17-2:男女の懺悔
地面に尻をつけてエデンをおびえた目で見据えるのは、二十歳から三十歳くらいの年齢の男女。人間そのものの姿だ。悲鳴を上げた小柄の女性は声の質からして神女と同一人物であると断定できる。隣で顔面蒼白になっている小太りの男性は、煙の出る玉を投げた人物でまちがいない。腕が毛深いから。二人ともみすぼらしい身なりをしている。
僕はエデンの背中からおりた。皆が駆け寄ってきた。
「やーっぱりあんさんだったか。ひげが生えてもその四角い輪郭でわかるけえ」リャムが男性を見ていった。
男性は目の下まで伸びている脂ぎった髪で、顔を隠すようにうつむいた。
「リャム、知っておるのか」ベロック領長がきょろきょろとあたりを気にしながら尋ねた。
「男のほうはの。ハーメット領の中心街ではまあまあ名の知れた芸人じゃ。劇場にも立てるような人間が、まさかこんなところで龍獣になりすましていたとはの」
「どういうことじゃ、リャム」
「うらは一度だけこいつのショーを見たことがある。見ようと思って見たわけじゃなく、偶然だがの。なかなか質が高くて評判はよかった。こいつのお家芸は人や動物の声真似。じいさんらが耳にしてた龍獣の鳴き声はこいつの声帯模写じゃ」
「な、な、なんじゃと!」
「この祭祀場に龍獣など存在してなかったってことですかぁ」
ベロック領長とトンピーさんは驚きを隠せないでいる。ケイとユリアも口をぽかんと開けている。
「だいたいこんな狭い屋内で龍獣が飼えるわけがないけえ。餌の問題だってある。じいさんらが用意する人間の食事なんて食わん。食える物があったとしても量が足りん。この草木だらけの山じゃ龍獣の腹の足しになる物なんて捕れん」
「お前……。もしかして山道を歩いてるときから気づいてたのか」ケイが目を大きくして問う。
「だいたいはの。何度も行き来してて疑いもせんほうがアホっちゃね」
ベロック領長とトンピーさんは決まりが悪そうに目線を下げた。
「いわれてみりゃごもっともだけどさ、飼ったことない人にはわからないこともあるぜ。龍獣なんてふつうは一生目にすることも鳴き声を聞くこともない動物だし」
「で、シンニョの正体はなんなのよ」
「女のほうは知らん。一緒に暮らしてるんなら女房かそのあたりじゃろ」
「で……では、半人種というのは」ベロック領長は混乱気味の様子だ。
「嘘じゃろ。なあ」
ぐるりを囲まれ皆から視線を受けた女性は今にも泣きだしそうに口を結んでいる。
「なんとかいいなさいよっ」
ユリアが詰め寄った直後にエデンが吠えた。
「ひいいー。うっ、嘘です。どうもすみませんでした」
エデンを宥めながら僕は質問を投げかける。「あなたは人間なんですね」
「はい……」
神女として言葉を発していたときよりも若くてひかえめな声色だ。威厳のある人物に思わせるよう、さっきまでは意図的に声やしゃべり方を変えていたんだろう。
ベロック領長が深い息を吐いた。「二人で祭祀場に住み着いておったのか」
彼らは同時に「はい」と認めた。
「おぬしらが何者なのか。どのような目的があってここを占拠したのか。聞かせてもらおう」
まず男性が、次に女性が膝を正した。
「このたびの愚行を深謝いたします。私はハーメット領で芸人をやっていたオジョスと申します。こいつは同じ一座で役者をしていたエレナ。妻、みたいなものです」
女性は辞儀とも脱力とも取れる調子でこうべを垂れた。役者か。神女を演じるのがうまかったわけだ。
「両方ともハーメット領の人間なのじゃな」
「はい」男性が答えた。「それゆえ、ハーメット領と福耳団の名前が出たときに絶句してしまったのです。福耳団が猛獣駆除を生業にしているのは知っていました。どこかで捕獲した龍獣を連れてきてもおかしくはないと考え、おそるおそる外をのぞきましたら本当に龍獣がいたので思わず声を上げてしまった次第です」
男性は顔色が悪いながらも、喉には影響しないようで、はっきりとよく通る声でしゃべっている。
「福耳団の方がおっしゃってくださったとおり、私の声帯模写はハーメット領の街で好評を博していました。私が属していたのは百人ほどの座員が在籍する大きな団体。でした。私は稼ぎ頭の一人として活躍していましたが、私に入ってくるお金はほとんどありませんでした。上の者らが吸い上げていたんです。座頭に抗議するも聞き入れてもらえず、カッとなった私は座頭を殴ってしまい、座頭の怒りを買い、一座を去ることになってしまいました。私は落ち込みました。でも、こいつ――エレナが、退座して私についてきてくれたので、二人でがんばってやっていこうと思い直すことができました。しかしやり直せなかったのです。座頭は早急に手を回していました。大きい店や劇場はもちろんのこと、小さな店にも、私を出演させてはならないと圧をかけていたのです。おまけにありもしない話を垂れ流され、私の評判はがた落ち。しました。親しくしていた人たちは離れていき、私は居場所がなくなってしまったのです」
「あの街は商売人らのつながりが濃密なんじゃ。権力のある奴に嫌われると爪弾きにされるけえ」
「そのとおりです。私は気づくのが遅かったんです。ほかの街に移らなければ仕事ができないと悟ったときには、カネなんてなくなっていました。ヤケ酒していた私が悪いのですが……。心機一転せねばと、思いきって都を目指すことを決心しました。ハーメット領を出て、ミュズチャ領を歩いてたんです。そうしたら、ふとこの祭祀場を思い出しまして。昔、亡くなった母親に連れられて木彫りの神像を見にきたことがありました。懐かしく思い、これから先の無事と成功を祈りたく、立ち寄ってみようと。思いました。それがここを訪ねたきっかけです」
「今頃は都なのになんでまだここにいるのよ」ユリアが突っ込む。
「はい……。いいわけになりますが、はかばかしくない事態が重なってしまったのです。まず、山をのぼる途中でエレナが足をくじいてしまいました。そして道に迷いました。祭祀場へ到着したのは夕方で、体は疲れ、雨も降ってきましたから、その日の下山は断念しました。野営するには雨風がつらく、建物を調べてみたところ、裏口の鍵がすぐに開きまして。祭祀場はたまにしか人がこないと知っていたので、一晩だけ中で休ませてもらうことに……したんです。当初は本当に一晩のつもりでした。次の日の朝になり、一人のミュズチャ領民が祭祀場を訪れてきました。中にだれかいるだろ、って叫ばれたものの、その人は中を調べずに引き返していきました。私らも動かねばならなかったのですが、エレナの足が万全の状態ではないままに下山するのでは時間がかかってしまうので、これではいずれ山を上がってくるであろうミュズチャの領民たちにかち合ってしまうと、恐れまして。動けませんでした。なんせ無断で祭祀場に侵入しましたし、中に置いてあった酒を飲んでしまっていましたので、激しく咎められるのは必至だったものですから。そんなこんなで、私たちはその場しのぎの一計をくわだてました。エレナが妖術を使える半人種に、そして私が龍獣になりきって、領民を脅かして追い払ってしまおうと。神女というのはエレナのとっさの思いつきでしたが案外うまくいき、食事にありつくこともできて、完全につけ上がってしまいました。私としては何より私の声真似を信じてくれて……うれしかったんです。居心地よく感じてしまったのです。それでずるずると四ヶ月も居座りつづけてしまいました。猛烈に恥ずかしく感じています。大変申しわけございませんでした」
男女は地面に頭をこすりつけるかのごとく平伏した。
僕は女性に目を向けた。「エレナさん、でしたね。今伺った話を真実と捉えていいですか」
「はい。嘘偽りはありません。神に誓います」女性はうやうやしく答えた。
彼らの様子から察するに本当のことを白状したと見て大丈夫だろう。後は僕たちの出る幕はない。ミュズチャ領の人たちがどのような判断を下すかだ。
「――顔を上げよ。……やれやれ。どっと疲れたわい」ベロック領長は骨を数本抜かれたようなおもむきでいった。神女と建設的な話し合いをすると意気込んでいただけに拍子抜けしたんだろう。
「よく四ヶ月も暮らせたもんだわ」
「近くに川が流れていますぅ。祭祀場の中には斧などの道具も置いてますから、人間が住めないこともないと思いますぅ」
「そういう意味じゃなくって。こんな山奥で人を騙しながらの隠居生活なんて、あたしには無理だわ」
「働かずにタダ飯タダ酒これ幸い。と、思う輩もいるっちゅうこっちゃ」
男女は視線の高さを上げられないでいる。
依然として異臭がじっとりと漂う。においが土壌に染み込んでしまってるかのようだ。だれも何もいわないから、僕の嗅覚が敏感なのかもしれない。この体のもう一人の所有者であるカレも、そうみたいだし。
昨日、ハーメット領の小路を歩いていて突然カレの鼻を刺激した香り。独特な、癖のある香だった。カレはその場から走り去らなければならないほどに胸を悪くした。自分でも気づいていなかった意外な弱点を知ることとなった。
「どんな理由があったにせよ、おぬしらの仕出かしたことは見逃すことはできん」ベロック領長が断じた。「無関係な我々が多大なる損害を被ったのは事実。ずいぶんと贅沢な要求を繰り返してくれたからのう。金銭面だけの問題でなはいぞ。料理を用意する女中たちの手間、私とトンピーの往復にかかる時間、領民たちの心労。そういったことも含め損害が大きかったのじゃ」
「返す言葉もありません。すべてはこちらの身勝手な行動でした」
「本当に申しわけございませんでした」
「で、この二人どうすんの。公開処刑にでもすんの」
話題にされた二人は平身低頭していた体を硬直させた。真に受けたようだ。ユリアの突飛な冗談であるのは僕たちにはわかるけれど、今さっき出会った人間にはそんな微妙な行間は読めない。
「むろんこの祭祀場からは立ち去ってもらう。深く反省し、我々の負担となった分の金銭はきれいさっぱり返してもらう。それが約束できるなら、あえてこやつらを領民の前に引き出す必要はない」
むくり、と彼らは驚き顔を上げた。そして礼をいうためか口がわずかに開いたが、ベロック領長が手のひらを突き出して制した。
「誤解するでないぞ。それがミュズチャ領にとって有益と判断したからに過ぎん。ここだけの話にしてもらいたいのじゃが、この件はやはり半人種の所業であったということにしたい。旅人たちの活躍により半人種と龍獣は一目散に逃げ去っていった。領民にはそう報告すれば十分じゃ。それが一番丸く収まる方法なのじゃ」
「ぼっ、僕は反対ですぅ」
思いがけない声に全員が虚を衝かれたような反応を示した。
「それだと、ミュズチャ領のみんなは半人種に恨みを持ったままですぅ。半人種は何も悪いことはしていません。きっちり誤解を解くべきだと思いますぅ」
トンピーさんの進言に好感を抱いた。僕たち化体族も半人種。ベロック領長とトンピーさんは僕たちのことをハーメット領の人間だと思い込んでいる中、そんな中でも、半人種について敬意を持った発言が出てきたのはうれしかった。
「気持ちはわからんではない。だがのう、これは我々の領のためなのじゃ。ご本人らを前にして申すのは気が差すが、我々の領にはハーメット領をよく思っていない者はたくさんいる。金銭を奪われたり因縁をつけられた末に暴力を振るわれたなどの話を耳にしたのは一度や二度ではない」
僕はリャムに目だけを向けた。ケイとユリアも同じ行動をしていた。リャムは逃げるように空を見上げた。
「ハーメット領に不満を持つ者がいる中で、四ヶ月間も悩まされていた問題がハーメット領の民による戯事だったと判明したらどうなるか。暴動が起きるかもしれんぞ。そうすればこの二人の命の保証はない」
女性がぶるっと身震いした。
「それだけではない。腹に据えかねた領民が結託してハーメット領に押しかけでもしたらどうする。開戦にもつながりかねん。ミュズチャのような小さな領が強豪ハーメットに対抗できるわけがなかろう。あらゆる危険の可能性を排除するのが領長の務め。領民を煽るような真似は決してできん。よって領民にすべてを明かすことはできん」
「神女におびえてた奴らにほかの領を攻める度胸があるかしら」
「まあ、万が一そういうことがあればじいさんが案じてる事態になるのはまちがいないけえ。ハーメットは売られたけんかは買う。倍にしての。そうすればミュズチャ領は一溜まりもないっちゃね」
ベロック領長は顎を引いた。「今回の件を解決してくれたのはほかならぬハーメット領の方々じゃ。私は感激した。これ以上ハーメット領との溝を深めたくはない。半人種に濡れ衣を着せて申しわけないと思うが、これも政策だと割りきらねばなるまい。近くに敵があるより、遠くに敵があるほうが平和なのじゃ」
トンピーさんがか細くうめいた。複雑な表情をしている。心では受け入れがたくも、頭では領長の意見に正当性を感じ、板ばさみになっている。そんな様子だ。




