17-3:一件落着
「おれに考えがあります」ケイが切り出した。「本当は人間の仕業だったって事実はきちんと領民に伝えるべきだと思うんです。ただ、その人間たちは流れ者だったってことにしてはどうでしょう。どこの領だとかなんの種族だとか、そういう大枠を持たない人物に仕立てるんです。ハーメット領の名前が出なければだれもハーメット領を恨むことはないですし、半人種に無実の罪をなすりつけずに済みます」
「いい考えだと思いますぅ」
トンピーさんは喜んで賛同したが、ミュズチャ領の舵を握っているベロック領長は思案顔で数秒間沈黙したのちに「だめじゃ」と断を下した。
「いい考えではあるが結果は同じじゃ。人間の仕業であったと明かす限り、結局はこの者らの身元は割れる」
「どうしてですか」ケイが小首をかしげた。
「まず、この二人の今後について説明するが、この二人はミュズチャ領で働いてもらうつもりじゃ。逃げぬよう私の目の届くところに置いておく必要があるからのう。急に見知らぬ男女が領に住み込み始めれば、だれだってその者に懐疑心を持つ。領民は二人が何者なのか詮索するはずじゃ。ちょいと調べれば特に男は顔が売れていたとのこと、遅かれ早かれハーメット領の芸人だと突き止めてしまうだろう。どんな芸を得意としていたか、一座をやめたのはいつだったか等が明らかになれば、今回の件と結びつけるのは難しくはないぞ。ということで、だめだという言葉が口をついて出たのじゃ」
うーん、とケイがうなった。「そっか。ミュズチャ領に住むなら、たしかにな……」
「それさえなければ流れ者でも通せそうだけど、でもベロック領長のいうように監視しなければならないからね」僕はケイにいった。
「この人たちがすぐに償金を完済できればミュズチャ領に住む必要はないんだけどな」
「お金は使い果たしたっていってたじゃない」と、ユリア。
「だよなあ」
尻すぼみに会話が途切れた。このままでは半人種に濡れ衣を着せる形で決着がついてしまう。それは望ましくない。
「てめえらのせいで議論の時間を取られてるけえ」
「申しわけございません」
リャムの罵倒に男女は即刻頭を下げた。まるで詫びるのを心待ちにしていたかのようだった。
「反省しとるんか」
「はいっ……。猛省しております」
「ちゃんと働いてつぐなう気はあるんか」
「もちろんでございます。身を粉にして働く所存です」
「何年かかろうと必ずや清算いたします」
リャムは殊勝に答弁する彼らをじっくりと眺めてから、ついと見る相手を変えた。
「じいさん。こいつら二人、福耳団にあずけるのはどうかいね」
皆がハッとしたのがわかった。予想外の提案だ。ベロック領長は目を丸くしている。
「福耳団で働かせながら少しずつカネを払わせるけえ。うらは兄貴らと旅をすると決めたけえ、その間は部下にまかせることになるがの。それでいいなら引き取るけえ。福耳団は信用できないってなら話は別じゃが」
「いやいや。そんなことはないが……。しかし、福耳団に負担がかかるではないか」
「負担ではなく好都合と捉えてるけえ。福耳団はつい最近副業が禁止になったんじゃ。これからは本業である悪人や害獣の駆除に心血を注ぐ必要がある。この男の声真似が役に立つかもしれん」
「口笛なんかで動物を誘い出すってやり方はあるしな」ケイがいい添える。
「役に立たんなんだら力仕事でもなんでもさせとけばええ。女は入団できんき、どっかに働きにいかせる。なに、ハーメットなら働き口はたくさんあるけえね」
固い瓶の蓋が開いたときのような気分になった。もしくは虹を見つけたときのような。前向きで微かに心弾むような雰囲気が今ここに充満している。
「なんとも色よい話ではあるが……。しかし関係のない方々にそこまでしてもらうのはのう……」ベロック領長は独り言のようにつぶやいた。
「こちとら慈善のつもりはないけえ。同じハーメット領の人間の尻拭いをせんと気が済まんから持ちかけてるだけじゃ。他領に借りは作りたくないんじゃ」
「そ、そうか」
「ケイのいうようにこいつらは流れ者にしたらええ。そうすればじいさんとこの領民が余計な気炎を持つことはないし、こちらとしてもハーメットの名を汚さずに済む。どうじゃ。互いの領のためにも、付け加えれば本当に無関係な半人種のためにも、ここいらで手を打ってはどうかいね」
リャムが実際にどこまで打算しているのかはわからないけれど、真意はともかくとして、交渉の仕方に関しては素直に感心してしまうほど巧みだ。
「うむ……。そうじゃな。それでは……お言葉に甘えようかの」
トンピーさんが音を出さない拍手をして軽く飛び上がった。うれしそうだ。
「何から何まで世話になってすまぬ」
「じいさんがへりくだらんでもいいっちゃね。全部こいつらが悪い。――というわけで元凶。てめえらは福耳団にくることになったき。文句はいわせんけえね」
「文句などあるはずがありません。よろしくお願いします」男性は一も二もなくうべなった。
女性は目を伏せて鼻のあたりを手で押さえ、何度も首を上下に揺らした。「実は、いつまでこのような生活をつづけるのか、不安が募っていたところだったのです。救われました。ありがとうございます」
最初はがっくりと気落ちしていた男女。背と腹に力が入るようになった。顔面蒼白だった男性の顔も気づけば血色がよくなっている。ミュズチャ領だけでなく、この男女にとっても、事件の落着は暗澹たる日々からの解放へとつながったことだろう。
「ありがとう、リャム」
リャムは笑顔で僕を見た。「恐れ多いですけえ」
「あんたもたまにはいい仕事するのね」
「素直にお褒めの言葉と受け取るっちゃね。――そんなら、下山後はこいつらを連れてハーメット領に戻りますけえ。着く頃には夜じゃの。兄貴たちはどうします。また福耳団の本部に泊まるのも歓迎しますし、野宿のほうがいいなら明日どこか適当な場所で落ち合ってもいいですけえ」
「そうだなあ」
「今夜こそぜひミュズチャ領にお泊まりになってくだされ!」
たとえ僕がどんなおえら方でも知らんぷりはできないほどの大張りきりなお誘いを受け、僕は迷っている時間を作ってしまったことを後悔した。
「泊まるのはごめんだわ。すぐに去るわよ」ユリアが勧めを押し戻した。
「そなたらはミュズチャ領の恩人。歓待させていただきたい」
「お気持ちはうれしいのですが、エデンもいることですし」
「心配無用じゃハヤテ。私の妻の里方が領内で一番大きな客亭をやっておる。もちろん厩舎などの設備は申し分ない。貴人用の独立した広い厩舎が空いておるから、そこでエデンを休ませるがよいぞ」
遠回しに拒否しても話は進まない。直接的にいおう。
「今回は『無償』が条件でしたので、やはり宿泊というわけにはいきません。僕たちはこのまま旅のつづきへと戻ります」
「それでは我々の気が済まんのじゃ。重く受け止めず、ミュズチャ領に一宿するのもまた旅と思って、少しばかりもゆっくりしていってはもらえんだろうか」
困った。押され気味になっている。こんなとき、ハヤテの人格が僕じゃなくてカレなら相手に有無をいわせずすっぱりと断れるだろうに。
「ベロックさん。おれたちはほかの領に――特に他人のお宅に宿泊するのは、慣れてないというか、居心地悪く感じてしまうんです」
「そう。遠慮してるんじゃなくて泊まるのが嫌なのよ。帰らせてちょうだい」
ケイとユリアの本音を乗せた発言は女性の声だからまだ柔らかく聞こえた。これを低い声でぶっきらぼうに言葉尻厳しくいい放っていたら、つまりカレがいってたら、話の決着は早くとも、威圧感があって怖がられていただろう。
ベロック領長は残念そうに顔を曇らせた。「承知した。ならば、せめて夕餉だけでも堪能してはくれまいか」
「お願いしますぅ」トンピーさんがいっそう声を高くして懇願した。
「……それなら、いいかな」
二人が熱心に訴えかけてくるから根負けした。
「そう、だな。あまり断るのも無粋だ」ケイも折れた。
ユリアは気乗りしない様子。
「いいよね、ユリア」
「お兄ちゃんがいいならいいわ」
リャムがくつくつと笑った。「せっかくだからうまいもん食べさせてもらいんさい」
「リャム。おぬしは同席する時間はないのか」
「すぐにハーメット領に向かうけえ。ぐだぐだしててこいつらにトンズラこかれたらかなわん」
とんでもない、といわんばかりに男女は激しく首を横に振った。
「リャム。僕も一緒にいこうか」
「正客が不在ではわびしい食事会になってしまいますき。うらにまかしといてください」
「わかった。じゃあ、お願いするよ」
「リャムよ。後日改めてミュズチャ領を訪れてはくれまいか。うまい酒飯を用意して待っておるぞ」
「楽しみにしておくけえね」
ベロック領長とリャムは笑みの交換をした。ミュズチャ領とハーメット領。良好な関係とはいいがたいようだったけれど、これを機に改善されれば、今回の事件に一つでも意味があったと思えるだろう。
「それにしても、さっきから嫌なにおいがするわよね」
「いってやるなよ。こういう山の中ではありがちだ」
ああ。みんな感じていたんだ。
ふもとの登山口からざわざわと多くの人間の話し声が聞こえる。予想どおりミュズチャ領の領民が寄り集まっているようだ。ベロック領長が先を見越して、リャムと例の男女を別の出口から抜けさせたのは正解だった。
「今か今かと待ってたんだろうな」照りつける西日に目を小さくしながらケイがいった。
もっと早くに下山できるはずだった。しかし祭祀場の清掃に殊のほか時間がかかってしまった。中はかなり散らかっていた。神に祈りを捧げる場所にもかかわらず、塵埃、食べ滓、虫の死骸などが床に落ちたままで、異臭もし、神聖さはまったく感じられない状態になっていた。なんとかゆるせる程度まで片付けをしていて遅くなったわけだけど、領民たちは山中で何が起きてるかなど知る由もないので、不安になってこうやって登山口に詰めかけているのも無理はない。
梢の葉の隙間から下視するだけでも、三十人くらいはいる。
「ベロック領長。大勢の人間を前にエデンが興奮したら大変です」
「そうじゃな」
ベロック領長は山道をザッザッとおりていった。どよめきが起こり、「どうでした」「無事ですか」「神女は」と、矢継ぎ早に質問が飛んだ。
「静粛に。――皆の者へ報告する。私とトンピー含む全員が無事に帰還できた。旅の方々のお力添えにより問題はすべて解決した。神女だ龍獣だと語っていた不審人物はもうおらぬ。明日からは自由に祭祀場へと行き来してくれてかまわない。尽力くださった旅の方々は我々関係者が心を込めてもてなす。どうか皆はそれぞれの家へ戻り、この記念すべきめでたい夜を目一杯楽しんでもらいたい」
群衆から歓声と拍手が鳴り響いた。
僕とケイとユリアは顔を見合わせた。ケイははにかむように笑った。ユリアはよそ行きの表情で取り澄ましていた。悪くはない表情だ。
レイル島を離れてから初めてだれもがいい気持ちで終われた出来事だったと思う。僕はおとなしくしているエデンのたてがみをなでて、眩しい西日のほうへ顔を向けた。




