な劇を鑑賞し研究を続けるもどかしい日々をついに打ち破る事ができたのは、どういうわけか福原が俺の為に暇な人間を束ね集め今日の晴れ舞台に繋げてくれたからだ。


俺は福原への最大級の感謝の印としてあるものを準備してきた。


「まずは、俺の為にしてくれた様々な事に感謝を表します、ありがとうございます」


「うむ」


「そして……こちらを福原様に献上いたします」


俺が福原に差し出したのは、ビアードパパの食べくらべ詰め合わせセットだ。さっき母親に買ってきて貰った。


「……ビアードパパ」


「そう、ビアードパパ。福原、甘いもの好きじゃん、ビアードパパ、好きかなって思ったんだけど」


「いや、好きだけど」


「うん、よかった。ビアードパパです、受け取ってください」


「……」


おや……どうも福原は納得がいっていない様子だ。


「……もしかして、何か不満が?」


「いや、まあ別に、ビアードパパはいいんだけどさ」


「なに、別に……って、めちゃ不満そうじゃん」


「いやいや、嬉しいよ?ビアードパパ、好きだし、食べたいなーって感じ、めちゃくちゃあるけど、あるけどさ?」


「え、じゃあ何よ」


「……私、都筑が高校三年間でずっと舞台に立ててなかったの、見てたわけじゃん」


「まあ、そうだね、毎日部室に居て、部室に誰か来た!入部志望か!?と思ったらいつも福原だったよね」


「ああ……いや、それはなんか、ぬか喜びさせちゃってごめんって感じはあるけど。それはまぁよくて。だから私、学外の舞台には立たせてあげられないけど、学内でくらい晴れ舞台を用意してあげられないかなって」


「うん、それは本当に嬉しかった。みんな他校の演劇部員に比べるとそりゃあ技術不足だけど、でも俺の表現したい事の為に集まってくれたのがそもそも嬉しくて」


「私はさ、都筑が舞台で輝いてる姿を撮ってみたかったんだよ」


「……本当にありがとうございます、お陰様で輝けました。……なのでお礼の、ビアードパパ」


「……ビアードパパか」


どうも、福原には感謝の意として欲しい何かがあるようだ。


「おほん、探り合いはよそう。俺はこういうの、苦手だ」


「ああ、ごめん」


「だから単刀直入に聞く。……福原は何が欲しい?」


「……別に、何か欲しいものがあるわけじゃないよ」


「そんな事ないだろ、だってビアードパパだぞ?」


「だからビアードパパも別に嬉しいんだってば!」


……周囲のビルの光で気付かなかったが、いつの間にか陽は沈み辺りは暗くなっていた。


「今日はなんかごめん。もうすぐ十八時だ。屋上の鍵返さなきゃ先生がうるさいぜ、降りよう」


俺がそう言ったものの、福原はすぐに動かなかった。


「都筑、AOで芸術大学受かってたよね」


「あ、ああ。大学ではちゃんと演劇やりたくて」


「私、卒業したら千葉の専門学校に行くつもりでさ、写真続けたくて」


「そうか……俺は関西だから離れ離れになるな」


「お互い、もう進路決まってて、部活も引退するし、卒業まで割と暇だよね」


「暇でもないよ、期末テストもあるし」


「芸大生には関係ないでしょ」


「……まぁ、そうだけど」


「週末、遊ばない?まだ学校の外で会った事ないよね、私たち」


「そうだっけ」


「そうだよ」


「そうか」


「都筑、顧問の先生にはお礼に何か買わなくていいの?」


「あー、考えてなかったな」


「じゃあ、それを買いに行く会って事で」


「他の人は誘わないのか?」


「人が増えるとそれだけ感謝の数が増えちゃうでしょ、サシで」


「わかった」


「あと……」


福原は俺を追い越して屋上出入り口の扉の前に向かうと振り向きざまにカメラを構えた。


「私の欲しいもの、離れ離れになるまでに当ててね」


パシャ。


不意なフラッシュで思わず目を瞑った隙に、福原は屋上から降りて行ってしまった。


時刻は十八時十分……あーあ、俺が先生に怒られる役かよ。

文芸サークル『むちゃむちゃ海月味』のInstagramアカウント(https://www.instagram.com/muchamucha_kurageaji?igsh=NndteGl1N29obmUx)にて不定期連載中の『きまぐれ!むちゃくらマガジン』11月の部にて掲載されたものです。

テーマは「感謝」。

Instagramでは他作家による作品も掲載!

是非是非、よろしくお願いします。

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